第1話
「うぁぁあ」
すっかり疲れてしまった俺は家に入るなりリビングのソファーにうつ伏せに寝転ぶ。
「おかえり、お兄ちゃん」
明るい声が頭上から降ってくる。
「ああー、ただいま、明莉」
俺は体勢を変えずに返す。
間宮明莉。年下の妹で、近くの女子高に通っている。
仲は良い方だと思う。
「お兄ちゃん、着替えないと制服にシワが……あれ?なんか、女性の匂いが?」
「え?匂い移ったかな?」
たぶん樋山さんの匂いだと思うけど、臭くはないよな?
そんなに近づいてはいないんだけどな。同じ空間にいるだけで匂いは移るものなんだな。
「お兄ちゃん座って」
「あ、はい」
明莉の指示に従って体を起こす。
ソファーに座ると隣に明莉も腰を下ろす。
視線を交わす。
優しい黒の瞳に、あどけなさを残す童顔。でも、身体は主張が強く、腰まで届こうとする黒髪が大人の雰囲気を醸し出している。
兄妹だけど、明莉は可愛いと断言できる。それも、樋山さんに勝るとも劣らない。
これが、樋山さんの顔に惹かれなかった理由でもある。
美少女を見慣れていたんだ。
そんな明莉は真剣な表情で俺を見つめていた。
「……彼女できたの?」
「はあ」
明莉の質問に思わずタメ息が出た。
「ど、どうしてタメ息つくの!?」
明莉が驚きながら顔を怒りの表情に変える。
「あのな、明莉と違って俺の顔は普通なんだぞ?陰キャだし。俺に彼女ができるわけないだろ」
俺と明莉が兄妹だと知り合いに言ったら、いつも驚かれる。
全然似てないって。
ま、血が繋がっていないんだから当然なんだけどな。
「そんなことないもん!」
明莉が立ち上がって怒りをあらわにする。
「えぇ……」
そんな明莉の様子に俺は当惑する。
いや、事実なんだよなあ。
「お兄ちゃんは優しくて、かっこいいんだから!」
「はいはい」
俺は明莉の頭を撫でて落ち着かせる。
数秒経つと落ち着いてくれて、俺の隣にまた腰を下ろす。
「……それで、彼女できてないのは本当なんだよね?」
同じ質問を再度される。
明莉にとって重要なことらしいな。
「そうだよ。友達ですらない、ただのクラスメイトだよ」
好きだったんだけどね。でも、今は好きという感情はないかな。
「わかった。お兄ちゃんを信じるね」
明莉は笑顔を見せる。
そして、ソファーから立ち上がる。
「夜ご飯作るね」
「いつもありがとな」
親父とお義母さんは出張で今は一軒家に俺と明莉で二人で暮らしている。
そして、俺は家事ができないので明莉が全てやってくれてる。
明莉が言うには、好きでやってる、とのことだけど頭が上がらない。
「お兄ちゃん、好きな人ができたらちゃんと言ってね?」
台所から明莉が俺に告げる。
それは、ずっと前から言われていること。
「お兄ちゃんに釣り合うかきちんとテストするんだから」
明莉が一人意気込む。
ちなみに、俺が樋山さんのことが好きだったことは報告しなかった。
言うわけないだろ。恥ずかしい。
それに、俺の方が圧倒的に釣り合っていなかったからな。
ま、それも終わったことだからいいか。
◆◇◆◇◆◇
「ひぃちゃん!お兄ちゃんに彼女がぁぁ」
夜、私は一人ベッドにうつ伏せに身を沈めていた。
枕の隣に通話中のスマホを置いて。
『そうですか』
通話しているのは親友のひぃちゃん。
お兄ちゃんの制服から女性の匂いがした。お兄ちゃんは、彼女じゃないと言ってたけど、何か隠している気がする。
いつも通り振る舞っていたけど、本当は不安だった。
だから、親友に話しているんだけど……
「反応酷くない?」
『自業自得です。明莉がアタックしないから、取られるんですよ』
スマホのスピーカーから呆れたような声が流れる。
「だ、だって、私はお兄ちゃんの妹だから……」
『義理ですよね?』
ひぃちゃんの言葉に私の口はふさがる。
その通りだったから。
『……とりあえず、お兄さんのことは諦めた方が良いでしょう。お兄さんを彼女さんから寝取るなんて言語道断ですよ?』
「……ん?」
ひぃちゃんの言葉に私は違和感を覚えた。
でも、それはすぐに分かった。
「お兄ちゃんに彼女いないよ?」
ひぃちゃんが何故か、お兄ちゃんに彼女がいる前提で話していたからだった。
『はい?でも、“お兄ちゃんに彼女がぁ”って言っていましたよね?』
「あぁ、それは“お兄ちゃんに彼女ができるかも”ってことだよ」
全く、ひぃちゃんてば勘違いしちゃったんだね。
いつもは頼りになるひぃちゃんも極たまに、こういうことがあるんだよね。
そこが可愛いところでもあるんだけどね。
『私に非があるみたいな思われているのは納得できません!ちゃんと、最後まで伝えてください!』
スマホから少し大きなひぃちゃんの声が聞こえる。
たぶん、少し怒ってる。私が悪いかな?うん、私が悪いかも。
「ごめんね、ひぃちゃん」
ひぃちゃんに素直に謝る。
スマホが静かになった。
『……いえ、いつものことですから』
ちょっと失礼じゃない?
『ごほん。それよりも明莉はどうするんですか?諦めるのですか?』
ひぃちゃんの言葉に、私の脳内でお兄ちゃんと彼女が浮かび上がる。
仲良さそうに手を繋いでデートする姿。
「嫌だ」
私の口から自然に漏れた。
たぶん、私の本音。
『嫌なら、もっとよく考えてみたらどうですか?どうでもいいのですが、私としては明莉の悲しむ姿は見たくはないです』
その言葉を最後に通話を終えた。
私はお兄ちゃんが好き。異性として。
でも、お兄ちゃんは私のことを妹として見ている。
こんな感情はお兄ちゃんにとって迷惑。
だから、隠すの。
お兄ちゃんに彼女ができたら、私がテストする。お兄ちゃんに釣り合うかどうか。
もし、合格できたら祝福する。
「……できるかなぁ」
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