冥々忌憚

咲間美哉

零.


妖刃ようやいば、別称【妖刀】とも呼ばれる”ソレ”はこの地に生まれ落ちた

幼子に一人ずつ形を変えて授けられる武器…即ち、持っていて当たり前の存在だ。

人が十人十色であるように、幼子に授けられる武器は生まれ落ちた時の性質から

どういった”妖”がとり憑き、”妖刃”としてどういった加護を授かるのかは人次第。

人によっては妖魔の世界における最強格とも呼べるの”九尾”やら”酒呑童子”の

加護を受けることになる者もいれば戦闘には全く向いていない”提灯小僧”や、

”一つ目小僧”…等といった、加護を受けた存在も数少なくはない。


産み落とした母親が、子供の無病息災或るい万が一の事故や事件に巻き込まれて

むやみやたらに命を堕とさぬように祈りを込め、託すものがこの刃。

決して、喪くしても壊してもならぬ愛の結晶でもある”



無駄に細い活字で参考書に刻み込まれた文字を、少年は退屈そうに見つめていた。

ふわあ、と気だるげな欠伸が漏れる。机の横に立てかけてある臙脂色の竹刀入れが

ゆっくりとずれ落ちていくのも、もう気にする気力もなかった。

彼は、竜胆色の目に掛かるほど重苦しい前髪と猫背気味に丸まった背中。

そして、くしゃくしゃの皺だらけの襟元のよれたシャツを着ていて

華奢でどこか陰鬱とした空気を醸し出している。

彼の名前は神依代勇樹かみよりしろゆうき。至って普通の”学生”である。

教師が黒板へすらすらと”妖刃”の項目を書き連ねていく音を耳にしながら

次第に机へ突っ伏す。


時刻は午後一時を差している。丁度、昼食も取り終わり

眠気が襲ってくる時間帯だ。周りの机に座っている人達はみな真剣に

先生が書き連ねる板書をノートにせっせと書き記しているが、

彼はそれすら面倒で寝てしまいたいと考えていた。


「おい、寝てんじゃねーよ」


そう言いながら、後ろから彼の肩を揺さぶる者が一人いた。

気だるげに体を起こし、後ろを振り向き目を細めている彼の目に映ったのは

彼と非対称で深紅の髪をポニーテールに結い上げ、鋭い翡翠色の瞳をしている

また勇樹とは違ったタイプの少年だった。


「…ん、あ…だって退屈なんだもん」


勇樹が目を擦りながら、そう若干不満げに声を漏らすと

深紅の髪の少年は眉を寄せた。


「お前なぁ~」


「いひゃい」


呆れた顔をしながら、勇樹の頬をつねる。

彼の名前は御鑑火織みかがみひおり。勇樹の小中時代からの幼馴染である。

同じ故郷出身であることもあって、今こうして通っている学校でもたまたま

偶然同じクラスで近くの席になる確率が異様に高い存在らしい。


抓られた頬が地味に痛かったのか、勇樹は若干目に涙を浮かべつつ

火織から目を離し参考書とノートへ目線を戻した。

何か火織は言いたげだったが、勇樹が前を向いてしまったので

彼もまた板書に目をやり、ノートへ文章を刻むことを再開したようであった。

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