§006 錬金術
エラルドと婚約をして約一ヵ月の月日が流れた。
エラルドは砦を預かる将軍として北の砦『ネージュフォルテ』に出向いていることが多く、ほとんどがネージュフォルテに泊まりか帰ってきたとしても夜中。
そのため、エラルドが屋敷に滞在している時間はそれほど長くなかった。
それでもリズは、少しでもエラルドとコミュニケーションを図ろうと、彼が出掛ける際は見送りをし、彼が帰宅した際には出迎えるようにしていた。
まあ、エラルドは最初は困惑していたけど。
契約結婚の仮面夫婦なんだから、あんまり献身的に尽くされても「なんなんだ」と思ってしまうよね。
でも、これも自分なりの彼への誠意の表れでもあった。
屋敷での生活にも慣れてきたこともあり、リズはこの他にも、エラルドのために何かできることがないかを日々考えるようになっていた。
エラルドが提示した条件は、自身に干渉しないこと。
決して家事を強いられたわけでも、社交界への参加を強いられたわけでもない。
かといって、婚約者であるエラルドが日夜戦場で奮闘しているというのに、その妻である自分が何もしないというわけにはいかない。
と言っても、自分にできる特殊な技能は『錬金術』以外は見当たらない。
そのため、『錬金術』で何かためになるものを作ろうと思っていたのだ。
幸い、廃墟と化している建物はたくさんあるから建材には困らないし、庭には潰れた剣や盾が堆く積まれているから鉄の調達にも困らない。
でも、慣れない戦場という土地柄ということもあり、何を作ればエラルドの役に立てるのかが、リズにはいまいち掴めていなかった。
(爆弾を作るにはさすがに材料が足りないし……鉄があるんだから剣でも作る? でも今の戦場って剣で戦ったりするのだろうか。直接、エラルド様に聞ければいいんだけど、軍務がお忙しそうでそんなこと気軽に聞ける雰囲気でもないし……)
そんな手探り状態の中、遠征に出ていたという兵士が何人か屋敷を訪れていた。
前にも話したが、エラルドの屋敷は軍公認の兵士の詰所兼会議室となっている。
そのため、時折、このように兵士の方々が訪ねてくるのだ。
「うぅ~寒い寒い」
「秋口でこの寒さだから今年の冬は極寒だろうな」
長期の遠征に出ていたのだろう。
雨ざらしとなっていたせいか鎧は錆び付き、吹きすさぶ北方の風のせいか兵士達は身体をガタガタ震わせている。
「温かいお湯を準備しましたよ」
リズは使用人に混ざって兵士達の対応に当たる。
本来、辺境伯の妻である自分が表に出る必要はないのだが、自分にできることがあるならと使用人にお願いしてこのような場に立たせてもらっている。
「お、すまねぇな。お嬢」
どういうわけか、いや理由は明白だが、リズは軍関係者の間では、『お嬢』の通称で呼ばれるようになっていた。
将軍閣下の妻としてその呼び名は如何なものかとは思うが、ぽっと訪ねてきてくれる兵士が、自分の存在を認知してくれているのは素直に嬉しいことだった。
そんな兵士の一人に対して看病の真似事のようなことをしてみる。
兵士の手に視線を移すと、その手は赤く腫れ上がり、軽い凍傷のような状態となっていた。
「ひどい。こんなになるまで外にいたらいつか手が取れてしまいますよ」
しかし、せっかくのリズの注意にも兵士達はどこ吹く風だ。
「この地域では別に普通のことだよ。お嬢は中央育ちだからわからないかもしれないけど、北の戦場で戦うっていうのはそういうことだからな」
……そういうものだと言われたら仕方ないような気がするけど。
これが当たり前になってしまっていることが、リズにはどうにも納得できなかった。
(あれ? でも、レクシア王国の人達はここよりももっと北方に住んでるのに、どうして皆平気なんだろう……)
そこまで考えて、昔、レクシア王国に関する本を読んだことを思い出した。
(……もしかしたらあれを作ることができれば、皆の役に立てるかもしれない)
「兵士さん、少しだけ待っていてもらえますか」
考えるより先に身体が動いていた。
リズは庭に堆く積まれていたゴミの山から刃の潰れた剣を一本取ると、急いで錬金釜の下に向かった。
「……まずは剣を釜に入れて、その次に炭を少々。あとは水か……」
そんな独り言を零しながら錬金術に必要となる素材を順番に釜に入れていき、最後の仕上げとして、一片の詠唱を唱える。
「――『
刹那、錬金釜は白く発光し、その光は瞬く間にリズの姿を飲み込んだ。
そんな祝福を宿した輝きは寸刻して収まり、錬金釜の中には一つの物が残った。
「よし、完成!」
リズは錬金釜から小袋を取り出すと、すぐさま兵士の下へと持っていく。
「これは?」
初めて見る物体に首を傾げる兵士。
「この小袋の中には鉄と炭が入っていて……とまあ説明するよりも実際に体感してもらった方が早いですよね。兵士さん、ちょっとこの袋をモミモミしてもらえますか」
「モミモミ?
「はい、騙されたと思って」
「こ、こうか?」
リズに言われるがままに謎の小袋をモミモミする兵士。
そして、それを続けること三十秒。
兵士の表情が驚きのものへと変わった。
「お、なんか温かくなってきた!」
その反応にリズにも思わず笑みが零れる。
「はい! これは『カイロ』というものです! 鉄が酸化する際に発生する熱を利用して暖を取るための道具です! ここよりも更に北方の国で用いられているという話を本で読んだことがあったので試してみたのですが、うまくいったみたいですね!」
そう言ってウインクするリズに、周りで物見をしていた兵士達も群がってくる。
「ちょっとオレにも触らしてくれ!」
「おお、これはすごい! まるで暖炉の前にいるみたいだ!」
「お嬢、マジで大発明だよ! 砦の皆にも配ってあげたいくらいだ!」
「それ、めっちゃ良いアイデアだな! なあ、お嬢、これもっとたくさん作れないか?」
……量産か。
さすがに砦の兵士に行き渡る量を作るのは骨が折れるけど、幸いなことに、ここには潰れた剣や盾が山ほどある。
酸化した鉄は、もう一度還元する仕組みを整えれば再利用可能だし。
……何より兵士達のこんな笑顔を、また見ることができるなら……。
「わかりました。軍に行き渡るくらいの数をどうにか近日中に作ってみますね」
「「「うぇーい!」」」
こうしてエラルドの婚約者が『カイロ』という冬の必需品を開発した旨は、その日のうちに北の砦中を駆け巡った。
同時に何も成し遂げられていなかった彼女が、ほんの少しだけこの屋敷の一員になることのできた瞬間でもあった。
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