喧嘩を売る相手は選びましょう

 エカードが周囲から「分隊長」と呼ばれている男性と司祭に対し、この間の事情説明している間、コニールは相当苛ついた様子ながらも黙って三人を睨みつけていた。そしてエカードの話が一区切りついたところで、勝ち誇ったように叫ぶ。


「どうだ、お前達にも分かっただろう! さっさと盗んだ宝石を返せ! その盗人が抵抗するなら、お前達がひっとらえろ!」

 てっきり自分の主張に賛同すると思い込んでいたコニールだったが、その予想に反して分隊長と司祭は、横柄な態度の彼に冷え切った視線を向けた。 


「いや、全然分かりませんな。ザクラスさんが盗んだのなら、どうして彼らが引き上げる前に引き留めて回収しなかったのですか? それはあなた方が、ザクラスさん達が宝石を持ち出すところなど、目撃していなかったという事ですよね?」

「そっ、それはそうだが! 奴らが帰った後で、紛失に気がついたんだ!」

 分隊長の冷静な指摘に、コニールが憤慨しながら言い返す。しかし分隊長は不審そうな顔つきで問いを重ねた。


「それでもまだ分からないのですが。ザクラスさんのお話では、ご家族の私室や使用人棟のプライベートな場所には足を踏み入れず、不特定多数の人間が出入りする客間や大広間、控室、談話室などの備品を結婚の持参品として持ち出したそうですが、それは違うのですか?」

「その通りだが、連中は悉く金目の物を奪っていったんだぞ!」

 怒りを露わにして叫んだコニールだったが、今度は司祭が呆れ気味に口を挟んでくる。


「ビクトーザ子爵家では、そんな誰でも自由に出入りする所に貴重な宝飾品を放置していたのですか? 随分と迂闊な真似をなさるのですね」

「そんな事をするはずがないだろう!」

「それではその紛失したという宝飾品は一体どこにしまってあって、そこに誰が出入りできて、誰が持ち出したのが明確だと仰るのですか? 本当にそれがザクラスさんに可能だと、もっと言えばザクラスさんしか盗めないという、明確な根拠と証拠がおありなのですか?」

「それはっ……」

 司祭に疑問点を列挙され、さすがにコニールは言葉に詰まった。そこで今度は、アクトスが控え目に尋ねてくる。


「あの……、そもそもそちらが盗まれたと主張する宝飾品は、どのような物なのですか?」

 その問いかけに、コニールは勢いよくアクトスに向き直って吐き捨てた。


「高価な物だ!」

「それだけでは、本当に子爵家の物か判別できないではありませんか」

「はっ、貴様は見た目が不気味な上に、相当頭が悪いな! 私達が見れば一目瞭然だろうが!」

 その傲岸不遜な物言いに、室内の空気が瞬時に悪化した。それは勿論、コニールに対してのものだった。


 うわぁこの人、底なしの馬鹿だわ。今の、面と向かってのアクトスさんへの暴言で、確実に分隊長と司祭様を敵に回したのが分かる。ザクラス家の皆さんの敵意も、一気に増幅されたみたい。クラッセ君の笑顔まで、本気で怖くなったわ。


 確実に穏便には済まない事態を察したセララはこれから、どうなることかと密かに戦慄した。しかしそんな緊張感満ちる空気などものともせず、容姿を罵倒されたアクトスが、薄笑いを浮かべながら話を続ける。


「私の見た目についてはごもっともとしか言えませんが、頭はそちらの方が悪そうですね。その主張で言えば、あなた方が『これが元々所有していた宝飾品だ』と言えば、義姉や姪の装飾品、加えて兄がセララさんの為にと取り揃えた宝飾品を全て持って行って良い事になりますよ? 娘との結婚を条件に借金を割り引かせた上に、難癖をつけて宝飾品をもぎ取るつもりですか。貴族としての誇りも品位も、地に落ちたものですね」

「なっ、なんだと!」

 面と向かって冷笑され、コニールは顔を紅潮させた。アクトスはそんな彼から本来部外者の二人に向き直り、意見を求める。


「第一、本当にそのような宝飾品があるのなら、それを売却して借金返済に充てれば良いだけの話でしょう。それなのにわざわざ娘との縁組と持参品での交渉を持ち出すなど、不自然極まりない話なのではありませんか? お二方とも、そこら辺をどう思われますか? 是非、第三者の意見をお伺いしたいのですが」

 落ち着き払った口調で促された二人は、少しだけ考え込んでから正直に思う所を述べる。


「確かに、面妖な話だな。宝飾品を惜しんで、そんな話をもちかけたのか? そんな不誠実な相手の話など、まともに聞くのも腹立たしいな」

「本当に借金を返す宝飾品がなかったのであれば、そもそも盗難の話など出るはずもありません。ザクラスさんが屋敷に出向いたのを口実に、盗難話をでっちあげたとしてもおかしくはありませんな」


