咲き狂う生命

 これは、遥か雲の向うから伝わってきた、執念をめぐるひとつの物語。

 

 ──どれぐらいあるいたのだろう

 ──どれぐらいつまずいたのだろう

 ──どれぐらいてに入れたのだろう

 ──そして、どれぐらいうばってきたのだろう、人という存在を

 

 サーデルはいま、殺している。

 敵と見られる兵士を。

 敵と見られる将領を。

 敵と見られる自らの心を。

 

 泥まみれのおもて、敵は見た。

 疲弊し切った身体、敵は見た。

 空洞と化したサーデルの眼窩、敵は見た。

 ありえない形に反り折った足、ホソボロな衣服、槍に刺し込まれた躯幹。

 敵は全部、目の当たりにしたんだ。

 しかし──

 

「なぜ止まらん! この野郎、何故止まらん!」

 

 見るに、一人の兵士が体を前にし、トドメをさした。

 トドメをさすつもりだった。

 兵士は、サーデルの躯幹を蹴倒し、もう一本の腕を引きずって、眼球をえぐり出し、さらにあばらぼねの隙間から剣を刺しつらぬく。


 「死ね! この悪魔!!」


 おまけに罵言を放ち、死なしめたくて止まない。

 

 すべての兵士は、サーデルが死ぬ瞬間を目にした。

 砂と砂しかないこの荒漠の真ん中で。

 砂と砂しかないさみしい大漠の中で。

 

 カラ…それは音…

 カラカラ……また音がした。

 誰かが気づいた。

 ガラ…あれは不祥な音…

 ガラガラ……音が散らばる。

 更なる兵士が気づいた。

 

「妙だ…」

 

 誰彼からひと言。

 次の瞬間、その兵士全身の毛がよだつ。

 

「見ろ!」

 

 束の間サーデルの死体から煙が立つ。

 いや砂か

 瞬く間に人をもまるごと吸い込めるような砂でできた旋風つじかぜが、死体のまわりを席巻する。

 

 すべての兵士が気づいた。そして、同様に毛が逆立つ。

 

「不気味。不気味極まりない。」

 

 見ると、サーデルの骨、彼を殺すため刺し込まれた武器、さっきの戦いで倒れた兵士の死骸、死骸を千切ってから余るほどの血液。

 それらがひとつの旋風つじかぜとなった。

 浩大な旋風となった。

 

 様子を見ては、しばらくの間が過ぎた。

 旋風はもうどこにもない。代わりに人影が見えた。ホソボロな衣服が纏った、一人の影。口元から、何らかの声が漏れている。おそらくは独り言か。

 

「生き返っちまったか、死にそこないめ」

 

 さっきの戦いで勇敢さを披露した、一人の兵士が体を前に駞す。

 

「これでも食らえ!」

 

 投げ出したのは、彼があたらしく獲った槍。

 の筈。

 投槍とうそうとして使われた腕が、槍にくっ付いで飛んだ。

 

「ガァア゙ア゙!!」

 

 無理矢理千切られた丸腕が、それに相応しいほどの出血があった。

 

「キサーマア゙ア゙ア゙!!」

 

 哮り狂うその兵士、今度は火球術を唱えた。

 この世界に、魔法という念概コンセプションがある。おもいの概ねを言葉に凝縮し、根性を込めて言い放す。魔法に必要とされているのは、言葉に含まれた念いの精確さと、既存の神(あるいは人間を超えた超生物)に祈りを捧げること。術の強度を決めるのは、何よりも念概の誠実さ、言い換えれば念いの重みである分量。誠実心さえあれば、本来撃つ度に何人も必要である火球術は、なんと一人で撃つこともできた。

 火球術は、無虚から生み出された火焔球かえんだま。その威力は誠心によるが、大抵は目標を一撃で炸裂させられる至極の技。

 

 荒げた声で、その兵士はいま念いをぶんっ放した。

「至高独尊の火神!光より閃明せんめいたるほのお、闇より漆烏しっぽたる火焔を司りし無上なる火神よ!我が目の前なる賤しきまた邪悪たる不死虫を、我が目の前なる忌まわしきかつ憎むべきゲロ生物を、即座に八つかせ!!」

 いきどおりこそ滾らせ、兵士は又として鮮明に光った火球を相手にぶっ放した。

 火球は直命中し、相手の身体という身体を命中した部位を中心とし、一点をめぐり爆風を轟かせ、次の瞬間にありとあらゆる部位を宙に、土中に、四方八方に飛ばせ、躯骸をしらみ潰しにした。

 の筈。

 

 兵士はどよめく。

 相手は、確かに潰された。微塵の紛れなく、一人だけ砕片と化した。

 その相手は、誰でもなく、火球を投げ出した、兵士の一人。

 

「バカな…あにゃろう、一体何を!」

 

 超人の勇気を見せた一人の兵士の命とともに消えたのは、場にいる兵士すべての正気。

 

「うてええ!何かしたにせよ、あのバケモノにうてええ!!」

 

 矢が風を掠る。

 そして、長官の命令とともに潰えたのは、場にいる兵士全員の生命。

 

 

 風蕭蕭兮易水寒、壮士一去兮不復還。

 かぜしょうしょうとしてえきすいさむく、そうしひとたびさりてまたかえらず。

 

 ひがごとをしつるが如く、風のなびきはやみ、草の揺らぎはとどむ。ただ残るは、さびしこと極まりおとこ一人なり。

 たちまちあらかぜのおこり、せうせうとす。

 なるほど風立ちぬ。

 いや、砂立ちぬ。

 

 寒からぬ旋風は彷彿とし、ふたたび狂大きょうだいなモノをさす。惹きつかりしあらゆる生命の象徴、泥塊と、血液と、堅実なるほねぼねと、軟湿なる内臓と、混じり合う。

 かくしてのちに、すべては静寂にちぬ。

 

 それはまさしく時空をも忘れさせらる光景ではあるが。恐るべき、なれどさみしきなりまじ。

 

「我はあゆみたし、さるものゆえ行き詰まりぬ。我は生かばや、されど死ぬるがごとし。我は世界を恋ふれども、あたかも世界より離るるがやうなり。よのつねなるたのしび、我は持ちおらず。さぞ悲しびをば、我は抱かむ。」

 ──どれぐらいあるけたらいいか

 ──どれぐらいつまずいたらいいか

 ──どれぐらいてに入れたらいいか

 

「名誉、我には要るまじ。然るものはまぶしかりて恥辱なり。運、我には要るまじ。然るものは心憂いこそあたふれ。とも、我には要るまじ。然るものは屍こそを増せ。」

 ──して、あとどれぐらいうばったら、終わりが付けられるのだろう

 

 彼の男はあまねく荒野を漫歩した。奇妙なことに、それは燦爛な星河に舟を竿さしているかのよう。ひとしきりに、まるで虹のいただきを渡っているかのよう。言わば綺麗な景象、彼の男が作り出した、彼以外誰一人のない、綺麗なる景象。

 そして、サーデルはひたすら歩くのなか、その一言を発した──

 

「如何に我は、存在そんざいせれむ!」(私はどう存在すればいいか)/(私はどう存在されればいいのか)

 

 これは、遥か雲の向こうまで伝わってきた、執念をめぐるひとつの物語。

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