第9話 巡洋艦ライラック
駐留艦隊がほぼ被害を出さずに敵の前衛部隊を撃破したことに、提督は安堵したがその安堵は短く、束の間の事だった。
敵はあり得ない戦法を取り、自らの艦を駐留艦隊の艦に突っ込ませてきたのだ。その狂気の攻撃に、駐留艦隊は混乱し、阿鼻叫喚となった。
最初は手当たり次第だったが、数艦に体当たりが成功すると、突如目標が定められた。
「全艦、敵の動きに注意せよ!反撃準備を急げ!」
提督は鼓舞し続け、反撃命令を出したが時既に遅しだった。
各艦からの被害報告が次々と入ってきた。
「戦艦アルゴより旗艦へ!推進装置大破!救援を求む!」
「重巡ヘラより旗艦へ!前部装甲大破!死傷者多数!艦長死亡!指示を!」
「第3分隊旗艦巡洋艦ミネルバより旗艦へ!戦艦ヤンバルクイナ轟沈を確認!カイル少将の死亡を確認!戦艦アテナ号が指揮を引き継ぐ!」
「緊急!敵艦急速接近!回避間に合いません!衝撃に備えよ!」
提督は敵艦の急接近の報と接近警報の音を聞いたが、工廠部率いる第12輸送艦隊に救援要請をしている最中だった。
「第12輸送艦隊へ!こちら駐留艦隊提督ベイグツ中将だ。!我々は大規模な敵艦隊と交戦中だ!緊急事態により戦闘参加を要請する!緊急発進しすぐに援護に来てくれ!」
通信を切った途端にありえない衝撃が旗艦たる戦艦フレッチル号を襲った。
大破である。
提督は旗艦のブリッジから脱出して退艦しようとしたが、その途中で起きた2度目の突撃による小爆発に巻き込まれ、腸が飛び出す重症を負った。
「ば、ばかな!ありえん、だ、脱出を・・・」
呻きながら腸を引きずりながら、脱出ポッドに向かって必死に這いずっていた。
しかし、脱出ポッドに辿り着く前に3度目の突撃により旗艦の核反応炉が暴走し、巨大な爆発を起こした。
提督はその瞬間、死にたくないと叫んだが、彼の声は誰の耳にも届かなかった。
フレッチル号は束の間の輝きを放つと、宇宙を漂うデブリとなった。
・
・
・
旗艦は敵艦に次々と体当たりされ、最後は戦艦が突っ込んだ事により爆散し、周りの艦から旗艦が沈んだと悲鳴が上がった。
「旗艦がやられた!」
「旗艦に駆逐艦が突っ込んだ!いや、戦艦だ!」
「旗艦から連絡が途絶えたぞ!」
「提督はどうなった?」
「指揮系統はどうなってるんだ?」
艦隊は混乱の極みにあった。
まずは旗艦、次に分岐艦隊指揮官の乗る艦、それから高級士官が乗る艦が次々に狙われ、指揮系統の上位者が乗る艦が沈められたからだ。それも、敵艦は駐留艦隊側の艦に自らの艦をぶつけるやり方で。
そのうな混乱の中、20艦からなる巡洋艦分隊では指揮していた准将が死亡し、この時点最先任艦長だったノリコ中佐が指揮を取ることになった。
彼女は冷静に奮闘し、敵戦艦を沈めた。
「全員聞きなさい!我々はまだ戦えるわ!敵は自爆攻撃しかできない雑魚よ!恐れるな!撃ち返しなさい!」
声を震わる事なく毅然と冷静に叫んだ。
「我が艦は率先して敵艦を討つ!特攻を躱しつつ反撃しなさい!」
敵の駆逐艦と重巡航艦が衝突コースを辿るも、艦尾レールガンを緊急発射し、辛うじて衝突を避けた。
発射の反動で衝突を回避できるだけの推力を得るために狙いをつけずに発射したのだ。
すれ違いざまにお互い主砲と副砲を放っていたが、ライラック号も被弾して艦体が大きくねじれ、凄まじい衝撃に襲われた。
2艦をデブリに変えたがその代償は大きく、ミサイル発射管の3割を失い、レールガンと重力ドライブも大破した。
ごく短時間しか使えない反動推進と、この位置では使用を禁止されている重力ジャンプしか使えず、実質的に航行不能に陥っていた。
しかも分隊の殆どが同じ状態だった。
「巡洋艦アポロより旗艦へ!敵戦闘艇に突っ込まれ推進装置をやられ大破しました!」
