スリーピースガールズバンド

澄田ゆきこ

序章

羊文学『ドラマ』

 まどろみの中で、ああ、余生だ、と思った。


 手探りでスマホを探す。充電コードを引っ張って、本体を手繰り寄せた。時刻、十五時。

 今日も二十一時から、朝五時にかけてバイト。憂鬱が体中に染みこんでいく。今私の体を指で押したら、水を含んだスポンジみたいに、じゅわっと憂鬱が染み出してきそうだ。

 重たい体を引きずって、布団から這い出る。

 窓を開けると、春の生ぬるいにおいがした。

 大学を卒業してから、私の毎日は、日に日に色あせていく。ピンク色のベースも、窓際に干しっぱなしのTシャツや下着も、部屋ははっきりした色であふれているはずなのに、視界はセピア色だ。

 毎日、バイトと寝ることしかやることがない。好きだった音楽も、一番楽しかった瞬間を思い出しそうで、聞けなくなった。そうじゃなくたって、今でも馬鹿みたいにあの時のことを思い出す。

 とりあえず、生命を維持するために働いて、ごはんを詰め込んで、呼吸を続ける。

 ――なんのために生きているんだっけ?

 就活の時に何度もぶつかった問いが、私の体を苛んでいく。

 ベランダに足を投げ出して、ラッキーストライクに火を点ける。残り一本がなくなって、箱が空っぽになる。手の中でぐしゃりと潰すと、箱はひしゃげた音を立てた。

 ニコチンがぐるぐると爪先までまわっていく。西日と、春の風。学校が終わった子どもたちの声。世界は今日もぜんぶ他人事。溜息と一緒に煙を吐き出す。

 私の好きなバンドは、ある曲でこう歌った。青春時代が終われば、私たち、生きてる意味がないわ。

 この感覚は今になって腑に落ちる。小説でも漫画でも映画でも、主人公って十代くらいの子が多い。子供以上大人未満の物語、その一瞬の輝きを、人は求める。終わってしまえば燃え落ちた花火と同じ。だから、余生、だ。

 大学を卒業すれば、たぶん、人は青春をうまく卒業して、ちゃんと「大人」を歩んでいくのだろう。だけど私は、つまずいた。人と同じようにうまく歩けなかった。インスタの中では、就職や院進をした同期が、鮮やかな光をまとって生きている。私にはたどり着けなかった世界。

 みんな時間が進んでいくのに、みんなは「大人」になっていくのに、私だけが、ずっと止まったままでいる。


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