おくりもの
椎那渉
はじめての
「おい悠貴、帰ろうぜ!」
「ん」
隣のクラスにいる幼馴染みの望が声を掛けてくる。保育園の頃から一緒のあいつは運動も勉強もそれなりにできて、ルックスもそれなりに良い。
高校に至るまで一緒で、お互い志望校は内緒にしていた筈なのに、何の腐れ縁か高校入学初日に顔を合わせて驚いたものだった。
驚いたことは、もうひとつある。
「もう、望!声大きい…」
望の背後から女子の声が聞こえた。
「わかってるって、あと俺に隠れるなよ」
ワックスで整えた髪の影、ポニーテールを覗かせる同級生の顔。あの日から、忘れられなくなったおおきな瞳。
「……亜依も、いるのか」
「ああ。お前、」
「それ以上言ったら脛を蹴るぞ」
高校の入学式で知った新事実。
この幼馴染みに、双子の妹ができたことだ。
× × × × × ×
今から一年と二ヶ月程前だろうか。
高校の入学式、式典を終えて気だるくなった身体を引きずるように廊下を歩いていた。これからの学校生活がどんなものになろうと、あと三年は居なきゃならないから面倒だと思っていた。
少し憂鬱になっていた俺の背中に、誰かが近づく気配がした。余計面倒臭いことになりそうで、背後を振り返らず無視しようとした。
その時。
「やっぱり悠貴じゃねぇか!」
「ああ……なんだ、望か」
「え?」
聞き覚えのある声と、自分の言葉に驚いて振り返る。まさかここでも奴に会うなんて思わなかったし、中学の卒業式以来だったけれど…なんだか、妙に。
「オマエ、いつの間に可愛くなった?」
目の前にはポニーテールを揺らして、慌てて逃げようとしている女子がいた。耳まで真っ赤に染まっている。
「あ、あの、わたしじゃ……」
「ん?」
「悠貴、俺はここだよ」
ポニーテールから然程離れていない距離で、奴はへらへらと笑っている。どうなってんだ?と首を傾げても、亜依と呼ばれた彼女は石像のように固まっている。
彼女も望と同じ髪色だった。でも目の色はよく見ると、少し違う。チョコレートのように、やや茶色く見えた。
「コイツは俺の妹の亜依。色々あってな、今年から双子になった」
「はぁぁ!?」
双子の妹がいるなどと、それまで望自身も知らなかったらしい。
生まれて間もない赤ん坊の頃、亜依は病院で不審者に連れ去られてしまい、望は一人っ子として育てられた。
それがつい最近になって、行方知れずとなっていた亜依が施設で見つかり、望の家にやってきたと言うことだった。亜依を探していたが諦めかけていた望と亜依の両親は大いに喜び、望は唖然としつつも妹がいた現実を受け入れざるを得なかったそうだ。
「まさか悠貴、おまえもこの学校だったなんてなぁ…亜依、挨拶しろよ」
「うん……。百瀬、亜依です…よろしくお願いします」
「な、……ん。オレは悠貴だ。千石悠貴」
なんと言ったら良いのか分からなかった。あまりにも唐突な再会と出会い。
しかし、たぶんこの日を境に、それまで面倒だった学校生活が楽しくなったのだと思う。その証拠に、今日まで学校をサボった日は一日としてない。
今日もまた、三人で帰宅する予定だ。
「あっ、悪いな悠貴!今日俺部活だったわ!!」
「えっ、ちょっと、お兄ちゃん⁉」
……三人で帰る予定、だった。
× × × × × ×
悠貴くんと二人、取り残された教室。私と望とは違うクラスにいる悠貴くんを迎えに来ると、同じ教室なのに別の場所に居るような気がしてしまう。どうしていいものか分からなくて、普段気にもしない彼のネクタイの結び目を弄る指先が目に入り、少しドキドキしてしまう。
「ごめんね。望、今年からサッカー始めるんだって」
「あいつが?できるのかよ…。まぁ、昔から運動は大体こなしてたか」
ふん、と鼻を鳴らすと少し困ったように笑う。兄にこんな友達がいるなんて、一年前のわたしは知る由もなかった。
