36 邪竜との戦い

「ぐほぅ・・・、痛イ、ですわねエ、・・・アア、痛イ」

 気が狂いそうな声で、魔女が叫ぶ。

 その声は、魔女の口元からではなく、周囲の空間全体が震えて出しているようにも聞こえた。

 アイアン・ゴーレムが動きを一時的に停止する。


 周囲の空間に漂う邪悪な気配が、薄くなったように感じる。


 魔女の手元にあった本が空間に吸い込まれるように消える。

 彼女はゆっくりと痛みを抱え立ち上がる。


 ミハエルは一度だけ、マシロの方を見たあと、ふたたび魔女のほうへ目を向ける。


「魔女よ、魔女さん、あの、ものすごく今更なんだが・・・、貴女と争う気はないんだ。貴女の傷は回復させるし、ゴーレムは弁償する。だから・・・交渉しよう、元居た場所に帰ってくれないかな」

 すごく申し訳なさそうな表情でミハエルは訴えてみた。


「アア、痛イ、ですわねエ、痛イ、痛イ、イタイ・・コノ、クソ聖女ガァ」

 魔女の表情が醜く崩れていく。


「マシロ、やりすぎだぞ。もう少し手加減してほしかったぜ・・・」

「なっ、何をいまさら! 和平交渉するつもりだったのですか? ならば、そうであると言ってください。私、全力で聖光弾を放ちましたよ・・・」


「痛イイ、アアアアァァ、痛イ、痛イ!イタイ!」


「やっぱ、ダメだ。これはヤバい」

 首をはねるしかない、ミハエルが踏み込もうとした時。

 魔女の体が泥のように崩れると、強烈な閃光が周囲を包み、人間たちの視界をうばった。


 一瞬くらんだ視界が戻った時、ミハエルとマシロの二人は禍々(まがまが)しい存在を目にする。


 竜。

 小型の四つ足で這う灰色の竜だ。


 伝説の魔獣である竜へと、魔女は姿を変えていた。

 竜の中でも牛三頭ぶん程の小型の竜であり、灰色の鱗と羽をもち、四つ足の姿勢を保っている。


「うおおおぉっ、竜だ!」

 驚きのあまり腰を抜かしそうになるミハエルを、マシロが両脇から抱えズルズルと後ろへ引きずる。

 少しでも竜の間合いから離れねばならない。


「マシロ、あんたは竜に変身できないのかよっ!」

「何、馬鹿なこといってんのよ!」

 あきれた顔をしたマシロが叫ぶ。


 同時にサンヤとトロティも、二人のもとに駆け寄ってくる。さすがにこの二人の副官も、この事態に冷静さを失っているようだ。

「マシロ様! 武装リザードマンは全滅させました。残りは、・・・あの竜とアイアン・ゴーレム・・・」


 トロティが説明を終える前に、竜が空気を震わせるように吠えた。


 ゴォアァァァァァッ!


 その凶悪な響きは、人間のもつ心の奥の恐怖を湧き上がらせるに十分すぎるものであった。


 視界にマシロ達を捕えると、首を左右に揺らしながら、四つ足で這ってくる。

 竜の覚醒と同時に二体のアイアン・ゴーレムも動き出す。



「トロティ殿とサンヤは、あのアイアン・ゴーレムを引きつけてくれ! 倒そうとしなくていい! 引きつけてくれればいい!」

「我が聖堂騎士団員は、市民の保護を第一に任務を継続しろ。竜との間合いを保ちつつだ! その剣に神の意志の宿らんことを!」

 ミハエル・マシロ両指揮官の怒号が飛ぶ。


 怒りに狂った竜の眼は赤く燃えており、その狙いはミハエルとマシロに向いている。

 顎を大きく開けると、地面を蹴り羽ばたく、低い位置でミハエルの頭を狙い滑空してくる。


「うおおっ」

 広くとった間合いが一瞬のうちに潰され、ミハエルは横に倒れるようにして竜の顎を避けるが、すり抜けざまに尾の一撃を胴にくらい吹き飛ばされる。


「ぐほぅっ!」

 ミハエルが地面に叩きつけられた時には、竜はすでに向きを反転し、再び噛みつこうと迫っていた。

 竜の顎に剣を突きだす、ミハエルの刺突。

 それを避けるように竜は進路を変え、再びすれ違いざまに後ろ足の爪で掻いてくる。

 地面を蹴り、体を回転させギリギリで交わす。


「おいっ、竜ってこんなに素早いのかよっ!」

さきほどまで戦っていた武装リザードマンの比ではない速さで襲ってくる。


 三階ほどの高さまで飛翔した竜は急降下してくる。

 避けられない。

 カギ爪を広げ、ミハエルの胴体を四肢で押さえつけた。


「おやおや、柔らかいところが、良く見えるぜ」

 禍々しく咆哮をあげる竜の開いたアゴに、ミハエルの剣が内側から突き刺さる。


 ガシュゥーーーー、フゥー


 血が噴き出す。

 口元から流れる生暖かい竜の血が、顔にしたたり落ち目に入る。

 ミハエルを四肢で押さえつけたまま、アゴを内側から刺された竜がもがく。


「ぐはああ!」

 四肢で胴をおさえられた圧に、ミハエルが悶絶する。


 ドスッ!

 その隙をついて飛び込んできたマシロが、竜の左目にダガーを突き立てている。


 首を大きく振る竜に吹き飛ばされ、宙に大きく投げ出されたマシロは建物の壁に背中から打ち付けられる。

「あっ、がああぁぁぁぁ!」

 ゴギゴギッという鈍い音が響き、血を吐き、胃液をもどす。

 肋骨をやられたか、立ち上がれない。

 それでもマシロは座したまま片手で天をさし、眼を閉じ鮮血を吐きながらも讃美歌を歌い始めた。

 邪気と血にまみれた戦場に、神聖な気が満ちてゆく。


 マシロがつくりだした一瞬の間。

 ミハエルは、ダガーを目に刺され力が抜けた竜の、体の下から這いながら抜け出す。

 目に竜の血が入って前が見えない。

 そのまま必死にトカゲのように這って、素早く竜との間合いを広げる。


 ミハエルが顔の血を拭うと、口内と左目を刃でえぐられた竜が壮絶な咆哮をあげつつ、四肢をバタつかせている姿があった。

 竜の体から、咆哮と共に禍々しい紫の光が放たれ、片目に突き刺さっていたダガーがドロリと地抜け地面に落ちた。


(仕留めきれねえな・・・、マシロはどこだ)

 立ち上がり、背中から最後の剣を抜き、構えをとろうとする。


 その時、建物にもたれ座り込んでいるマシロの体が光り輝き、天より青い雷が地へと走った。

 バタつく竜を直撃し、周囲は黒煙と肉の焼ける匂いに包まれていく。

 同時にマシロは意識を失い、崩れるように前へ倒れこむ。


(やった・・か)


 それでも、黒煙の中で竜は咆哮をあげつづけ、荒々しい呼吸を止めなかった。

 四肢をバタつかせていた動きも、自我に制動されたものに戻りつつある。


(まだ足りないのかよ・・・、これはちょっとマズいぞ)

 腰を落としつつ剣を構えるが、竜の返り血をあびた視界がダメージで歪んでくる。


(・・・ん?)

 そのなかでミハエルは、視界のすみに駆けてくる騎馬を捉えていた。


 獣人が馬を駆り、『赤い蠍』の旗をかかげこちらに駆けてくる。

 そして、その背中にはしがみつくように黒い修道女姿のレヴァントが!



 ◇ ◇ ◇

 ◆ ◆ ◆


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