運命神の不思議アイテムショップ

しおさい

一話「新米剣士と猫隊長の瞳石」 一

 土と天候に恵まれた国オーツ王国。そんな豊かなオーツ国の中でもここルートはこの国で最も賑やかな街と言っても過言でない。

 王都へ続く黄金おうごん街道や各領へ繋がる道が多く交わる街、ルート。多くの馬車や人々が大通りを歩き、街のどこでも麦やパンの匂いがする。店で呼び込みをする女性の声が響き、呼び止められた旅装束の青年はその店に入ってゆく。

 街中央にある麦の広場から南西に伸びた案山子通り、正面に簡易水浴び場がある二階建て。冒険者の店『陽気な馬車亭』の中、柔らかな金髪を揺らしヘルマンは、緊張した面持ちで酒場スペースに座る少年少女と向かい合っていた。


「お前がこの依頼を受けた奴か」


 ヘルマンを手招いた少年は彼の頭の先からつま先までじっと眺め歓迎するように笑んだ。

 指輪が二つある手は綺麗でマメはなく黒髪には艶があり、白いシャツも菫色のベストも(派手ではないが)手触りがよさそうだ。

 指輪の一つには印章が彫られていてどんな模様か気になったが、ヘルマンはそういうのには詳しくないしジロジロ眺めては失礼になるだろう。もう片方は深い青の石が一つ付いていた。もしかすると宝石や魔石の類だろうか。


「オレはダニエル。同じくこの依頼を受けたクリスタリアから修行に来ている魔法使いだ」


 釣り目気味な緑の目は自信で輝きまるで物語に出てくる王子様のよう。ちょっと偉そうな顔と声だが、傲慢な言葉の中にどこか親しみやすさを帯びていた。


「同じく依頼を実行するラファエラ。一応こいつと同じクリスタリア出身。よろしく」


 ダニエルの隣に座る少女が不愛想な顔で喋る。

 灰色のチュニックの上には菫色のボレロ。下には同じく菫色のスカートを履いていて、菫色のそれらには黄色の糸で何かの模様が縫われている。ヘルマンはあの色はクリスタリアの生徒が好む物なのだと行商人が言っていたのを思い出した。

 面倒だと思っている感情を隠していない顔にはそばかすが目立ち、肩の下まで伸びた銅色の髪は少々跳ねているのだがみすぼらしい程ではない。

 真っ黒な目がじっとこちらを見て、ヘルマンは挨拶を求められているのだと理解した。


「えっと、俺はヘルマン。チクイ村出身です」


 ヘルマンは鍬を振るより剣を振るのに憧れてこの街にやって来た。歳は十五、髪は黄金で村の人々に麦畑みたいとよく言われる。嫌々ながらもひたすらに手伝いをし拵えて貰った黒猪の外套、数年前に村を訪れた武器を沢山持ったおじさんがくれた灰色の剣。

 鍛錬や知識を積み重ね辿り着いたルートの街は、想像以上に大きく、沢山の人がいた。


 ヘルマンがルートの街に来たのは冒険者になるためである。冒険者とは、傭兵から変遷して生まれた、ギルドに所属しているが実質的にはどこにも所属しない、戦いや調査など色々とする職業だ。

 衛兵や騎士を目指す事も考えたが、衛兵は戦いより捕縛を重視しているし、騎士になりに王都へ行くのは資金が心配だ。灰色の剣をくれたおじさんが冒険者だと言っていたのもある。


「村出身か。ここの国か?」

「うん。だから大ネズミは何度か倒した事はあるよ……誰かに混ざってだけど」


 ヘルマンは今日、初めて討伐依頼を受けた。森の調査と店の雑用に荷物の運搬、畑仕事やら家畜の世話やらを真面目にこなした結果、近くの村に出現した大ネズミの討伐を受ける事になったのである。

 大ネズミをただの大きなネズミと思う者もいる。しかし彼らも歴とした魔物の一種だ。魔物であるか否かは自然発生するかで決まり、大ネズミもそうやって突然現れる。大ネズミのような弱い種は倒しても一か月以内に再発生するのだが、放っておけば繁殖し手に負えなくなるため頻繁に倒す必要があるのだ。

 大ネズミはその繁殖力と、穀物を荒らす性質でオーツで最も嫌われる魔物である。犬くらいの大きさで基本群れる性質で、並の村人では手を出しづらいがそこまで強くはない。

 ヘルマンも何度か少数の群れを自警団を目指す年長達と共に退治した事がある。

 今までは大人や自警団見習い等見知った者たちとの討伐だった。だが今回は違う。同じ歳くらいの、知らない人達との討伐だ。


「そうであっても経験があるのはいい事だ、期待しているぞ。オレ達もクリスタリアで何度も倒したから任せるといい」

「あんたは倒す事より消臭の魔法習得する方に熱心になったけどね」

「食事中にアレを思い出させるな。……ああ、ヘルマンも何か食べるか?奢るぞ」

「遠慮しとくよ」


 机の上には丸パン二つと平べったいパンが一つ、そしてコップが二つあった。


「そうか。食べたくなったら言え。ここのパンは美味い。パスタも美味い。クリスタリアでも食べたいくらいだ」

「こいつはただ話したいだけだから気にしなくていいわよ。で、主な役割と戦法は?」


 ダニエルが呼んだ給仕がヘルマンの前にコップを置く。ヘルマンは椅子に座り飲み水を魔法で出して、口をつけてから答えた。


「剣を振って戦う。攻撃より防衛の方が村の人達から教わってるかな。やって来た冒険者の人から『よっぽど悪くない奴と組めばすぐ鉄を抜けて銅級だな』って言われたから足は引っ張らないと思うよ。

……あ、でも。魔法は日常的な物しかできません。畑の手伝いまでは叩き上げられたけどそれ以外は剣振ってました」


 あの時鍛錬や言葉に剣をくれたおじさんは今頃元気にしているだろうか。十本以上背負っていた剣は今どうなっているのだろう。

 ヘルマンの説明に質問したそうなダニエルを片手で抑え、ラファエラは「なるほど」と呟いた。


「今まで魔法を含んだ集団戦の経験は?」

「大人や年上の人達と混じってだけど何度か」

「そう。じゃあ大丈夫かな。後は当日に見定める」


 ラファエラはもう話す気はないようで平たいパンに手を伸ばす。


「よし必要事項は話したな、もういいな? では、折角の機会なのだから親交を深めようではないか。乾杯!」


 ダニエルのコップがヘルマンのコップにぶつけられた。ラファエラはその輪に参加せずパンを両手で持って頬張っている。


「で、オレは君を評価したという冒険者が気になるのだが一体どのような人だったんだ?」


 爛々と輝く瞳を見て「ああ、これは長くなりそうだ」と、ヘルマンは自分の食事を頼むのだった。

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