無事に終わったと思ったら、益々収拾がつかなくなりました

「それでは結婚宣誓書への署名も終わりましたので、お二方はただいまより神が認めた夫婦と相成りました。皆様、新郎新婦へ祝福を」

 司祭の祝福の言葉に続き、急ごしらえの簡素な祭壇で、アクトスとセララが署名を済ませる。その内容を確認した司祭が、それをザクラス家の人達に向けてかざしながら、厳かに儀式の終了を告げた。それと同時に、明るい祝福の声が室内に満ちる。


「いやあ、めでたい! アクトス、セララさん、末永く仲良くな!」

「本当におめでたいこと。これから、もっと良いことが舞い込んで来そうな気がしますわ!」

「叔父さん、セララさん、おめでとう。改めて、これからもよろしくね」

「色々大変だと思うけど、頑張ってください」

「僕達、応援してますから!」

「……どうもありがとう」

「そうですね……。色々頑張ります」

 家族達とは裏腹に、当事者二人の表情は僅かに引き攣っていた。しかしそれも嬉しさよりも緊張が勝っている故だろうと、司祭は微笑ましく新郎新婦を眺める。そんな中、使用人の一人が応接間に駆け込みながら主夫妻に報告してきた。


「旦那様、奥様! ビクトーザ子爵家の人間が、大勢で押しかけて来ました!」

「は? 何事ですかな? 新婦のご家族は、一連の儀式に参加されない予定では?」

 ザクラス家の面々は予想通りの展開に薄く笑ったが、事情が分からない司祭は困惑しながら問いを発した。それを受けてエカードとテネリアが、さりげなくそれらしい内容を口にする。


「ほう? セララさんの結婚の儀は、こちらで勝手に執り行って構わないと言っておられたのだが、土壇場で気が変わったのかな?」

「それはそうでしょう。幾ら体裁が悪いから参加しないと言っていても、いざそうとなったら娘一人で寂しい思いをしているだろうと、気が咎めたのですよ」

「それなら式は一通り終わったけど、皆さんにこちらにいらして貰ってはどうかしら? 司祭様から簡略化されていても正式な儀式を終え、きちんと夫婦になったと説明していただければ、安堵されるのではない?」

 両親の話に、エレーヌが割り込んで提案してきた。それを聞いたエカードが、司祭に申し出る。


「それもそうだな。司祭様、儀式は終わりましたが、もう少しこの場にいて頂いてもよろしいでしょうか?」

「構いません。急ぐ用事はありませんし、娘さんの仰る通りです。私が滞りなく手続きを済ませて、正式に夫婦となられたことをお伝えいたしましょう」

「ありがとうございます。ジェイク、ビクトーザ子爵家の皆様を、全員こちらにご案内してくれ」

「分かりました」

 やはり御父上に来ていただいてよかっただの、白々しい台詞を吐きながら司祭を談笑しているエカードを、セララは横目で眺めた。するとすぐ隣で車椅子に乗っているアクトスの呟きが聞こえてくる。


「懲りない奴らだな」

 そこでセララも、小声で囁いてみた。


「なんだか大勢で来たみたいですよ? さっきの子爵邸みたいに家探しされたり、暴れたりされたら拙いんじゃないですか?」

「暴れられるものなら、暴れてみたら良いさ」

「……なにを企んでいるんですか」

「さぁ……、なんだろうね?」

 苦笑しながら見上げて来た夫になったばかりの相手を、セララは何とも言えない表情で見下ろした。その直後、応接間のドアが乱暴に押し開かれると同時に、ビクトーザ子爵コニールの絶叫が響く。


「この盗人が!! 平民風情の分際で、貴族の物に手を出すとは恥を知れ!! さっさと盗った物を返せ!!」

「…………」

 背後に十人程の使用人を引き連れ、叫んだ後は息を切らしているコニールの剣幕に、司祭は呆気に取られた。ザクラス家の者達は必死に笑いを堪えていたが、その微妙な沈黙の中、司祭が真顔で口を開く。


