飛べ、更なる高みへ

生命いのちって、不思議ね!」

 

 ミーアは、勝手に大声で、感想を突っ放す。

 

「それはね…そう! この大河おおがわみたい!」

 

 三人は、際限なく茫大な野原の上で、思緒ししょを馳せ行かす。

 これぞ旅。

 見るに、一見家族かのようなみたりは、ひとえに、ひたすら歩いていた。

 ミーアはカルタら側にある大河を指差して、また一言を放つ。

 

「今こんなに穏やかに見えるこの流れも、雨の日じゃ物狂おしいほど、荒れて走ったよ〜」

 

「ええ。 まさに生命せいめいそのものですね。 静かったり、緩やかったり、そして勢い立ったり、急だったり。 どうも生き生きで、活気あふれた生命の模様ですね。」

 

 カルタは、こう附和する。

 

 また三人は、歩み続ける。

 

 颯々さっさつな風は、カルタの歩んだ道を吹き過ぎ、またカルタの前路ゆくてを吹き行く。

 

「ねぇねぇととお様、このクイズ、解ける?」

 

「どうかな、案外解けるかもしれない」

 

 不思議な呼び方されても、動じないカルタ。

 むしろ興味津々。

 さて……

 

大河おおがわの中に、一番長い生物は…な・ん・だ!」

 

「はてはて何ぞや」

 

 フーレアも面白がってる

 

「うん…何かの魚かな……」

 

「クジラ! えい!」

 

 フーレアに先を取られた

 

「それを言いたかったのになぁ…」

 

 残念そうなカルタ

 でもお顔は相変わらずの笑顔

 

「チッガーーウ! って言うより姉さん! クジラは川にいない!」

 

「ぁあ! ではこの身のチャンス! どれどれ…蛇頸竜だけいりゅうでは!」

 

「ぇえ? それも多分違う。 でもそれ、なに? 美味しそうに聞こえるけど!」

 

「なにかしら? カルタさん」

 

「うん…説明をすると、やはり一種の恐竜ドラゴンではないかな?」

 

「そんなもん水にあるかい!!」

 

 突っ込まれた…

 さすがに子供でも分かるよう、恐竜ドラゴンという生き物は、水には存在しない。

 地球側でしたらいたかも。

 

「参ったな。 一体全体なんの生物であろう…この身はこれでさっぱり」

 

「ふふん〜 ミーアさまが、お・し・え・てあげてもいいよ。 ミーアさ・ー・ま・ー!」

 

「見てはこの通り。 ミーアお嬢さま。 どうかお教えなさいませ」

 

「聴いて驚かないでね! では、謎々の答えー開示する時間〜」

 

「早う言ってみん」

 

「そ・れ・はー お虎さんだ! おおがわ、すなわちタイガ、延長されてはタイガー!!」

 

「へぇ〜」

 

「っはは」

 

 フーレアとカルタはそれに応える。

 愉快な会話が、幼稚的にもかかわらず、旅の喜びを増している。

 これも旅。

 

 爽快な風は笑ったように、またひとつカルタらの傍から流れ行く。

 カルタは、この時こう思った。

 夕日に照らされた際限のない野原と大河を見て、こう思った。

 

 婆さん。 笑ったかな。

 婆さん。 お過ごしはいかが?

 婆さん。 ごゆっくり寝てはいたかな?

 

 仮令たとえ三年が過ぎても、懐かしい気持ちを、今もしばらく思い浮かべる。

 これもまた、あるせがれの想いであろう。

 

 

 *

 まも無くの間、時計の針は一歩進み、夜空は月と星によって照らされた。

 明星はいくつもある。

 さしてこの世界は星座に関しての知識を有するかどうか、少なくとも一般人の常識には入っていないようだ。

 明星はいくつもある。

 夜空は、奇衒きげんな景色。

 遠くといえども、手にも届けるかのよう、不思議だ。

 

「夜空は、さぁ」

 

 言い出したのは、休憩をとっているミーア。

 

