第21話 新米治癒士テア6

「じゃああの家での治療のことについて教えてもらえるかしら?」


 あれから治癒院に戻り、院長先生の部屋で説明する羽目になった。


「あの病気は扁桃腺炎と言いまして、喉に細菌が住み着いて増えたのが原因です。その細菌が悪さをするわけですから、殺菌してやっつけたんです。その後は荒らされた喉を治癒しました。後は自然治癒でなんとかなると思います」


 浄化の力は菌をやっつけてくれるけど、人にとって必要な菌にはどのように作用するのだろうか?


 もし善玉菌も殺菌しちゃうとなるととんでもないことになると思うんだけどね。まぁゲームの世界の魔法だしそこはきっと都合の良いようにできている可能性もあるのかな。知らんけど。


「実際にそれで良くなったのなら細菌の存在を信じてもいいかもしれないですね。他の病気にも効くのでしょうか?」

「全部が全部、というわけではないと思います。病気の原因なんて色々ありますから」


 原虫にウィルス、毒、生活習慣病、先天性疾患なんかもあるもんね。その全てをなんとかしろと言われても無理な話だ。それすら治す都合の良い薬や魔法でもあればね。でも聖女の能力って部位欠損すら治すやつがあったっけ。聖女って凄いな。


「そうなのね。でも有効な治療方法が発見されたのは大きいわ。これからは浄化の魔法の価値が跳ね上がるわね」

「そうですね。流行り病の鎮静化も早まりますし、感染症の予防や治療にも使えることがわかれば国王陛下から箝口令かんこうれいが出てもおかしくありませんね」


 ここまで便利な情報をなんの対価もなしに他国に広めたいと願う聖人君子みたいな権力者がいるだろうか?


 この細菌という考え方を応用すれば敵国に流行り病を広めることもできると考えるだろうし、それを鎮静化させることを交渉の手札にすることだって可能だ。


「え? テアちゃんって本当に9歳? 実は王族の子とか?」

「読み書きもできない一般庶民です」


 中身は違うけどね。ややこしいので説明なんてしたくないし。


「ですので一度権力のある人と相談された方がよろしいかと思います。多分国王陛下に奏上して判断を仰ぐんじゃないですかね?」

「そ、そうね。一度領主様に相談してみることにします。それまでは秘匿技術ということにしておきましょう」


 秘匿技術として使用するのね。そういえば魔法ってどうやって使うんだろ。ゲームだと魔法の名前がウィンドウに出てくるだけで特別なことをしている描写がなかったのよね。


「秘匿できるんですか?」

「ええ、難しいことじゃないわ。魔法の発動にいちいち魔法の名前を口にする必要なんてないのよ。魔法の発動条件は魔法の契約さえしていれば魔力を練って念じるだけで使えるもの。浄化の魔法なんて口にしなきゃ何をしているのかなんて一切わからないもの」

「そうなんですね」


 魔力を練って念じるだけか。もしかしたら私の異能もいちいち爆ぜろ、だの口にしなくてもできるのではないだろうか?

 うん、これは試してみる価値がある。


「じゃあ早速このことを徹底しないといけないわね」

「ところで、治癒院ってどの組織に属しているんですか? 教会とかだと凄く面倒なことになりそうですけど」


 ゲームだと教会は出てきたけど治癒院なんて出てこなかったからね。もしかしたら設定だけはあったけど作中には出番がなかったのかもしれない。


「確かに治癒院は教会に属しているわね。でも国家とも密接な関係にあるのよ」

「と言いますと?」

「教会と言っても色んな宗派があってね。各国で宗派が違うせいか、繋がりなんて一切無いの」


 教会に強い権力を与えないために分断されたのかな?

 そんな設定があるなんて知らなかった。


「あー、つまり実質各国の教会のトップは国王陛下なわけですね」

「そういうことになるわね。ちなみにこの国の宗派はイナンナ教アルシリア派ね」


 アルシリアってこの国の国名じゃん。これ絶対に歴史の中で各国がグルになって教会の権力削ぐために分断したな。こういうファンタジーだと宗教の権力凄いもんね。


 ま、私にはどうでもいいことだけどね。わざわざ教えたのはつい、というやつだ。別にこのことで何か利を得ようなんて思っちゃいない。私の目標はあくまでレオン様のいるウェルノーツにたどり着くことだ。変に有名になるのは足枷にしかならないかも。それを考えると失敗だったかな?


「あ、そうそう。発案者は院長先生ということで」

「できませんよ、そんなことは。ボロが出るに決まってます。でもここで功績を残せば良い縁談や貴族の養子の話だってあるかもしれませんよ?」

「お断りします」

「そうなの? もったいないわね」


 私が即答すると院長はどうして、と首を傾げる。貴族の養子ってそんなに良いものなんですかね?


 食うには困らないだろうけど、やりたいこともやれないだろうし望まぬ相手の嫁に行かないといけないはずだ。そんなの楽しくなさそうなんだけど、価値観の違いだろうか。


「あ、そうそう。テアちゃんは今どこに住んでいるの?」

「宿屋さんですね。安い宿を紹介してもらえましたので」

「テアちゃんはここに住んだ方がいいわ。テアちゃんはまだ幼いでしょ? 治癒院で働けば治癒の力はいずれ知れ渡ることになるから、人攫いに狙われる可能性だってあるの。捕まれば売られてしまうわよ」

「売られる……」


 売られる、という言葉が引っかかる。そういえば原作のテアは元奴隷だ。しかし能力を手に入れたテアをどうやって奴隷にしたのだろうか。逃げるくらいは容易いと思うんだけど。


「そうよ、だからここに住みなさい。出かけるときもなるべく一人にならないこと。いいわね?」

「そうですね、わかりました。お世話になります」


 私は深々と頭を下げた。図らずも良さげな生活環境が整うのはありがたい。しばらくはここでやっかいになって読み書きを覚えたりこの世界の常識を学ぼう。それに自分の能力についても色々調べたいし。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る