異世界への切符 五枚目

 門番の案内に付いていき、屋敷の玄関に馬車を止めた。

 馬車はそのまま門番の人に預かってもらうことになる。


 使用人が出迎えてくれ、直ぐに控室に案内された。

 そして、ナビ婦人がやって来た。

 自分より年下のはずなのに、その振る舞いは落ち着いて優雅だった。

 胸を患っているのもあるのだろう。

 常日頃、冷静沈着に過ごせるように心がけているのかもしれない。


「よく、いらしてくださいました。お待ちしておりました」

 ナビ婦人がにこやかに、言辞ゲンジと私に挨拶をしてくれた。


「……」

 

言辞ゲンジ……、様?」

 ナビ婦人が不思議そうに言辞ゲンジの顔を見た。


 気になって言辞ゲンジの顔を見たら、なんと涙を流していた。


「な? 何で泣いてるの?」

 私達は慌てた。

「ご、御免。御免。……」

 と、涙を拭きながら謝るだけの言辞ゲンジ


「どうしたのだ? 急に? ナビさんがびっくりしているじゃないか?」

 と言辞ゲンジをなだめる。


 びっくりした。

 言辞ゲンジが泣いているのは初めて見たのだ。

 いったい何があったのだろう?


 私は言辞ゲンジの頭をギュッと抱きしめて、落ち着くまでジッとすることにした。

 ナビ婦人は、お茶を用意して来ると言って席を外してくれた。


 私は、戦争の時にナビ婦人に会っているし、帝国時代にも会っているそうだが、私はナビ婦人に強い印象はない。

 だから、初対面とあまり変わらない。


 だけど、言辞ゲンジにとっては異世界から来て心細かった時に、最初に出会った女の子だ。

 そして、その後は何度も世話になっている女性なのだ。


 工作員としての引退と結婚で、どちらかというと秘密裏に隣国の貴族様の奥方様になって行ったから、簡単に会うことが出来なかった。

 ましてや、私への気兼ねもあって、ナビ婦人について話すことはなかった。


 幼馴染の様だったと言辞ゲンジは言っていた。


 あの涙を見て、その重みが私にもズッシリと伝わってきた。


 「落ち着かれましたか?」

 ナビ婦人は穏やかな顔で私達に言った。


 この人私より年下なんだよな。

 何で、こんなに落ち着き払っているんだ?


「二人とも御免なさい。自分でも知らないうちに込み上げてきて。恥ずかしい」

 言辞ゲンジは、少し目を腫らしていた。

言辞ゲンジが泣くところ、初めて見た。びっくりした」

「本当に御免」

「まあ、良いのだ」

 