「毎回死んでいったお母さんを思わせるんだ」

 

「深い深〜い土の中に埋もれたはずなのに、お母さん」

 

「どうして雲の向こうでもいたよう、そう感じられるの?」

 

 カルタは、それに応える。

 

「難問です」

 

「されども、私には答えがある。」

 

「それは、どういう答えなの?」

 

 したがって、カルタは自分の意見を述べ始める。

 

「この世界は、無尽蔵なる物質と精神によって構造されている。 言うなれば、実体のあるものと、非実在なものによって完成されている。 今もなお、完成されて、同時に完成している。」

 

「奇怪な話かも〜」

 

「っはは。 その通りさ、ミーア。」

 

 カルタは、地面から石ごろを拾い上げ、ミーアに見せる。

 

「これは、石。」

 

「実体はここにあるでしょう。 しかし、それを認識するとき作り出された概念は、人間の脳にしか存在しない。」

 

「私にとっては、石はいろんな意味をもつ。 自分の名前でもあるし、火を起こす道具でもある。 そして、詰め物として役が立てるし、言うなれば他の者を攻撃する器物でもある。」

 

「考えてみよう。 羊にとっての石は、なんだろう」

 

「うん…特になんの用もない?」

 

「そうかもね。 その時、その羊さんの脳には、人間と違う石の概念が生じる。」

 

「なるほど。 でも、そこにある石は、別のものになっていないよ」

 

「その通りです。 でも、ミーアと羊さんにとっての石は、すでに別物になっている」

 

「なるほど。 そうだとしても、あまり支障がないのでは?」

 

「っはは。 では答えてみよう、ミーア。 この石は百万年後どうなるのか?」

 

「うん…まだ石なのでは?」

 

「そうかも。 でも、石炭となった可能性は断じて高い。 一千万年のうち、この石は石炭となったことはほぼ確実に言える」

 

「なるほど」

 

「さっきミーアがまだ石と答えたのは、石炭の概念が欠けているからだ。 そういう概念のひとつはさして力がないかも知れないが、幾つ、幾百もの概念は、実物さえ超える力があるのさ。 時に実物となる可能性もある。 そう、例えば信念によって生み出された魔法。」

 

 魔法を言い出した時、カルタは目を閉じた。

 

「風、立ちぬ」

 

 まだ風はない

 ミーアは、おかしと思って、問いただそうとする時

 

 風は、立った。

 的中。

 

「時に、信念とは別の、直感というものがある。 それはもうひとつ、実体のない非実在なもの。 このような、仮にでもひとりの頭の中にしか存在しないものは、他人に感じさせることもできる。 愛、欲、情、各種なる念想ねんそうは皆見えづらい、けれども感じやすいもの。 そのうちにも見えやすいが感じづらいものがある。 それらは、この世にとって同じだ。」

 

 カルタは続く

 

「さっきに私は、答えがあると言った。 それも同じことではある。 時に、見えられないものが答えとなったり、感じられないものが答えとなったり。 それがさえ、答えがないのも答えとなったり。」

 

「そうか! わかりました、お父様!」

 

 空に顔を向け、ミーアは続けた

 

「その問題に、答えがないのが、答えではあるかな」

 

「そうかもね」

 

 ふたたび風が吹き、ミーアの髪を掠れ上げる。

 

「答えがないのも、一種の答えだが、いささか寂しさは感じ取れた。」

 

「じゃあパパ、どうしてミーアは空を見ると、時にお母さまを思い出すの?」

 

「そうね。」

 

 すこしのあいだ空を見上げ、カルタは身体を起こす。

 

「それはねミーア。 きっとキミは、伝統や習俗の中に、根源はいない。それだけに、キミの根源は自由と称える天空の中にいるからだ。 鳥達の翺翔こうしょうする、極意自在の空に。」

 

「もうったら。 パパらしくない!」

 

 三人は共に笑い出し、その笑い声は空の向こう側まで伝わった。

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