第2話
アイツとかアレとかあの人とか、そういう呼ばれ方をするには理由がある。
名を言わぬのは侮蔑と嫉妬を胸に抱いている者の証。
俺は尊敬を込めてと、芸名ばかり轟くあの人の本当の名前を誰にも知られないようにする為の。
この気遣いももう無用か。
でも本名を言いふらす気にはなれない。
それが浮気された被害者でも。
そう、俺は浮気されたのだ。
浮気されたのか。
いや、浮気は前からされていたのか。
アルテ。
美しいひと。
北の海からやってきた魚人族。
人間にはないヒレは透明度高く、骨が太陽光で透けてセクシー。
妖艶な魚のような蛇のような人のような身体は艶めかしく柔く、妖艶。
あの青い鱗、剥がれ落ちた鱗一枚だけでも相当の値打ちがある、あって当然のプリズム放つ北海の秘宝。
そして大きな目。
魚の目だと人は言う。
けれどあの大きな黒目に囚われたら最後だ。
虜になる。
そして低い美声で歌われたら、ああ水底に沈められたって構わない。
水かきのある手も、俺の頭二つ分高い背も、隠れた鼻も、ギザギザの歯も、全部が美しい。
アルテが泳ぐ姿を見たらその美しさに狂うさ、誰でも。
俺は狂った。
狂って、いたのか。
「今日も稼げたな、相棒」
「そうな」
「どーする?ぱーっと食うか!肉!」
「そうな…」
「ヴァネッサのステージ始まっちゃう!」
「急げ急げ!今日は新曲お披露目だぞ!」
「…」
「帰る」
「うん」
流石の相棒も止めなかった。
そうだろう。
夜の街に帰ったら、ヴァネッサの話題で持ち切りなんて当然なんだから。
見ないようにしたって、聞こえないようにしたって、ファンが一杯、それがヴァネッサ。
アルテの芸名。
俺の恋人。
相棒と別れを告げ帰路をひとり歩いてく。
とんでもなく明るい陽の街の中心の外れ、静かな地区に俺の家はある。
アルテが静かに過ごせるようにって、特別に作った一軒家だ。
プールを室内に完備した、お風呂にも拘った、一軒家。
夢に見た。
そこでアルテと幸せに暮らすと。
同性だけどアルテも俺も禁忌じゃないから、結婚しようねって話もしてたし。
だけど。
うそだった。
おれ。
恋人でもなんでもなかったんだ。
アルテは一度も家に来てくれなかった。
忙しいから、と。
ファンにバレないように移動するの、難しいから、と。
俺は誘う度に断られ、納得していた。
今だって、なんの連絡もない。
だいぶ、あって、ないのに。
おれじゃないやつとねるじかんはあるのに。
「は」
「ははは」
「あはははっ!!」
めちゃくちゃ、腹が、たってきた。
馬鹿にされていたのか。
そうか。
アルテと別れたのかと言う連中にも。
アルテにも。
そうかそうか。
俺は舐められていたんだ。
それがわかったら妙にスッキリした。
手始めに、この家はぶっ壊そう。
そして、街を出よう。
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