第8話 酷薄無情との旅の終わり

 ギルバートが茂みから回収した聖剣は酷い刃毀はこぼれで、とてもじゃないが使い物にならない状態だった。ヒビがはしっている刀身を曇天に掲げるがいつもの神秘的な淡い光は失われている。

「聖女の加護も、これだと効果が無いな……君の白銀の髪に似た刀の色は綺麗だったのに」

 残念だと呟くギルバートは、そのまま聖剣を岩に振り下ろして止めをさした。

「使えない武器を在庫に抱えるのは主義じゃないんだ、ごめんね」

 まるで幼子に言い聞かせるように、粉々に散らばった聖剣であった破片に謝る。そして手に残った柄の部分はゴミのようにそこら辺に放り投げた。


「お待たせパリス。聖剣は駄目だったよ……パリスはどうする?」

 変わらず地面に転がっているパリスの側にしゃがみ込み、ギルバートはパリスの顔にかかる濡れた髪を撫でた。以前ならすぐにその手を振り払っていただろうが、今のパリスにはそうする手も気力も無いようで、ただ空を見ていた。

「聖剣は無いし、剣も握れないし──もう諦めちゃう?」

 ギルバートの一言に、パリスは静かに涙を流した。

「パリスって家族いるんだっけ? それを名誉の負傷とは言えないけど、でも俺がそう言ってあげれば介護してくれる人いる? いるなら王国に帰ってもいいんじゃないかな、それまでは俺が面倒みてあげるよ」

 そう言ってギルバートはパリスの返事を待たずに、パリスの背中に手を回して体を起こした。雨で濡れた体はずしりと重く、不快だが、それ以上にパリスはギルバートに従う他ない今と、これから先の王国までの帰り道を想像して嗚咽した。

 両腕が無い生活。左は肘まではあるが物を掴むことはできない。転べば受け身もままならず、立ち上がるのも一苦労。

 そんなパリスが普通の生活を送れるはずもなく、食事に着替えを始めとした風呂も排泄も、全てギルバート頼みになるのだ。

 同性ならまだしも異性に。

 それ以前に、この男に、ギルバート・ノノに介護されるのだ。

 これ以上の屈辱と羞恥があるだろうか。

「とりあえずそこの坑道に入って火を焚こう。濡れたままだと寒いだろ?」

 ギルバートに立ち上がらさせられ、左肩を抱かれるように引きずられたパリスは、坑道の前で足を止めた。


 ここが分かれ道だ。


「どうしたの?」

 顔を覗き込むギルバートに、パリスは引き攣った笑みを浮かべて静かに首を横に振った。


「もういい……お前なんかの世話になるくらいなら……殺してくれ」


 パリスの悲痛な声に、ギルバートは引き留めるでも同情するでもなく、淡々と頷いた。

「わかった」

 今まで抱いていた左肩から手を離し、強く背中を押して坑道内に突き倒した。顔から地面に叩きつけられ呻き声をもらすパリスに、濡れた服の端を手で絞りながらギルバートはゆっくり近づいた。

「──なら、好きにしていいね?」

 坑道の先は暗闇。外は土砂降りの雨でうす暗い。ゴブリンの群れが棲家にしていた場所に人が立ち寄ることもない。

 魔王城にも辿り着けず、ここでパリスとギルバートの旅は終わった。

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