切れ長の目、前髪をオールバックにしているのが印象的で、左の耳たぶに小さいピアスがついている。短く切りそろえられた後ろ髪もほぼ毎日見ているのに、見慣れない気がするのはきっと……彼を意識するようになったから、なのだろう。
「なぁ……その、ここに居るのも退屈だし。帰ろうぜ」
「…!うん!!」
思いがけない悠貴くんの提案に、思わずにやけそうになってしまった。
クールでストイック、おまけに運動神経も頭もいい彼は学年中の女子からモテるけど、とあるイケメンな先輩が編入してきてからはそっちに群がる女子も増えた。
お陰で少しでも悠貴くんと接する時間が増えたのなら……良いけれど。
「悠貴くん、ちょっと帰りにコンビニ寄っていい?」
「ああ。オレもな、丁度欲しいものがあったんだ」
席から立ち上がり鞄を肩にぶら提げて、教室を出る悠貴くんと私に視線が刺さる。囃し立てる男子に、笑顔で手を振る女子。相変わらず、賑やかだ。
「悠貴、今日はふたりでデートかよ?」
「うっせ。そんなんじゃモテねぇぞ」
「それは困る!!亜依ちゃん、気をつけてな!」
「はい、ありがとうございます…!」
「亜依、ちょっと待って!」
私を呼び止める声が聞こえて、振り向くと見知った顔だった。
「
「コレ、持っていきなよ。くじ引きで貰ったんだけど、アタシ髪短いからさぁ~!」
そう言って渡してくれたのは、可愛らしいシュシュだ。薄いピンクのサテン生地に赤い色の花模様が描かれていて、直感で好きになった。
袋は開封してなくて、右上に『三等』と書いてある。
「い、いいの?」
なんだか申し訳なくなって、首を傾げるとウインクを返してくれた。違うクラスなのに彼女は誰とでも分け隔てなく付き合ってくれる。この高校は同じ中学から進学する生徒が多い学校で、違う地区に住み中学が皆と違った私にはありがたい存在だった。
「いいよ~!その代わり、今度こそハナシ聞かせてよね。悠貴との恋バナ!」
「うっ、あ、それはその……」
「亜依?」
悠貴くんの声に、優芽ちゃんが手を翻してまたねと告げる。うん、と頷いて悠貴くんの近くまで戻り、教室を後にした。
そんな、恋バナなんてしたことないのに。
誰かを好きになるなんて、今まで自覚したことがなかったから。
× × × × × ×
隣のクラスにいる亜依とうちのクラスの悠貴。
傍から見てもカレシとカノジョの関係に見えるのに、いつも二人はそんなことはないと否定する。
仲のいいクラスメイトも、色恋沙汰に疎い男子でさえも『あの二人付き合っていないの?』と首をかしげるくらいだ。でも、アタシには分かってる。
亜依は普段、会話する時に相手の目をしっかり見て会話をしているけれど、唯一彼女の目線が泳ぐのは目の前に悠貴が居る時だ。本人は気づいていないのかも知れないけれど、顔は赤くなるしモジモジと上履きの爪先で床板の木目をなぞったりと照れちゃってそれはそれはかわいい。
対する悠貴は普段そこまでおしゃべりって訳じゃないけれど、亜依が居ると普段に増して無口になる。ボロを出さないようにしているのか、喋り出すと止まらなくなるからなのかは分からないけれど。
早く告って楽になればいいのに、なんて口が裂けても言えない。
二人の恋を応援しているのは、一人や二人じゃないのよね。
悠貴やアタシと同じクラスのみんなは大体勘づいているし、亜依のクラスも助っ人が何人もいる。その中でせいぜいアタシができるのは、亜依に肩の力を抜く方法と可愛くなる手助けをするくらい。ファッションセンスが奇抜だって言われるから、お化粧とか服装は亜依と同じクラスの友達に任せている。
その二人は、センスが抜群なんだ。
このシュシュも亜依に渡したら喜ぶかなぁ、なんて思いつつくじ引きで狙ってたら、ホントにたまたま当たったものだし。アタシってツイてるわ、なんて昨日話したばかりだ。
