プロローグ よくわからないが、こうなった
「ぐはぁ!」
妻・レヴァントのボディブローが俺の鳩尾(みぞおち)を突いていた。
壁沿いまで飛ばされ、血と胃液を吐いてうずくまる。
かつて俺の命を取りに来た女の烈火の体術は、いまだ健在ってとこか。
ヤバい、意識が・・・。
なぜ、俺はこうなっているんだ?
―――少し、時間を戻って考えてみよう。
独立式典の開始を待てず、浮かれた民衆がもう花火を打ち上げている。
礼拝堂の青く乾いた空に気配を感じた。
赤・橙・黄・緑・青・藍・紫。
七色の羽を広げつつも、美しい旋律を奏でながら、楽団オウムの飛来する羽音がきこえる。
このオウムはバイオリン、ピアノ、フルートなど様々な楽器の音色で鳴くことが出来る。
「国王様! 礼拝堂の上空に楽団オウムの群れが飛来しております!」
若い衛兵が慌てた様子で、報告してくる。
「敵襲ではない。ヒックスの野郎のしわざだ。王都から飛んできたんだ」
(普通に音楽隊を派遣すれば良いだろうに・・・。今だに悪妻の相手で忙しいのだろう)
空からオーケストラが響く。
俺は高い天井を見上げ、耳を澄ます。屋根の上、咲き乱れる花火の中を旋回する、楽団オウムが奏でる祝賀のメロディーに耳を澄ます。
(とりあえず、今日一日が無事に終わるように祈っておくか)
「ミハエル、早く支度してよ。そろそろ、あの『女王陛下サマ』の御一行が、到着する時間だから」
「はあ、『元・本国』の使節団か、面倒くさいな・・・」
妻のレヴァントに言われて、それなりの正装に身を包む。
すでに着付けを終えたレヴァントは燃えるような赤のドレスをまとっていた。今もってなお、戦装束も貴族の服も、美しく着こなす姿には気品がある。
(それでも、やはりこいつには赤が似合うな)
しかし、今の俺に、そういった衣装は、もういい。
早いところ、長年の夢だった農園経営に取り組みたい。
俺はのんびりとスローライフを送りたいのだ.
『独立式典』が行われる礼拝堂では荒くれ者の配下達も、準備作業に落ち着かない様子だ。
外の民衆は、いつもの三倍増しで浮かれ騒いでいるというのに。
国の危機をすくい、傭兵団を立ち上げてから何年たったのだろう。
周りにのせられているうちに、どういうわけか
―――俺は独立国の王に祭り上げられていた。
外では、一段と勢いのある歓声があがり、民衆の興奮が伝わってくる。正反対に、配下には緊張が走る。
元・本国の使節団が、到着したようだ。
通路に物々しい足音が響き、重い扉が開く。
数十名の従者を従え使節団が姿をあらわす。青と白を基調としたグランデリア王家の衣装に身を包んだ女王マシロ・グランデリアは夫・トゥルアーティ大公爵と共に、俺と妻の前に立った。
(うおっ!美しい・・・)
マシロの美貌は、どんなに女王の衣装に身を包んでも昔と変わらない。
つい口が勝手に動いてしまう。
「あんたもついに女王陛下かよ! しかし、変わらない美しさだな、今なら惚れちまいそうだぜ」
(こいつに会うのもひさしぶり・・・)
「ぐはぁ!」
妻・レヴァントのボディブローが俺の急所を突いていた。
俺は、壁沿いまで飛ばされると血と胃液を吐いて、うずくまる。
妻の疾風のごとき体術に、意識がゆらぐ。
(やべ、意識を取り戻せ俺・・・)
―――なるほど、ここか、ここね。
美しくも狂気をたたえた妻の眼を前に、配下は周囲の空気ごと凍り付かされている。
(そうだ・・・。この眼をみるのも久しぶりだな)
「女狐司祭が・・・、女王陛下にまで登りつめるとは・・・どんな卑劣な手を使ったのかしらね」
妻は女王の間合いに入る。
試すように下から睨み上げると、護身用の短刀を取り出そうとする。
場の空気が張り詰めていく。それを、女王の夫である大公爵がしずかに、あくまで自然に制止した。
「我がグランデリア王国に今日の繁栄がありますのも、奥方様あってのことです。どうかご機嫌をなおしてくださいませ、レヴァント様は穏やかな顔つきが素敵ですよ」
妻の手を取ると、ニコニコ微笑む大公爵。
その手に、いくつかの宝石と白金貨をしのばせたようだ。
その機転に、妻も輝くような笑顔をつくり、女王との間にある空気がふと緩む。
「そうですわね。
むさくるしい所ですが、独立式典までごゆっくりおすごしください」
妻にしては珍しくお世辞を言っているようだ。
「痛え・・・、いてて」
俺は、わざとらしくも大げさに苦悶の表情を浮かべながら立ち上がろうとする。
チラっと目を合わせるが、妻はプイと頬をふくらます。
遠慮がちに、女王マシロは俺に手を差し伸べる。
苦笑いを浮かべつつも、小声で回復の祈祷をささげる。
俺に一筋の光が天よりくだる。
体が一気に楽になり、空気が気持ちよく体に入ってきた。
「ぷはああぁっ。た、助かったぜ・・・マシロ、いや女王陛下どのっ」
女王の聡明で力強いまなざしが返ってくる。
―――かつて、その瞳の奥を支配していた闇は、もうそこにはなかった
傍らに立つ大公爵が、女王の腰に手を添え軽く一礼をした。
(このメンバー・・・)
俺とレヴァント、女王陛下マシロと大公爵トゥルアーティ。
これは、あの時の再現じゃないか!
俺は十年以上も昔『あの戦いの記憶』が頭になだれ込んでくるのを感じた。
そう、『あの戦いの記憶』が・・・。
◆ ◆ ◆ ◆
はじめまして、天音 朝日(あまね あさひ)です。
ここまで読んでいただき本当に嬉しいです。
長年の夢だった、ファンタジー小説を今回、無事完成させました。
タイトルは流行りものを意識しましたが、内容は流行りものではなく古風なものです。
60話ほど の話数になっており、2023年10月28日に完結します。
♡や ☆☆☆で応援していただければ嬉しいです。
感想などをいただければ更に嬉しいです。
つまらない、と思われた方も「次は頑張れよ」の意味で♡やご意見をいただければ、次回へのモチベーションになります。
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