第20話 新米治癒士テア5
院長のオリアーナさんと一緒に入口すぐにある大広間に戻る。患者さんは4人しかおらず皆は既に処置を終え帰るところのようだ。治癒魔法で治したと思うんだけど、包帯をしている人もいる。怪我の状況や予算に応じて治療方法も変わるのかもしれない。
「今は患者さんはいないようですね。では次に来られた患者さんを診てもらうことにしましょう」
「わかりました」
うーん、ゲームや漫画だとここで重症者が運ばれて私が治療して主人公様すげー、をやるところなんだけどね。あいにく私は主人公なんかじゃないし、治癒院とはいえそうそう重症者が来るものでもないだろう。
「あの、普段はどの程度の怪我人や病人が来るものなんですか?」
「そうですねぇ、病人も含めて普段は20人くらいでしょうかね?」
「少なっ! それで経営成り立つもんなんですか?」
20人は相当少ないと思うんだけど。でも冒険者といえど簡単に怪我するような真似はしないだろうし、そんなものなのかな。
「ええ、ここでの治療以外に派遣もしていますからね。兵士や騎士様の訓練先や貴族の方々の所へ行ったり、討伐隊に派遣したりもしていますから」
「じゃあ人手不足だったりするんです?」
「必要なときになるとそうなりますね。ですので治癒院がないと困りますから国からの補助金も出るんです。そのおかげで治療費もあまり高額にならずに済んでいるんです」
国から補助金が出てるのか。医療制度は結構しっかりしているのかも。
それから30分程して一人の女性が駆け込んで来た。
「治癒士様! 息子が熱を出しました、治療をお願いします」
「落ち着いてください、先ずは病状をできるだけ詳しくお願いします」
その女性をテレサさんが対応する。そういや病気も魔法で治しているのかな?
「はい、とにかく高い熱が出ていて、喉と頭が痛いと。身体にも小さなぶつぶつがあって苦しそうで……」
「薬師の派遣が必要そうですね。院長お願いできますか?」
「そうね。多分だけど喉が腫れていると思うわ。薬を用意するから待っていてもらえるかしら」
院長は自分の部屋に向かったようだ。薬は院長が管理しているのか。そういや扁桃腺炎って人に伝染るんだよね。子供なら溶連菌も考えられるかな。あれは発疹も出るし。
「舌にぶつぶつができてませんでしたか?」
「え? そうね、そういえばあったわね」
あー、多分だけど溶連菌による扁桃腺炎だろうね。とにかく喉の菌を退治してやれば早く良くなるはずだ。もしかしたら浄化魔法でも良くなるんじゃないかな?
「お待たせしました、行きましょうか。テアちゃんも後学のために一緒に来てくださいね」
「はい、わかりました」
そして私はその女性の案内で院長とともに彼女の家へ向かった。
その家のベッドで寝ているのはまだ7つか8つくらいの男の子だ。額に汗をかいており熱にうなされている。で、私はというと。
「で、テアちゃんなんで口をハンカチで塞いでいるんです?」
「人に伝染る病気だからです。くしゃみ鼻水とかで伝染りますんで」
感染予防という考え方はないのかな。細菌の存在は知らなくでも近くにいる人にかかりやすいとかで人に伝染る、という認識があっても良さそうだけど。
「そうなのね。テアちゃんはこの病気が何か知っているのね」
「知っているというか見当がついてます。多分これだろう、というやつですけど」
溶連菌による感染症は子供に起きやすい。舌にぶつぶつができる苺舌はその特徴の一つだからね。
「もしかして治せるのかしら?」
「もしかしたら、ですけど。試しても大丈夫でしたらやってみます」
「ええ、ではお願いします」
「はい」
院長の許可も降りたしやってみますか。早速神の手を2つ召喚。子供の喉に添える。
「殺菌」
先ずは喉の殺菌だ。神の手から淡い光が立ち喉を照らす。周りからは喉が光っているように見えるかもしれない。殺菌を一分近く続け、次は喉の炎症を治す。
「炎症よ鎮まれ」
またも淡い光が漏れた。外からは見えないけど炎症は鎮まっていってるはずだ。子供の苦しそうな表情も和らいでいき、顔の赤みも少し落ち着いてきた。リンパの腫れもひいているから大丈夫だろう。
「……なんかすごい楽になった」
「ああっ、ジョン良かった!」
喉の腫れがすっかりひいたおかげか子供が口を開く。それを見て女性が子供を抱きしめた。
「凄いですね。もう薬は要らないのでしょうか?」
「うーん、どうでしょう。体力で抑え込むこともできるとは思いますけど、喉の炎症を抑える薬があるならしばらく使ったほうが確実とは思います」
確か現代医学でも熱が下がってもしばらくは抗生剤を使っているんじゃなかったかな?
それに菌がいなくなったから即熱が下がるものでもないでしょ。炎症が鎮まったから楽になっただけだと思う。すぐに体力も戻るわけじゃないし、しばらくは要安静だ。
しかしもっと騒がれるかな、とか思ったけど院長さんは冷静だ。患者さんの前だし自重しているのかもだけど。
「そうね、普段この薬で喉の腫れる病気を治す場合二週間くらいかかるものね」
結構かかるんだ。でも治せるということは殺菌作用もあるのだろう。効く、ということはわかってもその理由までは知らないのは仕方がない。
「じゃあお薬を3日分出しましょう。後は栄養のあるものを食べて静養してください」
「はい、先生。ありがとうございました」
「お代の方は派遣ですので金貨2枚です。分割でお支払いになりますか?」
金貨2枚!?
ざっくり4万円ほどか。日本人の感覚だと高額だけどそんなものか。海外だと盲腸の手術で何百万だか取られたなんて話を聞いた記憶があるし。
「ええ、一括で支払います」
「はい、ありがとうございます」
女性は懐の巾着から金貨を2枚取り出し院長にお金を支払う。院長は金貨を受け取ると軽く頭を下げた。
「さ、行きましょうか。テアちゃんの治癒の力は本物ね。後で詳しい話を聞かせてちょうだいね」
院長は私の手を取り帰路へと促す。どうやらまた色々説明が必要になるらしい。
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