 この二人の丸め込み、見事に完了。相手が悪かったとしか言いようがないわ。


 セララが黙ったまま事の成り行きを見守っていると、コニールが怒りで全身を震わせながら激高した。


「きっ、貴様ら! 私を嘘つき扱いする気か!?」

「滅相もありません。私達はただ、人を盗人呼ばわりするのなら、万人が納得するに足る根拠と証拠を提示してくださいとお願いしているだけです。それが大それた申し出でしょうか?」

「いや、真っ当な要求だな」

「後ろ暗いところがなければ、公にできるはずです」

「このっ!」

 しれっとしながら言葉を返すアクトスに、分隊長と司祭が同調する。もう憤懣やるかたない風情のコニールだったが、ここで場違いにも聞こえる無邪気な口調で、子供達が参戦してきた。


「ねえねえ、宝石が無くなったってさ、どこかに置き忘れただけじゃない?」

「そんなわけあるかっ! 屋敷中、探し回ったんだぞ!」

「屋敷中? 洗濯物の籠の中とか、池の中とか、庭木の根元とか、厩のわらの中とか、厨房の保存野菜の中とか、樹の上の鳥の巣の中とか、ありとあらゆる所を?」

「……は? どうしてそんな所を探さなくてはいけないんだ」

 クラッセに続きセイブルも不思議そうに口にした内容に、コニールが面食らった表情になった。その反応を見た二人は、容赦なく追い打ちをかける。


「うわぁ、馬鹿じゃない? この人」

「申し訳程度に軽く探してお父さん達が盗んだって騒いで、子爵達が大挙してここに押しかけている間に、手薄になっている屋敷から疑われずに持ち出し可能じゃないか」

 そこで姉らしく、エレーヌが冷静に弟達に言い聞かせる。


「あなた達、憶測で物を言うのは止めなさい。子爵家の使用人が出来心で盗んだみたいな物言いをするなんて」

「だってさ、この人、すっごく頭悪そうなんだもの。下の人が、そんな人に対して真っ当な忠誠心を持ち合わせていると思えないよ」

「部屋の中だけ通り一遍探して、『見当たらない、盗まれた!』って騒ぎ立てるくらいだからな……。実際にその宝飾品に触れる使用人達が、父さん達の訪問のどさくさに紛れて、なんでもし放題だろうなぁ」

「そうは言っても、子爵は使用人の方達を無条件に信用しているから、ここに乗り込んできたわけでしょう?」

「だから馬鹿だって言ってるんだよ。使用人の全員が、自分に絶対的な忠誠心を持ってるって信じ込んでいるなんて」

「自分に自信があり過ぎるって悲劇だな。気の毒過ぎる」

「…………っ!!」

 子供にまであからさまに馬鹿にされた上、使用人達に対する疑念が芽生えてしまったコニールは、今度は顔色を無くして黙り込んだ。


 さすが子供でも、根っからの商人の家系。エカードさんとアクトスさんと血がつながっているだけあって、口が達者で頭の回転が速いわ。無邪気な口調を装っていることで、余計に真実を言い当てているように聞こえるし。

 あの顔つきだと、使用人達に対しての疑念が渦巻いているんじゃないかしら? 大量解雇の危機だわね。


 コニールと子供達のやり取りを観察していたセララは、冷静に今後勃発しそうな問題について考えた。しかし子爵邸の短い滞在中に、全く好感を覚えなかった使用人達を庇う気には、到底なれなかった。


「とにかく、最低限どんな宝飾品が盗まれたのか詳細を記載したリストを作成して、それを持参の上で警備隊同伴で出直してください。それで家探しでも何でもすれば良いでしょう」

 ここでアクトスが淡々と提案すると、コニールはたちまち顔つきを明るくして言い放った。


「ほう? ほざいたな! その言葉、忘れるなよ!? この分隊長や司祭が証人だ、覚悟しろ!!」

 コニールは言質を取ったとでも言わんばかりに、満面の笑みになった。しかしアクトスは冷静に話を続ける。


「その代わり、そのリストに合致する物が我が家で見当たらなければ、元々の借金の倍額を慰謝料として請求するので、ご了解ください」

「何だと!? どうしてそうなる!?」

「善良な平民を捕まえて、盗人呼ばわりしたのですよ? それ位当然でしょう。そちらこそ、何を寝言を言っているのですか。私は全く後ろ暗い所はございません。慰謝料を払いたくなったら、いつでも現金持参でいらしてください。歓迎いたします」

 狼狽するコニールに微笑んだアクトスは、目線で分隊長と司祭にお伺いを立てた。その視線の意味が分からない二人ではなく、真面目くさって頷く。


「そうだな。それ位請求しても、罰は当たらないな」

「子爵様。ザクラスさんは全く身に覚えがないと申しております。それを信じるかどうかあなた次第ですが、この機会に、あなた自身の徳についてもよくよくお考えになった方が良いかもしれませんな」

「旦那様……」

「くっ……、覚えていろ!」

 使用人達に背後から囁かれ、自らの分の悪さを否応なしに認識してしまったコニールは、捨て台詞を吐いて応接室から出て行った。


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