「うふふ。仲宜しいんですね」

 とナビ婦人。


「ナビさんにも恥ずかしいところ見せた。御免ね」

 と言辞ゲンジ

「いいえ。お構いなく。とこで、海は寄ってこられましたか?」

「うん。綺麗だった。僕のいた世界の海とそっくりだった」

「そうですか? では、ナビも言辞ゲンジ様の見た異世界の海を一緒に見ているのですね? 嬉しい事です」

 ナビ婦人も私と同じ様な感想を述べた。


 ナビ婦人の出されたお茶を飲みながら、そのまま話を続けた。

 言辞ゲンジが突然泣き出すというアクシデントが無ければ、部屋に一旦案内されてゆっくりしていたところだったのだけれども。

 ただ、荷物だけは先に運んでもらった。


 少し世間話や戦争中の話をしてから部屋に案内された。


 うーん。

 流石貴族様の部屋だ。

 ベッドもふかふかだ。


 服を着替え、案内された部屋に入った。


「ナビさん。リリィが大怪我した時に、旦那様には大変お世話になりました。そのお礼も兼ねてやってきました」

 と言辞ゲンジが言う。

「はい、ありがとうございます。主人は城におりまして、今日は帰りが遅くなるそうです。主人も本についてのアドバイスを頂けて嬉しかったと申しておりましたよ」

「そうですか? お役に立ててうれしい」

「ナビさん。言辞ゲンジの事とか、色々と世話になってるみたいだな。ありがとうございます」

 私はナビ婦人に礼を言った。

「お互い様です。それにしても、リリィ様がご無事で何より。大聖堂では、本当に大変だったそうで」

「うん。まあな」


「それで、リリィを狙ってきたアルキナや帝国皇帝が、リリィの『能力』を狙っているらしく、それが戦争の火種にもなったんですよ」

 言辞ゲンジが、さっそく本題に入っていった。

「ええ、聞いております」

「何とか今回は退けることが出来たけど、今後も帝国皇帝やアルキナの様な奴が出ないか心配なんですよね」

「確かにそうですわね」

「暗殺の暗い道からリリィを引っ張って来られたけど、これから先は僕にどうして良いのかわからない。リリィも自分の『能力』については詳しくわからない。親方様は多少なりとも知ってるかもしれないけど、今は語ってくれない。まあ、聞いてもいないんだけど」

 言辞ゲンジは言った。

「ですが、そのご様子では、何か感じるところがあるのですか?」

「うん。僕がこの世界に来たのは、リリィが呼んでくれたからじゃないかと思っているんだ」

「まあ。どこにそんな繋がりがあるんでしょうね?」

「やっぱり薄いかな」

「そうですね、わかりませんが。ですが、何か深い縁がお二人にあるのでしょうかね?」

「だといいね。リリィ」

 と言辞ゲンジ

「うん。そうだな」

 と私。

「リリィさんのお父さんとお母さんが、何かあるのかなと思っているんだ」

 言辞ゲンジが続けてナビ婦人に言う。

「親方様ならリリィのご両親について知っていることがあるかと思っているけど、まだ聞かないようにしているんだ」

 と言辞ゲンジ


 その後、言辞ゲンジと私が話した事をナビ婦人にも伝えた。

 

「リリィ様」

 とナビ婦人は、私の顔を見て語り始めた。

 

「リリィ様には、きっと大きな使命があるとナビは思います。

 

 もしかしたら、リリィ様では、その片鱗を見せることしかできない様になっているのかもしれません。

 そして、多分ですが私も親方様はリリィ様の御父上ではないと思います。

 

 ただ、どんなことがあってもリリィ様は守るとお約束されてたのでしょう。

 そのお約束は、リリィ様の父上様と母上様の両方か、あるいはどちらかの方に。

 だからこそ、何度もリリィ様の危機に駆け付けて来られたのではないでしょうか?

 

 親方様にとっても、リリィ様のご両親はとても大切な方だったに違いありません。

 あれだけ寡黙な方が、リリィ様には熱く語られるのでしょう?

 

 きっと親方様に大きな影響を与えた方なのでしょうね。

 

 それはたぶん、リリィ様のご推測のとおり、母上様の方かとナビも思っています。

 もしかしたら、リリィ様の『能力』というのは、神聖な力なのかもしれません。

 

 それは、今は失われてしまった力なのかも知れませんね。

 けれど、その力は、リリィ様の中に眠り続けながらも受け継がれているとナビは思います。

 

 言辞ゲンジ様は、リリィ様をお救いする為に、こちらの世界に引き寄せられたのではないかと、ナビも思います。

 

 リリィ様の母上様は、それを信じて親方様にリリィ様を託された。

 その予知の様なことを知って託された。

 あるいは、そうせざるを得なかったと思います。

 言辞ゲンジ様が、こちらの世界に引きまれる事を知り、言辞ゲンジ様に託そうと強く願われたのかも知れません。

 

 だからこそ、言辞ゲンジ様も夢に見るほどリリィ様の事を恋焦がれた。

 リリィ様は、一目会っただけで我を忘れるほど思いを向けられたのではないでしょうか?


 ナビは、そう思います。

 

 そして、そんなお二人が、ナビはとても素敵で羨ましく思います」


 私は、熱く語るナビ婦人の様子を見て、言辞ゲンジがナビ婦人に惹かれていた理由が分かった気がした。

 私が帝国で思い悩んでいる時に、ナビ婦人は言辞ゲンジをこうして勇気づけて、本を書かせてくれたのだ。


 

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