「またね、亜依」
「うん!」
パタパタと軽い足取りで悠貴の傍に向かう姿は、完全にカレシに駆け寄るカノジョだった。
× × × × × ×
「亜依、何だか嬉しそうだな?」
二人連れ立って歩く帰り道。
え?とこちらを向く表情がとても可愛くて、思わずニヤけてしまうのがバレないように慌てて口元を隠した。
駄目だ、それでもかわいい。
「だって、嬉しいんだもん…」
「優芽から何か貰ってたしな」
「それも、そうなんだけど…あの…笑わないで、聞いてくれる?」
今度は俺が首を傾げる番だった。何があったのかと、亜依の顔を見つめた。
「えっと…わたし……」
「…………」
亜依の顔が赤く染まって、耳まで真っ赤になりながら消えそうな声を聞き取る。
「お、男の子と帰るのが初めてで……それも、悠貴くんだから…その、嬉しいの」
頭を強く殴られたような衝撃だった。
そんなの、俺だって同じことだ。女子と帰ったりなんて、今までそう言うことは面倒だと思っていたから。今までもこれからも亜依と一緒にいたいと…初めて会った日から思っている。
……なんだこれ。めちゃくちゃ恥ずかしい。
「亜依、その、な」
「…ごめんね、迷惑だった?」
「いや、逆だ」
俺は彼女が好きなのだと、ようやく気づいた。
それまでは何だかんだと自分の気持ちを誤魔化していたけれど、クラスの違う亜依を教室に呼びに行った時、俺たちの前では見せない表情で笑っていて、ひたすら亜依を見つめていたのを思い出す。俺に気づいたら顔を真っ赤にして教室から出て、あとは普段通りの亜依に戻っていた。
あの時と同じように、俺がまだ知らない亜依がいる。これから、彼女はどんなオトナになるのだろう。美人になるのは間違いない。どんな仕事をして、どんな風に生きていくのか…そんなことを考えていたら、これがハツコイとか言うものだとようやく知った。
手の甲に触れる亜依の手をまさぐって、そっと握る。柔らかい感触を親指でなぞると、亜依はびくっと肩を震わせて顔を俯かせた。
「ひゃ…!」
「嫌じゃなかったら、握ってくれよ」
一か八かの賭けだった。
俺の人生の色が変わるだけ。
「……」
亜依は確かに、俺の手を握ってくれた。震える手で、弱々しく。嬉しいのと恥ずかしいのと自分はなんて事を言ったのだろうといろんな感情が湧き上がる。目の奥がチカチカと明滅するようで、思った以上にどうにかなりそうだ。
「悠貴、くん……」
「今から呼ぶ時は、呼び捨てでいい」
「ゆ、悠貴…!」
名前を呼ばれたと同時に手を強く握られて、思わず笑ってしまう。
「ふふ、なんだよ」
「えっと、その…そうだ、コンビニ寄ろうか」
すっかり忘れていた目的地を思い出して、亜依の手を握り返す。
目的のものは決まっていた、けれどあるかどうかは別だった。
「亜依は何買うんだ?」
「私はね、クリームメロンパン!お腹すいちゃって」
タハー、と力なく笑って、頬をぽりぽりかいている。よく食べ、よく笑い、照れた時にはぎゅっと結ばれる唇を見ると腹の底がゾワゾワする。すぐ側に抱き寄せてやりたくなる。
それでも俺たちの関係はすぐには変わらないだろう。こうして2人で帰るのも初めてなんだから。のんびり歩いていると間もなく、学校から比較的近いコンビニに到着した。
「らっしゃーせー……」
覇気のない店員が迎える中、亜依は目当てのものをさっさと見つけてレジに並ぶ。
俺もやっと、ようやく……見つけた。
