第8話 苦しくても乗り越えたい

あぁ、まただ。この感覚だけは慣れそうにない。

魔力が制御できなくなる一瞬、身体がばらばらになって破裂する不安に襲われる。

自分では抗えないほどの力に振り回され、

ぐるぐるになって、どこかに連れて行かれそうだ。

身体の境界線がゆるんで、その先に突き抜けていく。


そんな感覚から突然切り離される。

……またダメだったか。


「リディアーヌ様!?」


「………だいじょ……ぶ……じゃなかったかも?」


気持ちの悪さで吐いてしまってから、なんとか侍女のマールに答える。

そんな私を見ていられなかったのか、マールが意識を失う。

長身だけど細身で気の弱いマールは何かあると気を失って倒れてしまう。

それを他の使用人たちがかついでいった。少し休ませるのだろう。

だから、訓練中は来るなと言っておいたのに。


今年から私付きの侍女になったマールはどこにでもついてこようとする。

マールは私が産まれてからの間ずっと世話をしてくれていた侍女アルマの娘だ。

薄い栗色の髪と緑目がそっくりだけど、体型は父親似らしい。

昨年まで学園に通っていて、卒業して私付きの侍女になっている。

真面目で一生懸命なのはわかるけど、やっぱり訓練中は来ないように言っておこう。


うずくまったままゆっくりと息を吐くことを意識する。

しだいにぐるぐると回っていた世界がはっきりと見えるようになる。

……あと何度これを乗り越えれば制御できるようになるんだろうか。


ふと身体や口の中がさっぱりした感覚になり、浄化をかけられたのがわかる。

そして、目の前に水が入ったグラスを差し出された。

なんとなく怒ってる雰囲気を感じながら受け取るとため息が聞こえた。

見上げたらつややかな金髪を一つに束ね、眉間にしわを寄せているトマスだった。


トマスの父、ベンノはラルエット侯爵家の医術師で、

トマスは私付きの医術師として仕えている。


トマスは本当は隣国での留学を終えた後も向こうで修行をするはずだった。

なのに、私が「目覚めぬ者」として産まれたことで卒業後すぐに呼び戻された。

私のことが心配なお父様がつきっきりで面倒を見れる医術師を求めたからだ。

帰国してすぐに私付きの医術師となり、三歳の時から診てくれていたらしい。

今年でトマスは二十八歳になるが、結婚はしていない。


隣国での医術がこの国と違って魔術を利用したものだからか、

トマスは医術師としてだけでなく全属性持ちの魔術師としても優秀だった。

そのため体調管理をしてくれるだけでなく、魔術師として私の専属護衛でもある。

実際に戦っているところは見てないが、屋敷の護衛騎士たちよりも強いと聞いた。

過保護な性格には困っているが、お世話になっているので文句は言えない。


「リディアーヌ様、無理する前にやめましょうと言ったのに」


「ごめんなさい。うまくできそうだったのよ」


「やっぱりこれ以上の訓練はやめましょう」


「……嫌よ。学園に入るまでには全属性を制御したいの」


ここまで制御するのに苦労しているのはリディアーヌが全属性持ちだからだ。

それに口外はしていないが、光属性もあった。

全属性に闇属性まであったギルバードと同じくらい制御が難しい。


「気持ちはわかります。私も大変でしたから。

 大丈夫ですよ、ゆっくりやっても間に合います」


「あと二年しかないのよ。ちゃんと使えるようにならないと……

 で、テレンスがいるのはどうして?」


これ以上トマスと言い合いしても意味はない。

渋い顔のトマスは放っておいて、後ろで待っているテレンスに話しかける。

お父様付きの使用人テレンスがここに来るのはめずらしい。

何か緊急の用事でもあったのだろうか。


「旦那様がリディアーヌ様をお呼びです。

 さきほどまで教会の使いが来ておりました。その件かと」


「また来ていたの……」


テレンスの言葉に顔をしかめてしまう。教会からの使いは何度も来ている。

その度に断っているのに、あきらめが悪いらしい。


あの日、「目覚めぬ者」だった私が目覚めたことで教会から使いが来ていた。

もちろん、話すどころか動くことすらできない状態だった。

それに、トマスから何を聞かれても答えないようにと言われていた。

下手なことを言えば教会から戻れなくなりますよ、と。



「リディアーヌ様は死に戻りですか?」


いかにも胡散臭い微笑みの教会の使いに、

そのまま目を開いたまま反応せずにいると、もう一度質問された。


「他の者だった記憶はありますかな?」


動けないのだから答えることもできない。そのまま瞬きせずに見つめ返した。

何を聞かれているのかわからないという目で。

しばらく私の目をじっと見ていたけれど、あきらめたように帰っていった。


ほっとしたのに、それから度々教会の者は訪ねてくる。

話せるようになってからちゃんと否定したのに、それでも来るのには理由があった。


「目覚めぬ者」というのはたまに現れるらしい。

病気ではないのに、産まれてからずっと眠り続ける。

そして、何かのきっかけで目が覚めることもある。


その中には「死に戻り」や「他者の記憶」を持っている者がいるらしい。

教会はその者たちを聖者もしくは聖女として保護している。

女神の加護を持つ者として教会で大事に保護するのだという。


「リディアーヌ、来たか。さきほど、また教会から使いが来たよ」


「そうですか……あきらめが悪いですね」


「ここしばらく聖者も聖女もあらわれていない。

 落ちかけている権威を取り戻したくて必死なのだろう。

 まぁ、あきらめてくれるまで断り続けるしかないな。

 リディは聖女になる気はないのだろう?」


「もちろんありません。聖女になったら帰ってこれなくなりますもの」


お父様やトマスに何か聞かれたことはない。

それでも何かしら気がつくことはあると思う。

たとえば、言葉を教えてもいないのにわかる、だとか。

礼儀作法を知らないはずなのに身についている、とかだ。


疑問に思うことは多々あるだろうに、それを問いただすことはなく、

お父様もお母様もリディの好きなように生きていいと言ってくれる。


教会の聖女となったら、貴族令嬢ではなく教会の管理下となる。

家だけでなく家族とも縁を切ることになるのだから、普通は断るに決まっている。

それでも一部の熱心な信者にとっては、

教会の聖女となるほうが喜ばしいと思っているらしい。


「そのせいなのだろうが、また王家からも手紙が届いた。

 聖女ならば婚約者候補になるべきだと」


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