第15話、運命の出会い。そして全ての始まった日。


「お昼ご飯を食べながら聞いてくださいね」


 キラキラ幻想的に輝く湖面の上に布をしいて、籠からティーセットとお昼ご飯のサンドウィッチを出してから、母さんは王家だけに伝えられる物語を話しはじめる。



◇◇◇◇◇




 これは大陸が5つに分かれる前の話。


 約56700年前。


 文明は今とは全く違う歩み方をしていた。1番の違いは、やはり魔法が存在しなかった事だろう。そのかわり人々は山や海といった自然界の至る所に存在する、精霊と共存し力を合わせながら過ごしていた。



 光の王都の片隅にある貧民街。


 カタカタカタカタ……。


 荒屋ばかりなので地震が来るたびに、家も家具も今にも崩れそうな音を立てている。


「最近、地震が多いわね。たぶんまた、うち傾いてるわ。また旦那に直してもらわなくちゃ」

「怖いわよね。うちも補強しないとダメだわ。あと川や海の水位も上がってきてるそうよ」

「うん。うん。あとね。その逆に井戸の水は減ってるとか聞いたよ」


 井戸の回りで、クレアは近所の友人たちの世間話に相槌をうちながら、タライの中の洗濯物を次々と洗っていく。洗った洗濯物は精霊たちが風を操り乾かしていく。見事な連携プレイだ。


「何か悪いことが起こらなきゃ良いんだけどね」

「うん。そうだね……」


 洗濯が終わり精霊に乾かして貰ったタライの中に、乾いた衣類を畳んで入れる。そして立ち上がって友人たちと別れた。


 クレアには、周りの友人には黙っている事があった。


 それは、これから起こる全ての事が分かる先見の力があること。


「破滅しか無いのかな……」


 今いるこの場所が水に覆われて大地が沈む。ただし自分の未来だけ見えない。だから水に沈んだあと、自分がどうなっているのかは分からない。けどこのまま破滅を待っているだけと言うのは性に合わない。


「よし! 王様に会いに行こう!」


 洗濯物を玄関先に置くと、街の中心にある光の城に向かって歩き出す。


 だかしかし当然、城へと続く門の前で兵士に止められてしまった。


「お前のような者に王が会うわけなかろう! 帰れ! 帰れ!」


 まぁ。そうだよね。溜息しか出ない。


 けど、あたしは諦めない。夜を待って忍び込む事にした。



 この国は割と安全なので、夜になると城の警備が薄い場所がある。その人目につかない裏手の壁際に来ると、風の精霊リアを呼び出した。


「リア。あたしを、この壁の向こうに連れてって」

『良いわよ』


 フワリと風が舞い上がり体が浮き上がる。そしてソッと壁の中を覗く。辺りを見渡し、人がいない事を確認してからリアに降ろしてもらう。


「ありがとうリア!」

『気をつけるのよ。クレア』

「うん」


 近くにあった小屋から、黒い布を失敬して全身を覆うと開いている窓を見つけて城内に入り込んだ。


「う〜ん。けっこう広そうだな」


 月明かりの廊下を歩き回り、目についた扉を片っ端から少し開けては部屋の様子を見て回るけど、なかなか目的の王様のいる部屋は見つからない。


「つっかれたぁ〜……」


 盗賊とか侵入者対策なんだろうけど、城内はまるで迷路のようになっている。思わず廊下に座り込んで、窓から見える大きな月を見上げる。


「誰かいるのですか?」


 すぐ近くにある扉が、ゆっくり開き白いレースのネグリジェ姿の女性が出てくると、壁伝いにゆっくり近づいてくる。


「あ! あやしいものじゃないんだ。話を聞いて欲しいだけなんだよ!」


 思わず反射で、あたしが言い訳のような言葉を発すると、更に近づいてきて体を触ってきた。


「こちらにいらっしゃいな。もうすぐ衛兵が来ます。さぁ」


 来た時と同じように、壁伝いに歩き部屋に入っていってしまった。


「どうするかな……」


 ついて行っていいものか悩んでいると、遠くから靴音が響きだした。先ほどの女性が言った通り衛兵が来るようだ。衛兵に捕まるよりはいいと考え、女性を信じて部屋に駆け込んだ。


「お客さんが来るのは、とても久しぶりなので嬉しいですわ。そちらの椅子に、おかけになってくださいな」


 手探りでティーセットを戸棚から出し、お茶の準備をしてテーブルまでゆっくり運んで、それからもう一度、戸棚の中を探り籠に入ったクッキーを持ってくるとテーブルに置いて女性は座った。


「警戒なさらず、とりあえず座ってくださいな」


 女性は優しげにニコリと微笑みを浮かべる。警戒はまだ解けないけど椅子に座る事にした。


「わたくしは目が見えない代わりに真実を見抜く力があるのです。貴女はここに何か重要な事を知らせる為に来たのでしょう?」

「はっ! はい! 伝えたい事がある……いえ! あります!」

「聞かせて頂けますか?」

「さ……最近、地震が多いです。それで!」


 緊張と焦りで上手く声が出ない。すると女性は立ち上がり、あたしの肩を優しく抱きよせ背中を撫でる。


「ゆっくりでいいのです」


 深呼吸をしてから、ゴクリと唾を飲み込み膝の上で拳を握ってから話始めた。


「この世界に危機が迫っています。地震が多いのは前兆です。その内、この大地は水に飲み込まれ多くの人々が死んでしまいます」

「それが本当だと言うなら、早急に何とかしなければいけませんね」

「貧民街の小娘の話を信じてくれるのか?」


 あまりにもすんなり信じてくれるから思わず素の自分が出てしまった。


「当然です! わたくしは先程も申しましたが真実が見えるのです。貴女は真実を言っていると感じるのです」

「そっか……信じてくれてありがとう」


 お礼を言うと、ぎゅっと抱きしめられた。


「わわわ! あたし風呂入って無いから汚いし触んない方がいいよ!」


 腕を突っ走って、女性の腕の中から離れようとしたんだけど、華奢な割に腕力はあたしより強かった。


 離れないどころか、更に力強く抱きしめられてしまった。


「そんな事、気にしませんよ。それにわたくしと一緒で、貴女にも特別な力があるのでしょう? そして精霊をとても大切にしているのが分かります。こんなにも心が綺麗な子が汚いわけありません」


 あたしが物心つく前に両親は病で死んでしまったから忘れていたけど、きっと母親ってこんな感じなのかもしれないと、いい匂いと温かい腕の中に包まれながら思った。


「貴女が気に入ってしまいました。わたくしの侍女になってくださいな」

「えぇぇ!? あたしが侍女!?」

「ふふふ。まずは貴女のお名前をお聞きしても良いかしら?」

「ほっ本当に後悔しない?」

「えぇ。後悔はしませんし追い出したりもしないと約束しましょう」

「ありがとう……あたしはクレアだよ」

「クレアよろしくお願いしますね。わたくしは光の王女オリヴィエです」

「!!!」


 まさかの王女様!! あまりの衝撃に、あたしは緊張の糸が切れて意識を手放してしまった。


 この2人の出会いは、まさに運命を動かすものだった。


 その後、大型の船を作れるだけ作って家畜や保存出来る食糧、その他生活に必要なものを出来る限り生産し船に詰め込み来る日に備えた。






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