「あの……、つかぬことをお伺いしますが、あなたがビクトーザ子爵様ですか?」

「ああ、その通りだ。貴様は何だ、邪魔をする気か?」

 横柄に睨みつけたコニールだったが、司祭はそれに全く怯む様子を見せず、冷静に言い聞かせてくる。


「子爵様。お腹立ちは尤もですがここは一つ怒りを抑え、祝福する度量の広さを示すのも、貴族としての在り方かと思われます」

 その物言いに、コニールは瞬時に激怒した。


「何だと!? どうして盗人を、私が祝福しなければいかんのだ!! ふざけるな!!」

「ご令嬢を嫁がせるのは、いつの時代でも父親はやるせない気持ちになるのが常。しかも身分が異なる相手に嫁がせるとなれば、腹立ちまぎれに絶縁を言い渡しても無理はないことを思われます」

「は? 貴様、何を言っている?」

「絶縁したもののご令嬢への情愛は止めがたく、ご令嬢への愛しさが以前より一層増したとしても、結婚相手を盗人呼ばわりはいけません。ご令嬢と共に、いえそれ以上の愛をこめて、婿殿への祝福の言葉をおかけください」

「何を訳の分からないことをほざいていやがる!! 娘なんぞ知るか!! さっさと我が家の宝石を返せ!!」

 娘を嫁に出す父親の感傷が行き過ぎてしまった故の暴挙かと思っていた司祭は、どうにも噛み合わない会話に首を傾げた。そしてエカードに向き直り、困惑顔で尋ねる。


「ザクラスさん。子爵が何を仰っているのか分かりますか?」

「いえ、全く。皆目見当がつきません。娘を奪われて、少々錯乱しているのではないですかね?」

「ああ……、そういう事ですか。お気の毒に」

 詳細を誤魔化しつつ、エカードはすっとぼけた。しかし司祭はその説明を真に受けたらしく、コニールに憐れむような視線を向ける。


 あ、なんだか司祭様の中では、子爵が頭おかしい人認定されたっぽい。誤解を解いてあげる気はないけど。


 セララが密かに辛辣な事を考えていると、激高しながらコニールが足を踏み出す。


「何を言っている!! 返さないつもりなら、力づくでも奪い返していくぞ!!」

「なんという暴言ですか! 仮にも貴族であるなら、その品位を汚さない振る舞いというものがあるでしょう! 正式に夫婦となった二人に祝福の言葉もかけず、暴力行為を公言するとは、恥を知りなさい!」

「何だと!! 司祭風情が生意気な!!」

「二人は神が認めた夫婦です! それを認めないのは、神の御威光を無視するということ! 今に天罰が下りますぞ!」

 

 ええと……、ひょっとして司祭様、『我が家の宝石』が娘の私の事で、正式に結婚して夫婦になったのに連れ戻すと言ってるとか、誤解してない? それで教会や神様の御威光を丸無視するなんて言語道断とか、本気で腹を立ててる? 

 うわ、説明するの面倒くさいし、あの親父と父娘として関わりたくないわ。


 セララが、怒鳴り合う二人をうんざりしながら眺めていると、開け放たれていたドアから入り、ザクラス家の使用人とビクトーザ子爵家の使用人達を掻き分けて、立派な体格の壮年の男が現れた。


「失礼します。こちらに貴族が押し入って、婚礼の場で乱暴狼藉を働いていると連絡があったので来てみたのですが……。まあ確かに、司祭様が言及された通り、貴族としての品位にかける振る舞いですな」

 セララも街中で見知っている王都警備隊の制服を身に着けている男は、呆れながら第一声を口にした。するとコニールが勢いよく振り向き、エカードを指し示しながら吠える。


「何だと!?  非があるのは我が家から宝石を盗んだ、こいつらの方だ!」

「ザクラスさん。どういう事ですか?」

「どうもこうも……」

 どうやら顔見知りだったらしいその隊員と司祭に対し、エカードが子爵の借金から始まって、セララが嫁入りするのを条件に、持参金ではなく持参品で借金を帳消しにする事で話がついた流れを掻い摘んで説明する。その話が進むにつれ、二人から何とも言えない視線を向けられ、セララは居心地の悪い思いをする羽目になった。


 うわぁ、何このカオス状態。これ、どうやって収拾をつけるの? というかこの展開、どこからどこまでこの人が仕組んでるのよ?


 自分の斜め下で、いまだに一人涼しい顔をしている夫を、セララは少しだけ恨みがましい目で見下ろしたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る