第37話オーガの尊厳を破壊する


 リーリシアの予想通りに、オーガの群れは夜にやってきた。


 焚火をたいているせいもあって、オーガの群れを視認することに問題はない。しかし、見えてしまったからこそ大群に怖気ついてしまった兵士たちもいる。士気は、とても低い状態であった。


 そのなかにも、勇気を振り絞る者たちもいた。


 オーガから街を守ろうとする有志の男たちである。普段は良き市民の彼らは、街を守るためひいては家族を守るためにオーガと戦うことを決意して集まったのであった。兵士のなかには、そんな彼らの姿に勇気を取り戻した者もいた。


 しかし、普段から鍛えているわけでもない一般市民では大きな戦力にはならない。大多数が剣など振るったことのない素人たちである。力任せの戦いでは、オーガには勝てないことは誰もが分かっていた。


「赤毛の小娘と占い師の女の手柄だ。存分に使わせてもらう」


 リーリシアは、シリエとイアが狩ってきたオーガの死体を運びだしていた。そんなものをどうするのだとルファは思ったが、リーリシアの作戦を聞いて気分が悪くなる。人間としての気高さを自ら投げ捨てたような気分になった。


 オーガとオークは、群れを作って生活をする極めて社会性の高いモンスターである。さらには子供が増え過ぎれば、老いた個体が群れを去るという自分よりも他者を優先させる行動すら見せる。


 人間よりも仲間思いの生物なのだ。


 だからこそ、リーリシアはこの案を考えついた。


「……人間である頃は、分からなかった。何故、我と同じ考えに誰もいたらないのか」


 ロージャスの父には、すでに話をつけている。そのおかげもあって、兵士の一部を借り受けることが出来た。彼らは、リーリシアの命に従い行動してくれるはずである。


 それについては、非常に幸運であった。


 イアの行動は予測ができないし、制限も難しい。


 シリエは他の仕事をこなした後という事もあって、スタミナの心配があった。他の兵士よりも腕は立つシリエだが、女性ということもあって体力面では不安が残る。そんな中で、戦力を借り受けられたことは幸いだ。


 リーリシアは「やれ!」と指示を出した。


 兵士たちは戸惑いながらも、地面に転がったオーガの死体を力いっぱい踏み潰し始めた。それだけでは飽き足らず、すでに絶命したオーガの身体を剣で刺したりする。なかには包丁やら草刈用の鎌などを持って、死体の破壊をおこなう者もいた。


 その異様な行動は、リーリシアの作戦を知らされていなかった兵士たちを戸惑わせた。いくらモンスターとはいえ、その死体を弄ぶように痛めつけることはない。モンスターの死体は利用価値があることが多いので、むしろ丁寧に扱われる。


 だが、今の状態は違う。


 死体を玩び、侮辱するための行為だ。


 人間以上に仲間想いのオーガは、その行動を許さない。無為に死体を傷つける行為は、死んでいった仲間たちの冒涜だ。リーリシアが考え通り、オーガたちは怒りに燃えていた。


「感情を揺さぶられて、冷静さを失う者は多い。オーガは、人間よりも感情的で仲間思いの生物だ。その傾向は強いであろう」


 オーガたちは怒りに任せて、人間たちに向かってくる。オーガたちは、怒りで忘れてしまっていた。いくら暗闇のなかであろうとも平原であれば、なによりも強い存在が姿を現すということを。


 街に向かって走ってくるオーガの前に姿を現したのは、大剣を握った勇者イアであった。その姿を見たオーガたちは、自分たちの仲間たちを殺した最強の存在を思い出す。だが、全ては遅かった。


 イアの雷の魔法が轟き、大剣が次々とオーガを屠る。血飛沫が上がる戦場のなかで、イアは一人で戦場を駆け抜けていった。


 その姿は、本能的な恐怖を呼び起こすものである。揺らめく炎の向こう側で、血みどろになりながらも、踊りよりも不格好に、獣よりも冷静に、勇者の称号を持つ人の形が命をもてあそんでいた。


 味方であるはずの人間たちでさえ、イアの姿に畏怖を覚えた。


 しかし、今のオーガたちは怒りで理性を失っている。オーガは何も恐れもせずに、イアに向かっていく。最強の勇者イアは、自分に向かってくるオーガたちを呼吸するよりも容易いと言いたげに次々と斬り伏せていった。


 イアの姿は、段々とだが人々に変化を与える。


 あまりに容易にイアがオーガを切り伏せるので、人々は自分もイアのようになれるのではないかと錯覚した。ただの人間と最強の勇者の間には深すぎる溝があるにも関わらず、一時の高揚感によって人間たちは敵に向かっていく。


「……おい、爬虫類。お前は、元々は人なんだよな。本当に……人なのか?」


 ルファは、なんとも言い難い表情をしている。


 リーリシアは、ルファの表情を見ないようにしていた。ルファは、リーリシアのことを理解できない存在として見ているだろう。そんな視線には、リーリシアは慣れっこになっていたはずだ。なのに、今更になって自分がどのように見られているのかが気がかりになる。


 この時になって、リーリシアはかつての自分ではないことを理解した。理解されないことを何とも思わず、理解されたいとも思わなかったはずだ。


 なのに、今となっては感じ方が少し変わってしまっている。


 今の自分は、過去の自分と同じようにあまりに残酷なことをしているであろう。


 オーガは二足歩行をしていることもあって、人間に似ていると言われるモンスターだ。いくら敵対していると言っても、死体を踏みつけて損壊させる行動にはルファは嫌悪感を覚えているのだ。非戦闘員であるルファには、その傾向が特に強いのだろう。


 兵士でさえも遣り過ぎだと感じたであろう。それでも、残忍にならなければ勝利はなかった。そして、リーリシアは勝利のためには残忍になることができる。


「我の前世が人間であったこと。それに間違いない。ただし、裁けないほどに殺し過ぎたと言われた。だから、お前の嫌悪感には間違いはない」


 人間として死んだ時には、何者かも分からない女に人を殺しすぎたので裁くことは出来ないと言われた。生まれ変わって死後に裁ける人生を送れと言われたが、それを拒否して不死の邪竜になった。


 イアという最強の勇者が産まれたのは、あの女の手引きであることは間違いないだろう。女は、リーリシアに逢いたいと言っていた。


 その目的のために――自分の為だけに最強の生物として産まれてきてしまったイアが、リーリシアが哀れだった。


 イアは、自分の命の意味を粛々と受け入れた。そして、自ら望んでリーリシアの不死の呪の解呪をおこなう。


 その姿を見たときに、リーリシアは自分のためだけに生まれてしまった勇者を愛さなければならないと思った。それが、自分の責任であるとリーリシアは思ったのだ。


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