Say Goodbye, Say Hello

 何故なぜ

 

 なぜ鳥たちが鳴いてるのに、私はそれを聞こえない。

 

 なぜ風が動いてるのに、私はそれを感じれない。

 

 なぜ月が照らせてるのに、私はそれを触れない。

 

 私は、どうなってる。

 どうなってるの。

 

 見たことのある星は、まだ空に咲き続ける。

 聴いたことのある歌は、まだ大気を震わせ続ける。

 感じたことのある感情は、まだ心臓を苛まれ続ける。

 

 感情はまるで潮汐のようで

 波が引く途端また波が来る。

 

 ぁあ…

 煙。

 

 あちこち、煙が生じている。

 ぼんやけた視線。

 なにも見えない。

 なにも見せてくれない。

 

 まぼろし…

 おぼろげな光…

 世界の終わり……

 

 

 *

 散らばってる部屋の中、一人の小娘がいた。

 一見村にあるどの小屋にも似たような形をしている、普通の小屋。

 いま、煙がその中から出てきている。

 

 カルタは咄嗟の間に分かった。

 焚き火ではなく…

 これは火事、と。

 

「荒れ狂う風神、其方なる奇跡を示せ! 我が走り行く身に速度を!」

 

 短く呪文を唱え、腕を振るう。

 須臾しゅゆにして風が起こり、カルタが走るのを助陣じょじんする。

 

「うん。紛れもなく火事だ。」

 

 焔の勢いを一瞥したのち、カルタはそれを気付いた。

 

「何か…いや! 一人の人間がいる!」

 

 しかし、彼は同時にその異様さを察した。

 

「なぜ横になってる。煙で倒れたにしては、さほど濃煙ではないはず。」

 

 次の一瞬、カルタはようやくそれに気がつく。

 

「足に…足が縛られてる? ここに入った時は誰とも会わなかった。だとするとこれは…」

 

 カルタは、その唯一なる正解に気がついた。

 

「自滅、か…」

 

 従って、カルタは呪文を唱える。

 

「慈しむ水神、かの大海を創った慈悲深き水神! 時には滔天の勢い、時には繊細の振り出しなる水神よ! 萬物をも潤う雨で、この部屋で降雨せ!」

 

 雨は、その場で降り始めた。

 

 

 *

 ぁあ…

 眠ってしまったのか…

 私はさっき、なにをしたのだっけ……

 

「ぅう」

 

 声をだしてみる。

 ちゃんと音が聞こえた。

 

 そっか…私はまだこの世にいたんだ……

 あっちに行けば、楽に成れたはずなのに……

 星も、声も感じられない

 そして、涙もわからない

 

 ぁあ…

 涙が…こぼれ出す

 

 

 *

「染み凍るすわの都中の徒渡り、打ち解けられぬ余にも降るかな」

 

 突然、一人美しい女性が、視線に姿を現した。

 いや…若しくはずっとここで自分を見ていたかな。

 

「姉さんなの? 私をあの部屋から運び出したの。」

 

「当たらずといえども遠からず」

 

「じゃぁ…」

 

「ご本人より説明してたまはむ、ほら」

 

 丁度その時、カルタは部屋に入った。

 

「ご明察、フーレアさん」

 

「男といえども不思議なほどやさし御方。なれば怖がらざるべし、ミーアちゃん。」

 

「わかった。フーレア姉さんがそう言うのなら。」

 

 確かに、この男から奇妙な雰囲気が感じられる。

 どう言えばいいのだろう。そう、まるで広大な海にはささぐとき、海面にある海上灯台のよう…

 

「では、お初お目にかかる、ミーアさん。一応聞きたいが、こうお呼びになってもいいかな?」

 

「構わない」

 

「では、この身のことをご紹介します。石泉いしずみカルタと申します。石泉が苗字、つまり家族名のこと。カルタとお呼びいただければ幸いです」

 

「うん。こんにちは、カルタ。私を救ってくださったことに、感謝いたします。」

 

「こは漂泊たる身で、住居不定であり、今もなお旅行しています。偶然にもこの村に着いたが、火事をか目にして、さぞ深い由縁があるに違いないと。」

 

「さればミーアちゃんを助けたし」

 

 フーレアはその話柄を横取り、一言を放つ。

 

「フーレア姉さんがそう言うのなら…」

 

「ではお聞かせてください、ミーアさん」

 

「私も、自害したいから、そんなマネをしたのじゃない。」

 

「この身は、ミーアさんを責めたいから、問いかけたわけじゃない。こう言って偉そうで申し訳ございません。ただ助力になりたい所存である。」

 

 こう言いながら、カルタは深くお辞儀をする。

 ……

 

 *

「ミーアは、ずっと変だと言われていた。」

 