前に望と俺たち三人でデパートに行った時、亜依が欲しがっていたカプセルトイの景品を睨みつける。あの後同じところに行った時は既に撤去されていて、がっくりと項垂れていたのだ。それから沢山の店先やガチャガチャコーナーを覗いても、全然見つからなかった。小銭入れから昨日崩したばかりの五百円玉を四枚、片手に握りしめて一枚だけコイン投入口に入れる。レバーを回すと鈍い音がして、景品の入ったカプセルが取り出し口まで転がってくる。うっすら透けて見える中身は、求めているものだった。一回目で出てくれるなんて、相当運がいい。亜依が喜ぶ顔が見れるなら、何だってできそうな気がした。
ついでに喉が乾いてきたので飲み物も買うことにする。
多分、暑いせいだけじゃない。
× × × × × ×
「おまえ、いつもうまそうに食うよな」
コンビニの駐車場に出て、悠貴くん…いや、悠貴が笑いながら私の頭を撫でた。ペットボトルのキャップを外し、一気に流し込んでいる。
少し恥ずかしいけど、けして嫌じゃない。食べることは生きることに必要だから、なんて最もらしいことを返しながら、買ったばかりのクリームメロンパンを開けて一口齧った。口の中には仄かに甘い、サクサクとした食感。中にたっぷり詰まったクリームが、もう一口齧ると口の中に溢れてくる。
幸せだなぁと思っていたら、悠貴もニコニコ笑っていた。
メロンパンに夢中になっていたら、いきなり…私の顔に手を伸ばしてくる。
「亜依、髪の毛掛かってる」
少し解けた髪が頬に掛かって、危うくメロンパンに混じるところだった。
掻き上げてくれる悠貴の指先を目で追って、視線が最後に到着したのは彼のやさしい笑顔だ。
とすん、と矢が刺さったように、今実感した。私は彼が好きなんだ。
ずっと前から。
それまでは自分の気持ちにフタをしていた。違うクラスの悠貴と同じ体育館で別の授業を受けている時、バスケットボールのスリーポイントシュートを決めた彼は私の前では見せない表情で笑っていて、クラスメイトたちとハイタッチしていた。その時頭をからっぽにして悠貴を見つめていたのを思い出す。私には気づいていないようで、昼休みにお弁当食べる時には普段通りの悠貴だった。
これから、悠貴はどんなオトナになるのだろう。カッコ良くなるのは間違いない。どんな仕事をして、どんな風に生きていくのか…そんなことを考えていたら、これが初恋と言うものだとようやく知った。
こめかみにパチンと何かが止まる金属音で我に返る。意識し出すと悠貴の一挙手一投足にドキドキしてしまう。
「??」
「この間、見てただろ?」
コンビニのガラス窓に映る自分を見つめる。メロンパンを頬張る私の側頭部に、かわいい花が咲いている。
これは、前に私が欲しがっていたヘアアクセ……!
「これカワイイってガチャガチャ回そうとして、財布見たらガッカリしてたじゃん」
「……!!」
思わずメロンパンで噎せそうになったら、悠貴が自分の飲み物をくれた。
ふぅ、と一息ついて、改めてお礼をする。
あれ、もしかして……これは間接キスってやつなのでは?!
「…!あ、あのね、悠貴……」
「どうした?顔、真っ赤だぞ」
「あっ!それは、えっと…気にしないで?すごく…嬉しくて…」
顔が火照る。精巧に作られた花の髪留めに手を触れて、とても嬉しくなった。悠貴からの、贈り物。
生まれて初めて男の子から贈り物を貰って、喜ばないわけが無い。それも……初恋の人からだなんて。優芽ちゃんから貰ったシュシュと、揃えてつけたいなと思った。
「……まぁ…喜んで貰えたなら良かった」
悠貴の影が、私の目の前にくる。
「俺にも一口、分けてくれよ」
そう言いながら、私の口元を…ぺろ、と舐められた。
「ゆ、ゆう、」
「クリーム、ついてた。…美味いな」
耳まで真っ赤な悠貴の顔を見上げる。
微かな声で、好きだ、と言った。
どうやらとんでもない贈り物、貰ったみたいだ。
おくりもの 椎那渉 @shiina_wataru
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