18 『光の竜』傭兵団長キルーシャとの再会

背の高さは平均的な女性とかわらないが、その姿勢は凛として美しい。

肩の上のほうで切りそろえられたストレートヘアーの黒髪、はかなさを漂わせるような顔立ちは、美人とはまた違うものだが男達の気持ちを惹きつけるものがある。


幾多の国を相手に立ち回る傭兵団『光の竜』の団長【キルーシャ・クトゥルフ】


『光の竜』傭兵団は、俺の所属するサンブレイド傭兵団と組んで仕事をすることが多かった。


俺はふたつの傭兵団の間の連絡員をしたり、同じ依頼をうけ共に戦場に立ったこともある。当時、彼女は二十代前半であり傭兵団の首領に登りつめたばかりだった。


現在は三十は超えているはずだが、外見は最後に会った八年前とそう変わらないように見える。


「本当にミハエル、貴方なのね」

俺の体を上から下まで、宝物をみるように見つめる。

「国境の戦いで死んだとばかり思っていた。

・・・それが数年前かしら、王国の騎士団長になったと知って驚いたわ。

まさか、本当に会える日が来るなんて思ってもいなかった」

しばらく、扉の内側で強く抱きしめられると部屋の奥に案内される。


部屋は柔らかなキャンドルの灯りで照らされ、落ち着いた暖かな雰囲気が広がっていた。

部屋の中央には綺麗に整えられたベッドがひとつ。

彼女は俺に微笑みかけると、ソファに座るように促した。


「何からどう話せばいいのか、いいのかわからないのですが・・・。まさか、この町にキルーシャ団長がいらしていたとは思いませんでした」

キルーシャの顔がすこしだけ苦々しくなる。

「キルーシャ団長とか、他人行儀な呼び方はやめて欲しいな。昔のまま、キルーシャでいいから、敬語もらしくないからやめてね」


互いにふっと笑うと、わずかな緊張は一瞬でときほぐれた。


「だって、そんな貴族みたいな恰好しているからさ、こっちも調子狂うよ。どこからどうみても、貴族の奥様だぞ」

「ごめんなさい。大きな仕事の取引でここにいるの」

傭兵団の重要な仕事の契約とか、大口の武器の買い付けだろう。


格闘能力も実力者だが、指導力、交渉力などの傭兵団の運営能力も、昔から抜きんでていた。


キルーシャは穏やかに笑顔を作ると、テーブルのカップに紅茶を注ぎ持ってくる。

俺の記憶のなかには、彼女の様々な姿がある。このような姿を見るのは、はじめてではない。


「今、貴方の身に起きている事は聞かないほうがいいのかしら?でも、この階の部屋は、私の配下で押さえてあるから、心配しないで」

「秘密にする話は何もないよ、積もる話は、あとでゆっくりしよう。本当にいきなりで申し訳ないんだけど、俺の頼みを聞いて欲しいんだ」


「頼み?」

偶然の再会にしろ、王国騎士団の俺が、この町にいてひとりで訪ねてくるという事態の異常さは彼女も分かっているようだ。


「偽の身分証がほしい。今、手持ちがすくないんだ、謝礼は体で払う」

「わかったわ、すぐに副官に手配させる」

「ありがとう、助かるよ」

俺は素直に頭をさげる。

これで王都へは楽に入れる、謝礼についてはスルーされたのだろうか・・・少し残念だ。



「ねえ、聞きにくいこと聞いていいかしら?」

「何?」


「あの女の子、レヴァントは・・・どうなったの?」

俺を気遣うようにキルーシャは訪ねてくる。


「生きているよ、あの戦いの後、俺とアイツは王国に助けられたんだ」


涙が一筋、彼女の頬を伝う。

「良かった、ずっと、ずっと気にしていたんだ」

キルーシャは顔を伏せた。

俺は傍らに寄り、懐ふかく抱いた。彼女は目を閉じ、布を胸から取り出し、涙を拭き続けている。


―――優しい人だ、と思う。

若き日の自分にとって、母とも違う、姉とも違う。

女というものを教えてくれた人だったが、恋人であった訳でもない。


でも、それらではなくても、彼女はその全てであったのかもしれない。


この人と傭兵団長ジンがいなければ、幼い俺の心は戦いの狂気に飲み込まれていただろう。


彼女は、しばらく涙を流し続けた後、顔をあげた。

「レヴァントとは今も?」

「・・・派手に喧嘩中だよ、価値観の相違ってやつだ」

「ぷっ、何それ」

俺に向けられたのは、涙と笑顔で、ぐちゃぐちゃになったひどい顔だ。


それでも人は人に、ここまで優しい顔が出来るのだ。


「食事、貴方のぶんも用意させるわ。本当なら手料理をご馳走したいところだけど」

彼女が机のベルを鳴らすと、すぐに副官がやってきた。

身分証の偽造から、食事の手配など他にも様々な指示が出されていた。


しばらくして豪華な食事が運ばれてきた。

食事をとりながら、互いの近況を語り、様々な情報を交換した。というより、キルーシャのくれた情報の量が多かったのだが。


―――現在、キルーシャの『光の竜』傭兵団は総勢五百人規模の兵団となった。

―――反体制ゲリラ『輝ける道』については、指導者ソレンの存在以外は謎が多く、組織の人数などは分からないようだ。

―――そして、俺がいた傭兵団を壊滅させた部隊については、いまだ情報がつかめないとのこと。


「ジンの仇を討つんでしょ?なんでも協力するから」

「・・・、仇ね」


俺は 左目をゆっくり閉じる と、右の口角をあげ て笑顔を作る。

「そんな昔のことはどうでもいい、一生思いだすこともない。それより・・・。今は、俺の銀行預金がどうなっているのか?が心配だ」


「・・・わかったわ」


―――左目を閉じてから喋る内容は『正反対の嘘』

―――右の口角を上げるのは『危険だから近づくな』

傭兵団時代の、会話のサインだ。

敵の内通者がどこに潜んでいるかわからない。傭兵団の世界では、こういった取り決めが役に立つことがある。


キルーシャはきっと、俺たちの復讐に手を貸してくれる。しかし、それは彼女自身も危険に巻き込まれる事になる。

今は、彼女がすべき事を優先させてほしい。



部屋の灯りを消しても、すぐに寝ることはしない。

傭兵団時代はそうだった。

しばらく互いに肩を預けソファーに座っていた。


「こんな、幸せな気持ちになっていいのかな。ミハエルが生きていて・・・、偶然だとしても見つけ出して、会いに来てくれて・・・」


星明りに見えるキルーシャは、俺を見つめると 左目をそっと閉じる 。

「私、かなり酔った・・・」


ふたつのグラスが、空になっている。

俺は立ち上がりワインを注いだ。

俺達が酒に酔うことなど、一生のうちに何度あるのだろうか。


「俺も、酔っちゃった・・・かな」

立ち上がり、カーテンを閉める。

闇の中でも、俺達は互いをしっかりと見つめることが出来た。




◆ ◆



ここまで読んでいただきありがとうございます。

今回は傭兵団長キルーシャの登場です。

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