 そう、ミーアは、村にいる他の子供達に、変と言われ続けた。

 彼女は、5歳の時両親を失い、独り身となった。

 幸い村にいた人たちは、無言で彼女の世話をしていた。

 しかし世話と言っても、せいぜい食糧のあたり、些細なる支援をしているだけ。

 彼女の生活、遊び相手、ましてや年頃に相応なる愛への需要も、何一つ不自由であった。

 唯一ましなのは、フーレア姉さんが時々彼女の遊び相手として、彼女と一緒に時間を過ごした。

 彼女を支え続けたものは、一体何なんだろう。それは本人すらわからないようだ。

 

「ミーアは、時々すごくイキリ立つ」

 

 例えば、他の子供達に罵られたとき。

 例えば、他の人に悪口言われたとき。

 例えば、他のやつが小動物をいじめるとき。

 それと、なぜでさえわからないとき。

 

「そして、時々すごく悲しい」

 

 例えば、走って転んだとき。

 例えば、夜一人のとき。

 例えば、ママを思い出したとき。

 それと、なぜでさえわからないとき。

 

「ついに、ミーアは耐えられなくなった。それであんな形で自害をした。」

 

 カルタは、話の途中から察しついた。

 ミーアは多分、5歳の時打撃を受け、そのとき心理的障害を抱え始めた。

 双極性障害という病気を。

 残念ながら、この世界にてまだ精神疾患面(メンタルケア)の薬は存在しない。カルタも、薬に専門な訳でないため、作る手がない。

 でも、カルタにも自ら得意なものがある。

 

し。今日から、この身はミーアさんのパパとなろう。」

 

「え?」

 

 困惑するミーア。同様に戸惑っているフーレア。

 

「ミーアさん、お聞き」

 

 一度注意をするカルタ

 

「あなたには、沈重ちんちょうなる命運を天から授かっている。ある時が来るまでずっと苦しまなければならない、重い重い運命。」

 

 カルタは続く

 

「それは、あなたが悪いことをしたからでは決してない。むしろあなたが立派だから。」

 

「ミーアが、立派?」

 

「正に」

 

「そして、かの時が来るまで、あなたにはこの憤りと、悲しみとをずっと抱えなければならない。」

 

「なるほど…」

 

「ミーアさんよ、この道士たる身、あなたに三つを問う」

 

「一つ、ミーアさんはこの村にいる生活が気に入ったか?」

 

「それは、あんまり…」

 

「二つ、ミーアさんは外の世界を見たいか?」

 

「それは、多分嫌じゃない」

 

「三つ、ミーアさんは旅路に付き添う人間が欲しいか?」

 

「…」

 

「そうか、一人の旅も、さほど悪くはないかも」

 

「…ミーア」

 

「どうぞお話し」

 

「…ミーアがいい」

 

「うん?」

 

「…だから……ミーアがいい! 呼び捨てがいい!」

 

「「!」」

 

 驚いたカルタ。

 側にいるフーレアも。

 

「畏まり侍り、ミーア。では、承りました。」

 

「結構なこと!」

 

 三人の笑い声は、あっという間に部屋を充した。

 

 

 *

「では、旅立ちの前に、一つ呪文を差し与えよう」

 

 カルタは手をミーアの頭に、口中に唱えた呪文は、歌のように聞こえる。

 

「離離淵木釜(りりふちよりふかしきのかま)

 襲襲浅草舟(しゅうしゅうあさきくさぶね)

 沈欲識得苦(よくぼうしずみてはじめてくをしりえる)

 疾筆再難休(ふでをとくにしてふたたびやすむがたし)

 心似鐐銬堵(こころりょうこうにとっするにに)

 身若枷鎖囚(からだかせにとらわれるがごとし)

 挙樽空対月(たるをあげてむなしくつきにむけ)

 無情是最愁(むじょうこれもっともうれいなり)

 願わくば、苦愁くしゅうの海をば渡り超え、やすんずるのこそ取り掴むならめ」


 わからない言葉だらけ。しかし、その想いのどこかを、しっかりと感じ取った。

 

「なにと。道士たる者はみな、願望な言ひそ。こは破戒はかいなりなむ。はてなにゆえ?」

 

 フーレアの詰問を無視し、カルタは続く

 

「あとは、これをか受け取ってください」

 

 無虚から掴んだ呪符を、ミーアに渡す。

 

「ありがとう、ミーア。もしなんの未練もなければ、今日中で行こう。新たな旅に」

 

 して、カルタはフーレアに向かい…

 

「あなたはいかがかな? フーレアさん」

 

「さらばわたくしも。もう一度旅を立たんか」

 

「承り侍りき」

 

「何とやら家族の如くかな、ふふん」

 

「え?」

 

 これはどうやら、カルタが破戒し続ける物語のようだ。

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