第17話婚約式の思惑



 花嫁姿の少女を連れて、ルファとシリエは土鳩に帰ってきていた。


 ちなみに、リーリシアは引き続き森で山菜を取っている。二人も土鳩に引き返す羽目になったのだから、自称邪竜にはしっかりと働いてもらわないといけない。


「ご迷惑おかけします。私は、ロージャス・ロスと申します」


 出されたお茶を一口飲んでから、ロージャスはぺこりと頭を下げた。その自己紹介に、ルファたちは驚く。


 苗字があるということは、彼女は高貴な身分であるということだ。平民のルファからしてみれば、税金を納めている相手ということにもなる。


 彼女の正体を知ったルファは、ロージャスを観察していた。


 手入れの行き届いた美しい金髪は複雑な形に結われており、使用人が今日のために彼女を磨いたことがうかがえる。白い肌はバターの表面のような滑らかさだが、その上には薄い化粧が施されていた。青い瞳は零れ落ちそうなほどに大きく、それが少女の唯一の子供らしさのような気がする。


 初見では、ロージャスはシリエと同い年ぐらいだろうとルファは考えていた。しかし、話を聞いてみればロージャスは十三歳だという。


 成長の速い女の子を大人と見間違えることは多々あるが、ロージャスの場合は体型から生じた勘違いだった。ロージャスは平均よりも背が高く、胸部がとてもふくよかだったのだ。リンゴよりは大きく、メロンよりは小さい。そんな絶妙な大きさだ。


 そんなものが白い布に包まれて、化粧までされていれば大人と勘違いするのは無理もない。ましてや、あの時はロージャスの隣にはシリエがいた。


 幼少期から勇者として訓練を続けていたせいなのかシリエは全身の筋肉は発達しており、力は男顔負けだ。そして、胸部の方も少年と偽れそうなほどに平らに鍛えられていた。女性らしいくびれはあるし、顔立ちは紛れもなく女性のもの故に性別を間違えられるということはない。


 だが、イアと並べば『美貌の少年たち』と思われることはあるだろう。想像してみたら思った以上に絵になった。絵画の題材になってしまいそうだ。

 

 ともかく、子供あるまじきスタイルをしていたこともあって、ルファはロージャスの事を十代後半であると最初は勘違いしていた。ロージャスの顔立ちには子供特有の丸みがあり、よく見れば彼女が幼いことは分かったはずだ。しかし、ルファの視線は男の性でロージャスの胸に向いていたのである。


 彼女の胸部は、あまりに豊か過ぎたのだ。


 豊満やたわわという言葉が、これほど似あう胸部はないであろう。顔をうずめたりしたら、包み込まれてしまいそうな大きさであった。この豊かさをもってして十代前半はありえないという先入観が働いたのである。


「蛇に噛まれたりはしていないか?あそこら辺には毒蛇が多いらしい」


 シリエの言葉に、ロージャスは「大丈夫です」と答えた。花嫁衣裳でも毒蛇に噛まれなかった理由は、ロージャスが履いていた靴にあった。


 花嫁衣装に合わせる服はヒールと相場が決まっているが、ロージャスはブーツを履いていたのだ。花嫁衣裳の裾が長かったので見た限りでは分からなかったが、障害物の多い森を走る事ができた理由は判明した。


 木の枝などに引っかかってドレスの方はズタズタに裂けていたが、その代わり皮膚の方に傷はついていなかった。さすがに裂けた服を着せている訳にはいかないので、ゆったりとしたシリエの服を借りて着せている。胸元を締め付けるデザインではないので、ロージャスが苦しい思いをすることはないだろう。


 ルファが、白いドレスを持ってみると驚くほど軽かった。布自体に光沢があるので、絹で作られたものなのだろう。その上にレースが重ねられたドレスは、田舎暮らしの人間には考えられないほどの高級品のはずだ。


 母宛に送られてきた伯父の手紙にも、絹やレースが高価であることは書いてあった。貴族たちは、ドレスにそれを使って富を示すらしい。しかし、十三歳の子供に着せるにしては豪勢すぎる正装である。それに、これは花嫁衣裳としか言いようがないものなのだ。


「それで、結婚させられると言っていたが……。どういう事なんだ?」


 シリエの疑問に、ロージャスの顔色が曇った。


 結婚が出来るのは、男女ともに十六歳からである。これは貴族や平民に関わらず、定められている法律であった。


 リーベルトの町のような田舎では、女は十六歳になればすぐに結婚してしまう者も珍しくはない。早く結婚をして元気なうちに赤子を産むのが理想だと言われているからである。


 だが、年齢を繰り上げて嫁ぐことはない。女としての身体が出来上がっていないし、生家の労働力が足りなくなるからだ。


 生まれた時から家の労働力になることが義務付けられているが田舎の子供だが、都会では事情が違う。生活にゆとりがあるので、子供たちは青春時代というものを楽しむ余裕があるのだ。


 シリエのように自分の道を進んでいる女性の多くは、都会出身の女子である。シリエがルファの所に転がり込んできた理由が結婚であると勘違いされるのは、都会の自由な気風が田舎では浸透していないせいでもあった。


「ロージャス様の年齢で結婚となると……。婚約式のことか」


 年齢的にそれしか考えられないとシリエは判断した。婚約式という初めて聞く単語に、ルファは首を傾げる。


「すまない、婚約式とはなんだ?ここら辺では聞かない言葉だ」


 シリエは説明しようとしたが、その前にロージャスが口を開く。


「婚約式は、主に貴族で行う結婚前の儀式です。……法律的には効力はないんですが家同士で結婚の約束をして、教会で式も上げて本番の結婚式みたいなことをします」


 貴族というのは、田舎を出たことがないルファにとっては縁遠い人々である。税金などを納めに行くのは村長とその一族の仕事であるし、貴族たちが派遣する役人の相手をするのも同じだ。


 つまりは、雲の上の人々なのである。


「貴族っていうのは、同じ相手と二回も結婚式をするのか……」


 ルファは、色々と手間だなと考えていた。


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