親愛なる者4 ミハエル × 天音朝陽
王国の北部、森林地帯。
剣士は魔術師と並び、歩き続ける。
「
赤茶色のローブをまとい魔術師の恰好をした私(天音朝陽)は、偽名を語る剣士に言う。
「レヴァントの野郎が報酬ほしさに勝手に依頼をうけたんだ。それに、こんな危険な仕事を彼女にやらせるわけにはいかねえ」
剣士はやれやれといった感じで首を振る。
森林地帯にまだ積雪は少なかった。狂暴化した灰色熊が出没し、時にはふもとの村まで襲うらしい。
その討伐依頼を受けた彼に、私は雇われた。
「団長ミハエルは マイルド・レモンブレンドの偽名をつかっているが、レヴァントは本名そのままで仕事をうけているんだな」
「アイツは強く賢い面もあるが、ギャンブル好きで慎重さとか用心深さが足りないんだ。・・・灰色熊討伐なんて危なすぎてやらせるわけにはいかねえよ」
「だからってミハエルさん、お前ひとりで行く気だったとは」
「偶然、酒場であんたを雇えたのは運が良かった。魔術で灰色熊の動きを鈍くしてくれればいい」
すでにミハエルは灰色熊の足跡を捕捉し、私も魔術で索敵していた。
敵の位置は近い。
ただ、いくら彼やレヴァントが竜を仕留めたことがあるとはいえ、灰色熊が容易い相手であるはずがない。
「よけろ! 魔術師!」
ミハエルの声と同時に、地面が盛り上がり小山があらわれたと思った。立ち尽くす私を、ミハエルは蹴り飛ばした。
両腕をあげた灰色熊。
私を獲物と認識している。
森林の中に、けものの強烈な臭いが立ち込める。
瞬間移動の魔術で飛ぶ。熊との十分な間合いをとる。先ほどは不意を突かれたが、戦闘モードに入れば大丈夫だ。
ミハエルが私の脇から突っ込んでゆく。
私は詠唱の時間をかけず硬化の魔術をぶつけ、熊の動きを鈍くする。
「センキュー、魔術師!」
ミハエルは熊の懐に飛び込み、剣を左腕の奥へと刺す。分厚い皮下脂肪を貫き心臓の位置へと。
剣をつたって血がしたたる。
さらに、その刺さった剣をとおして、私は魔術で強烈な雷撃を送り込む。
灰色熊は森が揺れるような、咆哮を上げる。
かすかに積もった雪が、吹き出した血で赤に染まってゆく。
私は熊の頭蓋骨の後ろの急所に、鋭い雷魔術を打ち込み息の根を止める。
野生の熊の三倍はある巨大な灰色熊だった。
その死を見極めると、半身を血に染めたミハエルが手際よく解体作業に入った。
「魔術師さん、あんたのおかげで、長く苦しませることなくコイツを仕留めることが出来た、感謝するよ」
ミハエルは皮袋に入った報酬の金貨を投げてよこした。そのまま、黙々と灰色熊を解体している。
「おい、ミハエル、これ報酬の全額じゃねえか」
ミハエルは返事をしない。
「聞いているのか?ミハエル。報酬無しで帰っちゃ、レヴァントに怒られるぞ!」
そういう私に、ミハエルは歯を見せず目で笑い返した。
「この灰色熊だって、好きで狂暴化したわけじゃないさ・・・たぶん、何かあったんんだよ。人間の都合っていつも勝手なもんだ。あぁ、そういうの考えるとむなしくてさ」
仕留めた熊の解体を続ける剣士ミハエルは、かつて王国一と歌われた騎士であり、竜殺しであり、王国を救った英雄であり、大陸最強と噂される傭兵団の団長である。
しかし私の目に映る姿は、どこにでもいる普通の青年だった。
「ミハエル、お前、本当は戦いが好きじゃないんだろ・・・」
こいつは好きでもない戦いの世界に、身を置いている。そうさせているのは私である。
私は、心に剣が刺さったような痛みを憶えた。
「・・・何も問題ない。死んでいった傭兵団の皆や、愛するレヴァントに対する俺なりの人生の背負い方ってやつがあるんだ」
そう答えるミハエルの姿には何の迷いもない。
なぜか私は少し悔しくなって、ちょっかいを出す。
「おいおいミハエル、お前の口から『愛するレヴァント』だとお?、予想外な言葉だったぞ」
それでもミハエルは私に言葉を返さず、黙々と熊を解体し続けた。
深い森林地帯だった。
遠くで、知らない鳥の鳴く声が聞こえた。
雪が降ってきた。
少し、眠気も感じる。
倒木に腰を下ろし空を見上げる。
乾いた風と共に、この世界にも雪が降る。
ミハエルから貰った報酬を、もう一度握りしめる。
ほんのわずかに残っていた、暖かい彼の手のぬくもりを感じた。
空が白い。
―――もうすぐ夢が醒める。
それがわかる時がある。
もう少しお前達といたかったよ、ミハエル。
私は眠りにおちながら、長い夢が終わるのを認識した。
【レヴァント・ソードブレイカー 完全完結】
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