「巡洋艦ディアナより旗艦へ!敵巡洋艦に体当たりされ大破!動けません!救助を求む!」
「巡洋艦アレスより旗艦へ!敵戦艦の砲撃により巡洋艦アベル轟沈、当艦も推力の8割を失い、武器も副砲が3基のみしか使えません!」
「巡洋艦アテナより旗艦へ!敵主砲直撃によりブリッジ大破!艦長死亡!ジラルド大尉がサブブリッジで指揮を取るも操舵不能!」
そんな中、それでも指揮下の全艦に少しでも敵を倒せと叱咤する。
「全員聞きなさい!我々はまだ生きているわ!何もしなければ敵に殺されるだけよ!諦めるな!戦え!踏ん張りなさい!」
冷静に、しかし力強く叫んだ。
彼女の落ち着いた声に奮い立った巡航艦分隊を始め、それに呼応するかのように駐留艦隊の残存艦は、敵艦に最後の抵抗を見せた。
敵艦も次々と爆散し、宇宙は火の海となった。
しかし、その火の海から逃れることはできなかった。
敵はまだ追撃してくる。
このままでは全滅すると思った。
ノリコ中佐が指揮する巡洋艦ライラックも大破していた。
踏ん張りなさいと言ったが、いつの間にか全艦向け通信になっていた。
それを最後に通信機能を失い操艦不能になっていた。
艦の向きを変えることくらいしか操艦できず、射程に入った敵を攻撃するしか無くなっていた。
彼女は間もなく自分は死ぬのだと覚悟した。
「せめて最後に先輩の声を聞きたい・・・あの時告白していたら・・・」
走馬灯のように昔を思い出しつぶやいた。
彼女は士官学校時代に朱き狂犬と呼ばれる悪童と指導官を悩ませていた、天才だが赤点常習犯の先輩を好いていた。
生真面目な彼女と正反対で最初は軽蔑すらしていた。
しかし、素行が悪くしつこい同期に交際を迫られ、強引に建物の裏の誰もいない所に引き込まれた。
貞操の危機を感じたが、白馬の王子様よろしく、突然現れたかと思うと何も言わずその男を倒して助けてくれた。
着衣が少し乱れて血が掛かっていたが、自らの上着を掛けてくれた先輩がいた。
「貞操の危機を救っていただきありがとうございます。お陰で服が汚れただけで怪我はありません。何かお礼をさせてください!」
「気にするな。そんなつもりで助けたんじゃない。どうしてもお礼をしたいなら、いずれ困っている弱い立場の者を見た時に、そいつを助けてやってくれ。それで良い」
そう言って名も告げず走り去った。
その後ろ姿と無欲さに惚れた。
その男の名はダレン。
模擬戦全戦全勝も喧嘩早く、素行も悪い。
しかし噂と当人はかけ離れていたとキュンとなり、士官学校卒業後は、再び会うその時に彼の前に立ち恥ずかしくない女になろうと努力してきた。
それももう終わりだ。
実際は腹痛から、寮への近道と裏道に入ったのだ。
偶々女生徒が襲われていて、その男を足蹴りで倒した。しかし、いよいよ本格的に漏れそうだったから、礼はいらぬと何かの小説のフレーズを適当に言って立ち去っただけだった。
本当は美人と知り合えてラッキー!だったが、お腹はそれを許さなかった。
彼女は通信途絶により戦況も僚艦が健在なのかすらも分からなくなっていた。
彼女は自分の艦が爆発する前に、一度だけ涙を流し、そして目を閉じた。
その時、彼女の艦に異常が起こった。 システム的にも解除不可のはずの重力ジャンプが実行されたのだ。彼女は目を開けて驚愕した。
自分の艦が星系から突然消えて、重力ジャンプに入ったのだと気付いた。
「何?何が起こったの?重力ジャンプ?でも、私は・・・」
ノリコ艦長は呆然としたが、次の瞬間気持ちを落ち着かせ、ブリッジに状況を確認せよと冷静に命じた。
彼女は氷の魔女と呼ばれ、男を寄せ付けない冷たい表情を持ち、軍の中でもかくれファンのいる妖艶な美人、彼氏なしの27歳だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます