七不思議少女
牧屋
一章
第1話 吸血鬼少女
千狩市の中央に位置する紅月高等学校は、学年別でクラス分けがされており、1学年の生徒数は100人前後。全校生徒は約300人ほど。
1年は4クラスまであり、氷澄ネレが転入するのはAクラスである。
入りなさい、と担任の教師に促され、ネレは教室へ足を踏み入れた。
(……緊張する)
表情筋が硬くなっているのを自分でも感じられる。すでに額にはうっすらと汗をかいていて、先ほどまでもセーラー服の襟元や皺へ指を這わせ、神経質なまでに直し続けていた。
「うわ、可愛い……外国人だ」
「メレスティンの人らしいよ。ほら、大戦前からずっと中立を維持してる国の」
今日からクラスメイトとして共に過ごす生徒達は、めいめいに好奇の目を向けて来る。
「綺麗な銀髪に、青い目……雰囲気的にはクールっぽいけど派手なのが入って来たなー」
ひそひそと囁き合ったり、露骨に声を上げている者も見られ、反応は大きい。
(す、すごく見られてる。ダメだ私、落ち着かなきゃ。練習した通りに、自己紹介を……)
「氷澄ネレです。親の都合で一年間、この学校でお世話になる事になりました」
ネレは毅然と顔を上げ、彼らを見回して自己紹介した。
「短い間になりますが、その……仲良くしてくれると嬉しいです。友達とかになってくれると……あの、すごく、うん」
集中する視線が気になるあまり、あらかじめ決めておいた順番通りに話すどころか、言葉がぶつ切りとなってしまう。
思わず目をそらした。頬から耳までが急激に熱くなる。
「ま、まぁ、そういう事だからな。氷澄はメレスティンから来ているが、別に物怖じする事はない。仲良くしてやってくれ」
見かねた担任がとりなしてくれた。それから奥に並ぶ二つの机を見やり。
「ちょうど二つ席が空いてるが、どっちか選んでくれ」
「あ……はい」
と言う割には、片方には男子生徒がすでに座っている。必然的に場所は限られるだろう。
「隣、いいかな?」
尋ねると、男子生徒はかなりびっくりしたような顔で少し身を引き、ネレを見返して。
「あ、あぁ……うん」
「じゃ、早速だが授業を始めるぞ。一時限目は魔法系統に関連する応用性について……」
授業が終わるや否や、ネレはクラスメイト達から質問攻めに遭った。
「メレスティンって、すごく遠い国よね? ワホンから見てどっち側にあるの?」
「質問内容の頭悪すぎだろ。せめて東西南北で聞けって」
「氷澄さんって、容姿も所作も洗練されているわよね。いいとこのお嬢様みたい……仲良くしていただけると嬉しいわ」
押し合いへし合い、机の周りを取り囲まれる。
(いきなりこんなに目立つなんて……みんなの顔とか覚えたいけど、そんな暇ない……)
ネレは戸惑いながらも、なるべく丁寧に応対していく。
「オイオイ、お前ら。あんまりよってたかって詰めかけると、氷澄だって迷惑に思うぜ」
途中、隣の席の男子生徒が溜息交じりに苦言を呈す。ネレは感謝の念を覚えた。
(あ……この人、私の事よく見てくれてるんだ。優しいな……)
とはいえ、よほど外国の人間が物珍しいのか、皆の興奮は一向に収まりを見せない。
ただ、突然の転校生に対して、とりあえず好意的に受け止めてくれているのは間違いないだろう。嫌われたらどうしようかと昨日から不安だったが、杞憂だったらしい。
その後も、休み時間など、隙間があればとにかくクラスメイトから話しかけられた。
友達同士のグループとも知り合ったし、昼食は購買へ寄り、一緒に食べながら談笑する。
何事も波乱は起こらず、実に和やかに過ごしていく。
「氷澄さんって、ワホン語上手いよね。驚いちゃった!」
「母方に親戚がいて、昔から何度も訪れてるから。学校へ通うのは、初めてだけど」
「そうなんだ。へー、そんなに前から来てるなら、私達ともどっかで会ってたりして!」
「なら、今は親戚の人と一緒に暮らしてるんだね。お父さんとかお母さんは?」
「父さまは、仕事の都合でメレスティンにいる。来たのは私だけ。母は……数年前に空へ」
「あ、ごめん……」
ううん、とネレはかぶりを振って。
「小さい頃の事だから、気にしないで。それより、みんなの事を教えてほしいな。一年しかいられないけど、そんなの関係ないし」
もっとみんなと仲良くなって、クラスに溶け込んでいきたい。
(私が一人ぼっちだと、故郷の父さまも心配させてしまうから……)
友達を作ろう。いっぱい。
そう素直に思えたから、言葉もするすると続いた。
放課後のチャイムが鳴った。
カリキュラムから解放された生徒達は、教室に残って友達とダベったり、部活へ向かったり、下校したりと、ようよう動き出す。
ネレも筆記用具や教科書を片付け、帰り支度を進めた。
まさかここまで注目の的になるとは思わず、色々と気疲れしている。
「氷澄さーん、一緒にかーえろ!」
と、さっそく知り合ったグループの一つから、声をかけられた。
うん、と頷きを返し、カバンを手に取って席を立った時。
「なんだ……あれ……?」
隣の席の男子生徒が、何かに気が付いた風に、訝しげな目を窓へ注ぐ。
ネレも、なんとなくその視線を追ってみる。
茜色の空の下、違法に改造されたとおぼしき厳ついバイクを乗り回し、わめき声や奇声を張り上げる集団が校庭へ入り込んで来ていた。
バイクの乗り手は、特攻服を着込んでいたり、ラグビー用のヘッドギアをかぶりマスクをしていたりと、パンクでアウトローな雰囲気の男達。
何よりも目を引いたのは、金属バットや角材など、揃いも揃って凶器を手にしている点。
「……誰? あの人達」
ネレがぽつりと呟くと、隣の席の男子生徒が苦い顔で答えてくれた。
「ありゃ、最近この辺を荒らしてるって噂の不良グループ、『シルバーブレット』だ」
「……不良……」
「全員がニーメゲル人で構成された喧嘩集団って聞いてる。関わらないに越した事はないぜ、転校生さん」
教室に残った他の生徒達も、息をひそめて窓へ近寄り、彼らの様子を窺っている――。
「こ、これは何事だ!?」
そこに、事態を聞いて駆けつけて来たのか、数人の教師が現れた。
「あれ、担任の山場じゃん」
「……てかめっちゃ足震えてるんですけど。大丈夫なん?」
教師の中には、ネレのクラスを受け持つ先生も混じっており、女子生徒達がざわめく。
「貴様ら、他校の生徒だろう! 何を勝手に敷地に入って来ている!」
詰問に対し、開口一番。
「うるせぇ!」
不良のリーダーらしき男が形相を険しく歪めて発したのは、短くも激烈な怒号。
風貌は威圧感を漂わせる強面なのに加え、金髪のリーゼントときている。
暴力的な覇気に、教師達は気圧されていた。
「昨日、この紅月でよぉ。うちの後輩どもがえらい目に遭ったらしくてなァ」
男はぎろりと剣呑に、一同を睨め回す。
「二人も入院、一人は不登校になっちまった。お前らんとこのせいだぞ。この落とし前、どうつけてくれんだ?」
「……昨日、そんな事があったの?」
ネレが隣へ問いかけると、男子生徒は肩をすくめた。
「夕方頃、勝手に他校の奴らが学校に侵入したって、騒ぎになっててさ……」
それが、彼らの後輩――つまり仲間というわけか。
「そ、そ、そんな事言われても、勝手に入り込んで勝手に怪我をした、君達が悪いんじゃ」
鈍い音が、開いた窓辺から風と共に流れ込んできた。
口答えをした教師が、不良が振るったバットで横面を殴り飛ばされたのである。
ひぃ、と他の教師達は後ずさり、教室内でも怯えた悲鳴が漏れ出た。
「……こっちはよぉ、大事な後輩やられてんだ! 仇を討ってやるのが筋ってモンだろ?」
不良は、バットの切っ先を剣のように差し向ける。
「やった奴出せ。ぶっ殺してやるからよ」
ごくり、と誰かが生唾を呑む音とともに、静まり返った。緊張が満ちていく。
「……ひどい……!」
ネレが窓辺へ手をかけ、乗り越えようとすると、男子生徒が慌てて声をかけてくる。
「お、おい、どうするつもりなんだよ?」
「止めてみる」
「無茶言うな! 俺らじゃどうにもならねぇって!」
でも、とネレが振り返るのと、リーダーが表情を消すのは同時だった。
「そうかい。どうしても犯人を庇い立てするつもりならよ……こっちにも考えがある」
「な、なにをする気だ!?」
教師の叫びには応じず、彼らは一斉に腕を上げ、校舎――ネレ達の方へ向けて伸ばした。
開いた手の先に、風が少しずつ集まり出す。
最初は数条の風の束だが、まるで渦を作りかの如く、螺旋状に集まっていく。
彼らの髪や服を勢いよくはためかせ、その風量は見る間に増していき――空間が歪んで見えるほどの、球状の風の塊を生じせしめたのである。
「……あれは……何?」
「な、なんかまずい! 離れろ!」
男子生徒がネレを掴んで窓から引きはがし、さらに他の生徒達へも大声で呼びかけた。
「……『シルバーブレット』ナメんなよ、ワホンのクズども」
リーダーが言った直後――不良グループの掌中より、巨大な風塊が発射された。
頭を低めて身を伏せる教師の傍らを突き抜け、風の砲撃が窓へ直撃する。
爆音とともに全ての窓ガラスが砕け散り、破片と化して生徒達めがけ飛散した。
風自体も強烈で、教室内の椅子や机をもろともに吹き飛ばし、床や天井に細かく浅い亀裂を刻み込んでいく。
悲鳴すら呑み込む一撃は、校舎西側一階の教室を蹂躙した。
「う、ううぅ……痛ぇ……」
ひとたまりもなく薙ぎ払われた男子生徒は、壁へ叩きつけられ、頭から血を流す。
ふらつきながら立ち上がり、周囲を見回す。
自分と同じく、吹き飛ばされたクラスメイト達。
けれどその多くは、すくみ上ってはいるものの、出血したり、ガラスが突き刺さったりと、さほど大きな怪我はしていないように見えた。
あれだけの威力の魔法を受けたにしては、と疑問が浮かび――破壊された窓辺へ目をやった瞬間、驚きとともに氷解する。
「……氷澄……?」
そこには、先ほどとまるで変わらない場所で佇む。
今日転校して来たばかりの少女の後ろ姿があって。
その背中からは、肩甲骨の付け根の辺りから両側にかけ、長大な何かが広がっていた。
夕暮れの光を受け、暗い深紅色に輝く硬質なそれは、まるで――ルビーでできた両翼。
透き通った内部には、管に酷似した器官らしき物体が複数存在し、翼の端に至るまでまで放射状に連なっていた。
どくん、どくん、と、心臓の鼓動めいて規則的に器官が脈動している風に見える。
動きに合わせ、翼全体もさざめくかの如く明滅していた。
しかし翼の表面には、無数のガラス片が食い込み、ところどころに入ったヒビから、血液らしき液体がこぼれ始めている。
四方八方へ鮮血が飛び散り、ネレの足にも血が伝い、床へ滴っていた。
「氷澄、お前……!」
思わず声をかければ、ネレはびくりと身を震わせ、振り返る。
ひどい有様だった。右の眼球にはいびつな形に割れた破片が深々と突き刺さり、頬は風のあおりを受けてえぐれ、耳は半ばからちぎれている。
肩口で切り揃えられ、よく手入れのされた美しい銀髪は赤に染まり、学校指定の制服もぼろきれになり果て、ずたずたに裂けた肌を露出していた。
「ひ、氷澄、それ……お前の、魔法……?」
尋ねると、ネレは小さく唇を動かし――残った左目を閉じ、体勢を崩して倒れ伏す。
分子同士の結合が分解し、固体が液体へ変じたかの如く、深紅の翼も崩壊した。
べちゃり、と床に叩きつけられる粘性の音が、生徒達のすすり泣きに混じって一際響く。
「……血、だ。血が触媒、だってのか……?」
この翼は、血でできていた。血を固形化し、破片から守るための盾と成したのである。
「血の魔法を、使えるのは……氷澄、お前、まさか……」
ネレは気を失っているのか、答えない。ただ血溜まりだけが広がってゆく。
「――吸血鬼、なのか……?」
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