20 マシロとミヒナ 姉妹の因縁

 王都。

 聖堂騎士団の室内教練所。


 帰還した聖堂騎士団、第三騎士団には一日の休暇が出されていて、ここにいるのはマシロとミヒナ、そして秘書官のトロティだけだ。


 私(ミヒナ)は、姉マシロの剣先に意識を集中する。


 剣術の室内教練所は、姉の指示で人の出入りを禁止してあった。

 しかし、何が楽しくて、王都帰還後すぐ姉と会わないといけないのか?


 今は姉と木剣による試合形式の稽古をしている。

 練習用の木剣が、乾いた音を断続的に響き渡らせている。


 姉であるマシロ・レグナードの苛烈な打ち込みを冷静にさばいていく。

 いくつかのフェイントを織り交ぜやがて・・・胸元に剣を突き立てる。


「はい一本・・・。姉貴、弱っ」


 私は、わずかに悔しさを滲ませた表情を見せる姉を見下ろす。


 息をゆるやかに吐く。三連続で一本勝ちだ。


 剣術の腕前自体は、そこまで変わらないのだが、一本をとるのは決まって私だ。

 姉は先を読みすぎるところがあり、戦術で勝負の決着がつけられると考えているようだ。


 微妙に、気づかれないように、型から外れた攻撃を織り交ぜていく。

 そうすると、姉の剣は無自覚のままに崩れる。

 しかし、そのことを、私が指摘してやる義理はない。


(剣術だろうが、政争だろうが、オマエは大事なところで負けるがいい・・・)


