誰にでも優しい学年一の美少女が実は毒舌であることを俺だけが知っている
猫丸
プロローグ
俺のクラスには学年一の美少女がいる。
少し目頭が上がったツリ目、すっと通った鼻、小さな唇。
茶色の髪は肩甲骨あたりで切り揃えられている。
外見だけ見れば威圧的だと感じるが、彼女は品行方正で人当たりが良い。誰に対しても笑顔で接する。
その上、才色兼備で勉学、運動どちらも秀でている。
そんな、完璧な彼女がモテないはずもない。
実は俺も密かに恋心を抱いていたり。ま、伝える予定はないが。
「好きだ!俺と付き合ってくれ!!」
そして、そんな彼女――樋山雫は放課後の教室で告白されていた。
忘れ物を取りに戻ったら、まさか告白現場とタイミングが被るとは。
相手は同じ二年生のバスケ部のイケメン。
俺は悪いと思いつつ、気になって教室の外から聞き耳を立てる。
「ごめんね。私、誰とも付き合う気ないんだ」
中から申し訳なさそうな声が響く。
少しだけ、静かになる教室。
「……そっか、急にごめんな」
あ、まずい。
男の声が近づいてくる。俺は急いで廊下の隅に身を隠した。
それと同時に間隔の短い足音と風が通りすぎる。
あぶな、鉢合わせするところだった。
さて、教室には樋山さんだけか。
たった今来たみたいな雰囲気出して忘れ物を取ろう。
俺は特に何も考えずに教室に開きっぱなしのドアから入ろうと――
「はあ、面倒くさっ。誰とも付き合う気ないって、いい加減分かんないのかな。どうせ、私の外見しか見てないんでしょ。誰が猿と付き合うかっての」
――入ろうとして、止まった。
ええ?誰の声?
いや、分かってる。姿は見えている。俺の目に写るのは、樋山さんの後ろ姿。
でも、俺の知っている樋山さんの声はもっと高くて綺麗で、言葉は柔らかいものだった。
今は低くて、刺々しくて姿が見えなければ誰なのか分からないだろう。
すたっ
教室に俺の足音が響いた。
無意識のうちに後ろに下がって、その足音が鳴ったようだ。
「だ、誰!?」
樋山さんが振り返る。
目が合う。
「……間宮くん」
樋山さんの瞳には警戒の色が濃く映っていた。
「ご、ごめん、覗くつもりはなかったんだ。そ、それじゃあ」
俺はそそくさとその場を立ち去ろうと回れ右をする。
「待って」
そんな上手く行くわけないですよね。
俺の肩に樋山さんの手が置かれる。
俺は覚悟を決めて樋山さんに体を向ける。
すぐ近くに樋山さんの顔があった。
「このこと黙っててくれたらデート一回してあげる。あんた、私のこと好きでしょ?」
俺は目を見開いた。
樋山さんが異性とデートだなんて見たことも聞いたこともない。それを樋山さん自身が提案したから。
それだけ、この状況を見られたことが都合が悪かったということだろう。
そして、一番の衝撃は俺が樋山さんのことが好きだと言うことがバレていたことについてだ。
でも……
「……ちょっと違う。正確には、好き“だった”」
「今は好きじゃないってこと?」
樋山さんが首を横に傾ける。
「俺が好きだった樋山さんは優しい樋山さんだったから。今の樋山さんは好きではない。だから、デートはいらない。誰にも言わないから安心していいよ」
提案には乗らない。でも、わざわざ言いふらすようなことはしない。
誰にだって秘密の一つや二つあってもいいだろう。
「……ふーん、私のことを好きになったのは顔じゃなくて性格ってことか」
どこか疑わしげに俺のことを見る。
信じてくれないか。そんなこと言う輩をたくさん見てきたのだろう。
でも、こればっかりは信じてくれとしか言えないんだよな。
「嘘ついているようには見えないけど……信用はできない。あ、そうだ。明日から放課後、屋上に来て」
樋山さんが小悪魔のような笑顔を向ける。
初めて見る表情だ。
「何のために?」
戸惑いながらも、俺は質問する。
「言いふらしてないことの確認。それから、愚痴を聞いてもらうため」
……まあ、いっか。そこまで酷い内容じゃないし。
学年一の美少女の秘密を知って、これで済むなら安いだろ。
「わかったよ」
俺は今日の決断を後から少し後悔することになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます