第39話 仮面の魔人4
「サーラ……? 私はツヴァイ。サーラじゃない。でも知ってる名前な気がする」
抑揚のない声で小首を傾げ、淡々と彼女は答える。
「私はテアだよ! 一緒の村で育ったじゃない。私がわからないの!?」
いや、わからないのだろう。わかっていたならとっくに彼女は攻撃の手を止めているはずだ。それに彼女のこの感じ、どこか様子がおかしい。
「テア……。わからない。でもなんでだろう、忘れちゃいけない名前な気がする。ねぇ、私はだぁれ?」
「まさか……」
どうやら本気でわからないらしい。記憶喪失?
いや、むしろ記憶を消されたと考えたほうがしっくりくるだろう。
だとしたら許せない……!
人をこんなふうに操って兵器にしようだなんて外道のすることだ。
ああ、怒りとか悲しみとか嬉しさとか色んな感情がごっちゃになって頭がどうにかなりそうだ。何とか彼女を拘束し、無力化できないだろうか。
「マスター? はい、わかりました」
サーラは突然こめかみに指を当て独り言を話し始める。通話魔法とかそういうのでもあるのだろうか。
「帰る。じゃ」
サーラはいきなり背を見せると悪魔の腕で自らを掴み、空に舞い上がる。私は引き留めようと慌てて声をかけた。
「サーラ、待って!」
しかし私の言葉を無視し、彼女は飛び立っていった。
そして私は地面にへたり込む。
「サーラ……。うぇぇぇっ……」
そして泣いた。子供のように。ダメだ、ここにいては邪魔になってしまう。ひっくり返っているとはいえ、まだランドタートルが残っているというのに。
「ひっく……」
私は涙を拭きながら神の手を操り、部隊の方へと戻っていった。すると私が戻るのを待っていたのか、部隊が動き出す。ひっくり返ったランドタートルを葬るためだ。強力な魔法をぶち込めば倒せるだろう。
私が戻るとレオン様が私のところに駆け寄ってきてくれた。
「テア、泣いているのかい。後でゆっくりと話を聞かせてもらう必要がありそうだね」
「はい……」
そうだね。話さないわけにはいかないよね。私とレオン様の間にはまだ信頼関係がないと思う。だから正直に話すのはとても怖いことだ。でも信じよう。私の推しのレオン様はとても強い御方のはずだから。
*
「では話してもらおうか。テアよ、君はあの魔人が何なのか知っているね?」
ルーセル辺境伯が私に問いかける。
ここは騎士団の南出張所にある会議室。私の前にはルーセル辺境伯を始め、レオン様にヘルクス子爵やその他騎士団の地位の高そうな人達が並んでいた。
「はい、知っています。あの子は、ゾーア教団の実験によって生み出された人間兵器なのではないかと思います」
実際には兵器というより魔神の器が正解だ。しかしそのことを知っている理由があまりに荒唐無稽なのでそれは話せない。最悪私自身にとっても不利な話になりかねないし。
「実験とは?」
「その前に私がどうして異能を持っているのか、その理由についてお話します。それが答えになりますから」
「生まれ持った能力ではない、ということか? そんなことが有りうるのか」
「あるんです。可能性は恐らくとても低いと思いますけど」
「わかった。続けたまえ」
「はい。私とあの魔人の子、サーラは同じ村で育った親友でした。でもある日、私の村を盗賊団が襲い、私とサーラは捕らえられてゾーア教団に売り渡されたのです」
「なんと……!」
「そして、私とサーラはあいつらに魔神の血という薬を注射され、一度死んだのです」
そう。私とサーラは一度死んでいる。だからこそ廃棄されたのだ。
「しかし私は息を吹き返しました。そして気がつけば視えない手を操る異能を身につけていました。私はその能力を使い、死んだはずのサーラを埋葬して逃げたのです」
とても辛い記憶だ。あのときはすぐに立ち直れたのに、今思うと涙が出そうになる。
「そして今日、私は死んだはずのサーラと再会しました。でもサーラは私のことを憶えていなかったんです。多分ですが、奴らに記憶を消されたのでしょう」
「なるほど、あの魔人はサーラというのか。能力は君と同じなのだね?」
「はい。今のところ私のほうがパワーは上だと思いますが」
希望的観測ではあるけど、根拠なしってわけじゃない。実際、腕はたくさん出すほど出力が落ちる。しかし私の腕の方が多いにも関わらずパワーはほぼ互角だった。
「つまり、彼女の攻撃も不可視ということになるな。これは相当厄介だな。殺傷能力も高いのだろう?」
「はい。サイクロプス程度なら楽に殺せると思います。特に赤い斬撃を飛ばす攻撃は石壁を容易く貫通するでしょう」
これが問題だ。破滅の爪牙を使われたら防げるのは私くらいだろう。ヒロインはまだここにいないし、同等の力を持つようなチートキャラもいない。
原作ではここから2年後に物語が動く。
レオン様は魔人との戦闘で左腕を失い、そして魔人は命を落としてしまうのだ。この魔人は恐らくサーラではない。あのゲームでは魔物を生み出す能力を持った魔人がその役を担っていた。それに性別も違う。ツヴァイはそもそも原作には出てきていないし設定資料集にも存在していないのだ。3を意味するドライはいるのにね。
「それほどの危険な存在をよもや助けたいなんて言わないだろうな? そんな甘さは捨てろ。犠牲が出るだけだ!」
幹部の一人が私に向かって怒鳴りつける。そりゃそうだろう、この街の人間にとっては厄介な敵が現れた程度の認識でしかないだろう。しかし私にとってはそんな簡単な問題ではないのだ。救いたいということがそんなに悪いことなのだろうか。
「まぁ、落ち着きたまえ。現状としてはその魔人の対処をテアに一任しよう。救いたいと思うならやってみせよ。ただし、無駄に犠牲者を増やす真似は許さん」
ルーセル辺境伯が憤る幹部を抑え、提案してくれた。チャンスをもらえるだけでもありがたい。でも同時に懸念すべきことも増えているんだよね。話さないわけにはいかないか……。
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