第6章 赤い羽根で舞い降りる

第41話 魔神の呼びかけ

「これが原初オリジンですか……」


 アルノーブルの地下にある一室にそれは眠っていた。分厚いクリスタルのようなものに覆われた人型の魔神。その姿は大きさこそ大人とそう変わらないが、まるで目と口を縫い付けられた人形のようだった。素肌の色は青く、赤い蝶のような羽根が特徴的である。


 私も設定資料集やゲーム画面で見たことはあるのだが、原作ではこいつの封印は最後まで解かれていない。ネットの考察班によると、アルノーブル襲撃の理由付けのためだけに存在してるのではないか、という説が有力だったりする。


 なんで封印が解かれなかったか、というと魔物を呼び出しているアインズの居場所がバレて倒されたからなんだよね。それで封印を解く生贄が足りなくなり計画は失敗に終わるのだ。


「こいつを目覚めさせるわけにはいかん。この魔神は伝承によるとたった一体で街を壊滅させる力を持っている。倒すことも難しく、結局聖女によって封印されたという」

「ええ、そうですね。それで、どうして私にこれを見せてくれたのでしょうか」


 そう、ルーセル辺境伯は本来なら関係者以外立ち入り禁止のこの場所に私を連れてきてくれたのだ。そこには一体どんな理由があるというのか。ルーセル辺境伯の隣にはジータという男爵が立っており、今回この魔神に引き合わせるよう話してくれた人だ。でっぷり太っていて好きにはなれないのは内緒。


「テアよ、お前もまた魔人なのだろう?」

「……まだ魔人にはなっていません。もっとも、魔人になったからといって人格が変わるわけではないようですけど」


 サーラは赤い羽根を生やして既に魔人化していた。記憶を消され、いいように従わされているだけで、強い破壊衝動といった負の感情に支配されているわけではなかった。そうなると疑問が残る。


 サーラに魔神の血の呼び声はあるのか、という疑問だ。いつかサーラに会うことが叶うなら聞いてみないといけない。少なくともテアが一気に魔神にまでなってしまったのは血の呼び声が原因だと思うのだ。


「そうか。テアよ、お前はこいつを見て何か感じるか? 特別に触れてみてもいい」

「いいのですか?」


 魔人になりかけている私が触れるのは少々躊躇われることかな。まぁ、何かわかるかもしれないし、やってみるか。


「ああ。何かわかるかもしれんからな。だが危険を感じたらすぐに引くんだ」

「はい、わかりました」


 危険、か。血の呼び声が反応したらそれはそれで困るかもしれない。でも今回は危機的状況でもないし受け入れることはないと思いたいな。


 そんな安易な考えで好奇心に負け、私は巨大なクリスタルに近づく。今目の前に立ったが何も感じない。


 それにしてもゲーム画面で見るのと実物を見るのとじゃ凄い違いだね。もし現代にこんな化け物が現れたら大騒ぎ間違いなしだ。


 私はそっとクリスタルに触れる。


(これはこれは面白い娘が来たな。お前の中に居るのはヤーヌスか。しかし眠っているようだな)


 !?


 これはもしかして念話というやつか。封印されただけで死んではいないわけね。


(娘、私を解放しろ。そうすれば我が配下として迎え入れよう)

(私にそんな力はありません。数多くの魔物の贄を受けるのを待たれては如何です?)


 頭ごなしに否定するのではなく、まずは無理であることを主張しよう。せっかくコンタクトが取れたのだ、何らかの情報を引き出さないとね。


(贄か。確かにそれなりに集まってはおるがな。それよりもっと手っ取り早い方法があるのだよ)

(お聞かせくださいますか?)

(簡単だ。何体かの魔神は人間どもの管理下におかれ眠っている。そいつらを目覚めさせればいいのだ)


 そういやそんな設定あったな。つかあれ眠っているだけなのか。まぁ、死んでいたら血なんて腐っちゃうよね。


(眠りを覚ます方法はあるのですか?)

(その血を受け継いだ人間が魔神の魂を受け入れればいいだけだ。ヤーヌスであれば我を目覚めさせることも可能だろう)


 ヤーヌスか。設定資料集にあった名前だ。確か第二の魔神だっけ。


(つまり私にヤーヌスに身体を明け渡せということですか?)


 それってラスボスルートじゃん。絶対嫌じゃ。


(明け渡す? その選択肢もあるが、お前自身がヤーヌスとなることもできる。血の呼び声に従い、受け入れるのだ。そしてヤーヌスの魂をその血から呼び起こし、融合すればいい)

(元の眠っている魔神を起こすのではないのですか?)


 てっきり目を覚まさせるもんだと思っていたんだけど違うのか。それで魔神が復活したら眠っている方はどうなるんだろ。


(眠っている、というのは我々の感覚か。人間どもの感覚だと死んでいるという認識で構わん。我々の感覚だと肉体が動かなくなっただけだからな。我のように素質のある人間に声を届けるくらいのことはできる)

(つまり不滅なわけですか)


 魔神というだけあって神様なのか?

 それなら封印するのが一番良さそうだ。


(そういうことだ。魂は血を介して移されるが、誰でもいいわけではない。そして血を受け異能を身に付けたとて、必ずしも魂の適合者であるとは限らないのだ。魔神の血を介しての呼びかけは適合者にしか聞こえん)


 素質があれば異能には目覚めるが、魂が適合するかはまた別なわけね。色々参考になる話が聞けて良かった。取敢えず話はこのくらいでいいだろう。


(そうなんですね。色々教えていただきありがとうございます。ご希望に関しては善処させていただきますのでこれで失礼します)


 この善処、というのは「あなたを復活させないように処理させていただきます」というお役所的な意味合いだけどね。


(ククッ、持って回った言い方をしなくても我の提案に乗る気がないのはわかっておる。だが、人間が嫌になったらいつでも来るがいい。少しは退屈凌ぎになったぞ)


 バレテーラ。しかしこの情報、教団は絶対知っているはずだよね。なるほど、だから魔神の血を注射したわけか。


 私はそっとクリスタルかれ手を離すと、足早に辺境伯の元に戻るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る