 姉は稽古着を脱ぐと白い下着姿になり、汗を拭いている。

 この教練所には、私と姉、そして姉の秘書官しか立ち入れないようにしてある。

 妹の私がみても見とれてしまうほど、白く透明な肌に完璧なプロポーションだ。


 ―――刀傷に覆われた忌々しい私の体とは、全く違う。

 外見にすり寄ってきた幾人もの男たちがいた。しかし、私の裸を見ると興味をなくし手のひらを返した。汚れたものを扱うように。


 幼いころ、姉は確かに戦場に立った。しかし、それはせいぜい前線の指揮現場にすぎない。

 私は戦地、つまり殺し合いの場に突き落とされたのだ。

 それも、実の父の手で。


 聞き分けが悪く、優等生でもなかった。父の期待もなく、死んでもかまわないと本気で思われていたのだろう。

 戦場で、おそらく家族がいるであろう敵兵を斬り殺し続けた。

 命を落としかけたのも一度や二度ではなかった。



 着替えをすませ、壁際の椅子に腰を下ろした姉に、数枚の資料を手渡した。

 魔導技術庁ヒックス・ギルバートによる、超古代兵器『邪眼水晶核』の使用術式の研究資料だ。魔法の力で複製してある。


「なあ姉貴、悪いけど、こんな事やるのこれで最後にしてくれ」

「最後? どういう意味?」


「ヒックス・ギルバート・・・。彼の事、好きになったかもしれない」

「はあ?ミヒナ、何言ってるの」


「いや、好きになった。思ったより全然、・・・いい男だった」

 木剣を二、三回振ってみる。風を切る良い音が響いた。

 冷静を装う姉の顔の奥が、歪み始めている。


「優しい。

 それに頭いいし、いい意味でアホだし、家柄も文句なし、顔もまあまあ。

 なんていうかな、興味を惹かれる部分が多すぎるの・・・いまいちなのは体形くらい」

「・・・」


 私は大きく両腕を伸ばし、伸びをする。

 姉に体を寄せると、下から覗き込むように挑発的な視線をおくった。


「・・・姉貴も分かってなかったね。ヒックス・ギルバート、ああ見えてなかなかの男だと思う。王都への帰路では、昼も夜も激しく愛されちゃいましたし」


 彼は、私の体を見ても目を背けなかった。彼に触れられるたびに、傷が消えてゆくような気持になった。


「・・・」

 唇を咬む姉の顔に、潜んでいた私への嫌悪感が浮かび上がってくるのが手に取るようにわかり、面白い。


「まあ、男も知らない姉貴には『愛される』の意味も分からないでしょうけど?」

 私を前に立ちすくむ姉の姿をみると、愉快で心の底から笑ってしまった。


 たとえ教会組織の若きカリスマと王国で評価されようが、裏の顔を持つ暗い女それが姉の本当の姿だ。

『邪眼水晶核』の術式情報を盗ませるために、妹である私をスパイとしてヒックスの元へと送り込んだのだ。カフカ調査団の中核である彼の身辺警護として。


 実の妹までも権力を得るための手段として利用しようとする、姉のその醜悪さには吐き気がする。


「そうそう、姉貴の愛するミハエル師団長は生きてるわよ。もう、知ってるとは思うけどさ」

 そう言って、姉にも理解できるほどに嫌みな笑顔を作った。


「・・・だから?」

 そう答える姉の顔は、冷静ないつもの美貌を取り繕うとしている。

 この冷静な態度に、頭のどこかが切れた。


「だからって何よ、 オマエ何やってんの?

 殺す覚悟もないくせに刺客を送り込んだり、配下になれとか言ったり・・・。何その、ゆがんだ謎の愛情アピール」

 その美貌とプロポーションがあるなら、普通に恋仲になれそうなものを・・・見ていて腹立たしい、吐き気がする。


「ミヒナ、私は貴女とは違うから・・・」

 冷静に呟く姉に対して、私は自分の言葉で切り返す。

「オマエの表の顔は聖堂騎士団のカリスマ聖女、裏の顔は陰謀にまみれたドロッドロの陰湿女。

 ああー♪、ねじれてます、ねじれてます、こじらせ具合が異常。

 好きな男に『好きです』のひとことも言えないシャイでうぶな優等生だもんね」


 姉の肩に右手をかけると、額がぶつかるまで顔を近づけ、睨みつける。

「たしかに私たちは違うわね。私はオマエみたいに気が滅入るほどの支離滅裂な女じゃないわ!」


 ああ、いけない。こんなに近づくと暗い性格が移りそうで怖くなる。


(ヒックス様の研究室に遊びに行こうかしら、毎日たずねるのも迷惑かな、・・・恋人同士だもの関係ないわよね)


 姉を、思いきり突き飛ばし、着替えもせず教練場を後にした。



 *** ここからはマシロの視点で物語が進む



「大丈夫ですか? お怪我は?」

 突き飛ばされた私(マシロ)を抱きあげたのは、秘書官トロティのようだった。


 心の中に黒い泥のようなものが渦巻いている。

 そしてその中に、わずかばかりの悲しみがあるのも気付いている。


「ああ・・・、すまない、いてくれたんだな」

 心の中で誰かを頼り、誰かに支えてもらう。それが出来ないまま、私は今の立場にいる。


 トロティと並び姿勢を正して立つ。顔をあげ聖堂騎士団の教練所、高く広い天井を見つめた。

 天窓のステンドグラスを通して、力強い日射しが射し込んでいる。


「トロティ秘書官」

「はい」

「頼んでいた調査はどうなっている?」

「何人かの参考人と接触したところです」


 肩を並べ、歩きはじめる。これから執務室でやるべき事が山のようにある。

 そこから、王国の未来を賭した私の戦いが始まるのだ。


「明日中に報告しろ」

「はっ」


 誰かに頼りたい、支えて欲しい。

 誰かに、正直に心の内を吐き出せたら。

 寄りかかることが出来たら。


「トロティ秘書官」

「はい」


 私は、強くはないのだ。


「いつも、すまないな」

「いえ。マシロ様、ご無理をなされぬよう。何かあれば、私に相談してください」



「ありがとう」



 このとき私は、次にやるべきことを考えていた。






 ◆ ◆


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