第43話勇者は落ち着きがない
「沢山の先祖返りのなかで……。いいや、勇者のなかでも僕が最強って呼ばれているのは、人の魔法の解呪できるからなんだよ。つまりは、相手の魔法を無効化できるんだ。すごいよね。すごいでしょ!」
リーリシアの不死の呪を解呪できたのも、その魔法のせいである。先祖返りが使える魔法は人それぞれだが、イアの魔法の無効化は頭一つ飛び抜けていた。
先祖返りたちは魔法に頼りきってはいないが、切り札としていることはある。虎の子の魔法を無力化された時の無力感といったらないだろう。
「どこまで、人を嘲笑うんですか。……こんな魔法なんて、ズルいだけでしょう!」
フレジエは拳が再び振るって、イアがそれを避ける。あまりにも軽々とフレジエが繰り出す拳を避け続けるので、イアだけを見れば踊っているかのように見えた。
フレジエの体術が下手だというわけではない。むしろ、ルファでさえ分かるほどに鮮麗されている。無駄な動きというものが一切ないし、イアの動きを先回りして拳や蹴りを打ち込もうとしていた。
けれども、単純にイアの身体能力がフレジエの上を行くのだ。予測していた場所にイアが足を付けても、フレジエの拳が追いつく前に消えてしまう。時には予想外の動きでフレジエのペースを乱し、彼女の攻撃をいなしてしまうのだ。
勝負にならないというのは、このことであった。
フレジエですら、そのことに気がついていたであろう。けれども、攻撃の手を止めるわけにはいかなかった。
やがて、彼女が息を整えるために動きを止める。肩で息をするフレジエに危機感もなく近づいたイアは、彼女の顔を覗き込んだ。眉を寄せたイアの表情は、本気でフレジエのことを案じていた。
「えっと、ごめんね。でも、僕が強いのは生まれつきだから。許してね。本当に、許して……」
イアの申し訳なさそうな言葉に、フレジエは唇を噛んでいた。
最強の勇者と呼ばれたイアとの力の差は、あまりに圧倒的であった。先祖返りのフリジエは、圧倒的な実力差で負けるというのは初めての経験だった。
先祖返りの数はそもそもが少なく、先祖返り同士が争うことは滅多にない。そして、その圧倒的な力と魔法というアドバンテージで普通の人間ならば苦戦すらしないのだ。
それぐらいに、先祖返りは圧倒的な力を持っているのだ。
フレジエは舌打ちをして、イアに背を向けた。その行動をイアは予想していなかったらしく、驚いた様子でフレジエの背中を見つめる。
そして、フレジエは店の壁を壊して逃げていった。
泣いてはいけないとルファは拳を握って自分を鼓舞する。
伯父とフリジエが暴れてくれたせいもあって、店は酷い状態なのだ。今更になって、壁に穴が一つ空いたところで修理の費用は変わらないであろう。……たぶん。
「今、出ていったのは誰だ!」
フレジエが飛び出した次の瞬間に、リーリシアとシリエが店のドアを蹴破った。
力加減を間違ったリーリシアによって、ドアまで吹き飛んでいく。殺意を覚えたルファであったが、肝心のリーリシアは店の惨事に言葉を失う。
「何があったんだ……。ルファとスーリヤは、怪我はないのか?」
シリエは、ルファたちに駆け寄った。一般人である二人に怪我がないことを確認し、常識人の彼女は安堵していた。勇者志望だった彼女の優しさが、こういう時にこそ垣間見える。
「シリエ……。それよりも伯父さんが」
ルファが指を指す方向には、リーリシアがいた。そして、その眼差しの向こう側にはイアがいる。空色の勇者は、波がないだかのような穏やかな表情をしていた。
「勇者よ。今度こそ解放されたのか……。我の不死の呪が解けたのか?」
リーリシアの問いかけに、イアは少し困っていた。
頭のなかだけで色々な事を考えたらしく、百面相まではじめていた。やがて落ち着いたイアは、大きく深呼吸をする。
「えっとね……。今ここに、追いかけたい子が来ていたんだよ。だから、追いかけてくるね。お話は後にしよう。うん。どうでもいいことしかないから、後にしよう」
名案を思い付いたとばかりに、イアは瞳を輝かせた。リーリシアのことは、どうでもいいと言いたげな態度である。その言動には、さすがにルファも言葉を失う。
自分が長年眠っていた原因に対して、イアの態度は軽すぎた。よりにもよって「どうでもいいことしかない」はないであろう。
リーリシアは、店から飛び出していこうとするイアを引き止めようとした。
その際に、リーリシアはイアの手首を掴んだ。その気安い触れ合いはルファたちから見れば当たり前だったというのに、イアの視線は少し冷たかった。
イアの視線に、リーリシアは一瞬だけ言葉に詰まった。それでも、意を決して勇者に声をかける。
「……待ってくれ。我は、勇者に言いたいことがあるのだ。我は、勇者の時間を奪った。お前と妹の大切な時間を……。謝ってすむことではないが」
リーリシアの呪を解こうとしなければ、イアは眠らなかった。妹と死に別れることだってなかったであろう。
イアは、リーリシアの手を振り払った。
その手や謝罪には、なんの意味もないと言いたげであった。全ての人間に優しいはずの勇者だというのに、イアはリーリシアに対して興味をあまり持っていないようだ。
永い眠りについてまで不死の呪を解呪した相手としては、いささか奇妙な反応である。そして、それに対してリーリシアも何も言わない。
「謝る必要はないって、自分が一番分かっているよね。あの瞬間だけのために、僕は生み出された。そうだよ。他の事は、あそこにたどり着くためのオマケだったんだ。」
どこか冷たい声である。
いつものリーリシアの様子から、イアは短い間であっても交流を交わしたとルファは思っていた。だというのに、リーリシアに対して対応には毒が含まれている。
卵を産ませるというリーリシアの言動だけは、伯父も嫌だったのだろうかとルファは考える。そんなことを考えていれば、いつの間にかイアはルファの顔を覗き込んでいた。足音も気配も感じない接近に、ルファは大いに驚く。
「君は……僕とは違う。君は、君だけのために産まれてきたんだよ。可愛い子。すごく可愛い子」
イアは、ルファの頭をわしゃわしゃとかき混ぜた。まるで、小さな子供を相手にしているようである。
眠っている間も周囲の様子は分かっていたようだが、イアはルファの事を子供のように思っているようだ。それとも、大人になってから再開した甥との接し方が分からないのか。
「もしかして……。伯父さんは、自分が何歳のつもりでいるんだ?」
嫌な予感がしてルファが尋ねれば、イアはきょとんとしていた。そして、なんてこともないような顔で答える。
「六十過ぎだよ。なんで、そんなことを聞くのかな。なんでなのかな?」
ルファは、納得した。
イアの身体の時間は止まっていたが、精神の時間は流れていたのだ。そのせいで、若い青年の姿だというのに六十歳の老人のつもりでイアはいるのである。
ルファを子ども扱いしていると思ったが、単に気安い老人が若者に絡んでいるだけなのだ。イアの態度に納得したルファに向かって、伯父は輝かしい笑顔で言う。
「僕は、あの子を追いかけてくるね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます