化学教師・浅谷棚夏の無理難題

佐藤寒暖差

01依頼

 俺はまたあの先生の我儘わがままに付き合わされそうになっている。


「じゃあ頼むねー期待してるから」


「ちょっ! ちょっと待ってください! 急過ぎて無理ですよ!」


 職員室中に俺の声が響き渡る。どうやら自分が思ったよりも大きく叫んでしまったらしく職員室中の先生から冷たい目線を向けられてしまった。


「いや、もう決まった事だから。まぁ今更拒否されても無理だけど」

 浅谷先生は足を組みながら言った。


 この偉そうに話している先生は化学教師の浅谷棚夏あさたに たなか先生で俺が入部しているオカルト部の顧問である。いつも俺をしょうもない事で校内放送を使って職員室に呼ぶが、今回はレベルが違った。


「確かに、俺はオカルト部最後の部員として顧問である先生にオカルト部存続のためなら何でもやると言いました。でも自殺が相次ぐアパートの調査なんて嫌ですよ!」


「はぁ……君は自分が言った事も守れないのかい? もうその自殺事故物件に住んでる人と話し合って、今週末そのアパートに訪れる事になってる。もう逃げられないよ。てか、そんな事言ってる場合? このままじゃオカルト部廃部になるよ?」


「それは……」


 事実、現在の梅雨ヶ崎つゆがさき高校オカルト部は先輩二人が卒業してしまい、俺一人となってしまって廃部寸前なっている。しかしだ。


「こんなことをしくても、部活に入ってくれる人はいますよ」


「いや無理でしょ」


「なんでですか?」


「私、学校中から嫌われてるじゃん」


「…………」


 実はこの先生は生徒にはもちろん、先生にまでも学校の中で一番嫌われているのである。傍若無人でやりたい放題。まさか自分で自分が嫌われていると言うなんて……



「ていうか、これをチャンスと思わなきゃ」


「チャンスですか?」


 チャンスとはどう意味だろうか?


 "そう、チャンス。もし、そのアパートで幽霊なんか撮ったら、来年は確実に入部殺到だよ"と先生は楽天的に言った。


「…………」


 俺は呆れる事しか出来なかった。


「なんだいその顔は。安心してくれたまえ、今回は君に良い知らせがある」


 良い知らせ? どうせ碌な事じゃないんだろうなぁ。


「なんと! 依頼した人から君の為にとバイト代を貰っている」


「⁉︎――マジですか?」


「マジもマジ。いつもは君に部活活動ていう名目で無給で色々やらしてきたしね。今回の件はやる気出るんじゃないの?」


 確かに今回はとてもやる気が出る話だ。今までは一銭も貰わずに、『給料は依頼人の感謝です』みたいになっていた。もちろん、依頼してきた人の依頼を解決し、感謝というお礼を貰うというのは悪い気分ではなかった。


自分はそういう慈善活動をするのは嫌いではない。


 でも、その依頼を持ってくるのは、この性格の悪い化学教師なのだ。どういう伝手で持って来たか分からない依頼を、俺は正直受けたくはない。


 でもなぁ。バイト代か――良い響きだなぁ。


「……わかりましたよ」


「おっ? やってくれるのかい?」


「どうせ拒否しても無駄でしょうしね」


 それにきっとその依頼人も困っているだろうからな。言っておくが、別にお金に目が眩んでやろうと思ったわけではないからな?


「いやー助かる。って事ではいこれ」


 そう言うと、先生は俺に一枚の紙を渡してきた。そこには、どこかの住所と今週の土曜日の日付、そして集合時間は六時と書かれていた。


「これは?」


「見たらわかるでしょ。集合場所である自殺事故物件の住所と集合時間」


 まあ、話の流れからそうだとは予想はつくが……そこでメモをよく見ると、多分家からその物件まで三十キロ以上離れている住所だった。てか、集合時間早過ぎだろ。何だよ六時って。


「てか、これ自転車で行くにはしんどい距離じゃないですか? それとも先生は僕を先生の自家用車で送って……」


「そんなの嫌に決まってるじゃないか」


 ですよねー。いや、分かってはいたよ? どうせ乗せてくれない事は。この教師が生徒であれ誰であれ、この先生に親切心は皆無だという事は。


「でもこの時間は早過ぎるというか……」

 もし電車で行こうとしても、始発の電車もない可能性がある。


「もう少し遅くできませんか? せめて七時とか……」


 すると、先生は睨むような目つきになった。


「いやいやいや、調査だよ? そりゃ長い時間掛けて調べないとだめでしょ。因みにだけど本当は三日は調査をしてほしいらしいけど、君は授業を受けないと駄目だし、私も授業しないといけない。そこで依頼人と話し合って何とか苦肉の策って事で一日だけにしてもらったんだよ。それくらい我慢出来ないの?」


「いやでも……」


 俺はそれでもキツい事を説明しようとしたが先生は間髪入れずに「ていうか、そもそも六時に来て欲しいって言ってきたのは依頼人の方で、私もそんなクソ早い時間に行きたないわぁ!!」と自分がさっき叫んだ声よりも大きく叫びながら机を強く殴った。


 すると、また他の先生から今度は鋭い視線がこちらに向けられた。まずい、このままだと不毛な争いになりかねない……俺は知っている。この先生と本気で言い合いになると自転車で二時間掛けて集合場所に行くよりも面倒臭い事を――ここはこちらが折れるしかないか……


「分かりましたよ……じゃあ六時に行けば良いんでしょ?」


 そういうと、先生は腕を組んでで頷きながら"そうそう、分かれば良いんだよ、分かれば"と言った。


 はぁ……結論はあっさりしてしまうが、こんな感じで俺はまた棚夏先生が受けた依頼を一緒に受ける事になったのだ。

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