第15話ー2

 月日は流れ12年の時が経った頃、異変は少しずつ確実に迫ってきていた。


 破滅の足音と共に……。



「オリヴィエ様、なかなか雨が止みませんね」

「降り初めて、どのくらいの時が経ったのかしら?」


 窓辺にある揺り椅子で、心配そうにしながらオリヴィエ様は、あたしを振り返る。


「もう2ヶ月は降り続けています。海面の水位も上がって、漁師の間では危険視する声が上がっているみたいです」


 あたしは休日の度に、街へ行って情報を集めをしてオリヴィエ様に伝えるようにしている。


「そうなのですね。そろそろなのかもしれませんね……」

「はい」


 連日の雨で空気が冷えているので、オリヴィエ様の肩にガウンをかけた。


 その後も、雨は止む気配が無いどころか、まるで滝のように激しく打ちつけるように降り続けた。



 半年ほどが経って、遂にクレアが見た未来が訪れてしまった。


 止む事の無い雨によって、街のすぐ近くまで海水が迫り、王都は避難者で隙間も無いほど人で埋め尽くされ始めた。


 城内を忙しく怒声を上げながら、大型船への避難を促す声にクレアはオリヴィエ様の手を取り歩き出した。


「街の人々は大丈夫かしら?」

「街にも避難船はあります。あたしたちには王族専用の船が用意されているそうです」

「専用などと言わず出来る限り街の人々を船に乗せてください」

「分かりました」


 目の前を通り過ぎようとした兵士に、オリヴィエ様の言葉を伝えると「了解しました」と言って走り去っていった。


 街の門に横付けされた船には、すでに大勢の街の人々が乗り込んでいた。安全を考えて王族専用のフロアは作られていたけどオリヴィエ様は、その場所も解放して人々を迎え入れた。


「オリヴィエ様、助けてくださりありがとうございます」


 人々はオリヴィエ様に手を合わせ感謝を示した。


 あたしとしても、生まれ育った街の人たちが、成す術もなく水に飲み込まれていくのは見たくなかったから、オリヴィエ様の優しさに感謝した。その中には苦楽をともにした貧民街の仲間たちもいたからだ。


「オリヴィエ様、みんなが楽しそうにしてますよ」

「それなら良かったです。皆が不自由なく暮らせるのが一番ですからね」

「はい!」


 最初は良かった。食べ物も飲み水も充分にあったから、まるで毎日がお祭りのように賑やかに楽しく過ごしていた。




 だけどそんな状況は1年も持たなかった。保存食は尽きてしまい、船の上では生産出来る食べ物も家畜も水も限られている。


 次第に人々の心は荒んでいく。


 船の外には大陸は無く水……海水しか無く逃げ場もない。


「ギャァ! イャァー……」

「それをよこせ!」


 毎日、平等に人々に配られる微々たる食料の略奪。そして殺人が日常化してしまう。



 それから更に2年の時が経った。船にはもう数十人しか残ってはいないと、兵士が疲れ切った顔で伝えてくれた。けれど相変わらず雨は降り続け陸地も無い。


 薄暗い蝋燭の光の下で、オリヴィエ様は頭を抱え悲しんで毎日泣き続けるようになった。


「こんなはずでは無かった……」


 危険だらけの船で唯一安全な、狭い船室の中でオリヴィエ様の様子も次第に変化する。そしてその悲しみと当たりどころのない怒りは、あたしに向けられた。


「貴女! 未来が見えるのでしょう! 何故この事態を防げなかったのですか!!」


 目が血走り、美しかった髪の毛を振り乱し、今まで見た事の無いオリヴィエ様の恐ろしい姿に思わず後ずさる。


「どうせ滅ぶならば、このような無様な死に方など選ばなかったわ!!」


 オリヴィエ様の手には、いつの間にかナイフが握られていた。そのナイフは、あたしに向かって振り下ろされた。




 目を瞑ると同時に、稲光が迸り船全体を揺るがし世界を白く染めた。



 揺れが収まり、恐る恐る目を開ける。



 音も光も空も大地も無い。



 何も無い。



『我は光の大精霊リューク。クレアお前に使命を与える為に来た。世界を崩壊させたくなければ我に従え』


 いきなり背後から声が聞こえて振り返る。そこには金色のウェーブがかった長い髪に緑色に輝く目、程よく筋肉のついた半裸の男性が立っていた。


「ここはどこなんですか? それに突然、従えって意味が分かりません!」

『ふむ。それもそうだな。仕方ない説明してやる。今この世界には数十人ほどしか生き残りはいない。その状況を悲しんだ小精霊たちが、より集まり5人の強い力を持つ大精霊を作り出した。5人の大精霊は力を使い五つの大陸を海面に押し上げ支える事にした訳だ』


 言っている事が壮大過ぎて、いまいちピンと来ないけど、これは……。


「貴方達5人の大精霊が、あたしたちを助けてくれたって事ですか?」

『簡単に言えば、そう言う事だ。だが問題が一つ起こった』

「どんな?」

『大陸を浮かせる事は出来た。が、このままだと船と同じで海を漂い続け、我々大精霊の力が及ばない海域に大陸が流れて行ってしまえば再び、その大陸は沈んでしまう事になる』

「それって今と同じ状況、大地が沈んでしまうって事?」

『そうだ。だから我らと繋がり大陸を固定する者が必要なのだ。そしてお前には力がある従ってくれ』

「力って言ってもあたしのは中途半端なんですよ。だって救えたって思って安心して城に入ってからは一度も先見はしなかったから……。本当はオリヴィエ様の侍女になってからも先見をするべきだったのに……。だからオリヴィエ様を狂わせたのは、あたしの罪なんだ」


 両腕で自分自身を抱きしめ、その場に座り込んでしまう。優しい優しすぎるオリヴィエ様を、狂わせてしまった悲しみは一生消えないだろうと思う。


『ならば言い方を変えよう。この黒の大陸を支える人柱になれ。大精霊と契りを交わせば、もう他の大陸へ渡る事は出来ない。罪だと言うなら受け入れよ』


「……分かりました」




『その代わりに王として生きる権利をやろう』




 王を討てば大陸が死んでしまう。


 そんな言い伝えが今もあるのは、過去に大精霊と交わした契りから生まれたものだ。




◇◇◇◇◇



「5つの大陸に受け継がれてきた話はこれだけです」

「過去にそんなにも大変なことがあったんだね」

「えぇ。胸が痛みます」

「うん……」


 母さんは少し悲しそうな顔をしながら、カップを持ち上げ紅茶を飲んだ。


 人柱……たしかにと思ってしまった。大陸を繋ぎ止める為とは言っても、王となれば自由は奪われてしまうから。


「あともう一つ重要な事があります。それは始まりの地である黒の大陸にしか伝わってない事なのですが、実は緊急事には5つの大陸間で、この精霊の泉を繋げる事が出来るそうなのです。同じ黒の大陸にあるミュルアークに言葉を伝える事も容易いでしょう」

「そんな事が本当にできるのですか?」


 驚いて聞き返すリュカに、母さんが微笑みながら頷く。


「そっか。だからリュカを連れてきたんだね」

「えぇ。昼ごはんも済んだので最奥部に向かいましょう」




 

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