24話。(奴隷商の長視点。)

 最近の稼業は散々だった。奴隷に関する規制が続いて軌道に乗っていた売上がじわじわと下がり、奴隷商品に掛けられる金が減り、奴隷商品の質が下がったから買い手は減る……負のループに嵌まっていた。そこからやっとの思いで手に入れた森人エルフの一家を使ったでかい商売、一世一代の博打でもあったこれが上手くいけば俺は一生遊んで暮らせるだけの身分と金を手に入れることができたはずなのに……。商談が纏まって後は日程詰めて渡すだけ、となった段階で森人エルフ共が逃げやがった。


 ご丁寧に見張り番は全員寝かしつけられていたが、奴隷の証としてつけていた首輪には主人として登録していた俺から一定距離無許可で離れると警告が来るようになっている。以前なら問答無用で、ある程度離れたらもう呼吸もできない程首輪が奴隷の首を絞め上げる機能がついてたってのに、今じゃ奴隷に苦痛を与える器具の装着が禁じられたせいでおめおめと逃げられちまった。手ぇ煩わせやがって、面倒くせえ……。怒りの余り警告音が鳴る受信機を掌で握り潰しちまった。ばらばらになった部品を地面に放り捨てながら、募る苛々に任せて周囲の部下達に怒鳴り散らす。


「さっさとあのクソ野郎共を連れ戻せ!商品の分際で俺に歯向かったことを後悔させてやる!捕まえたらテメェらも遊んでいいぞ!多少傷付いたって構わねえ、五体満足でいりゃそれでいい!分かったら早く行けこの愚図共が!」


 明らかに不機嫌な俺の姿を見て萎縮していた部下達は俺の怒鳴り声を聞いてようやく我に返り、慌てて奴隷共奪還の用意を始めた。言われる前にさっさとやれっつーの、奴隷にしてやられるし……全く使えねえ奴らだ。







 そして奴隷に追手を出してから数日経って、ようやく部下が奴隷を俺の下に連れて来た。だが一家揃って連れ帰ったのではなく、森人エルフの男だけだった。しかも良く分からねえ小綺麗な爺さんを連れて。話を聞くと、追っている内に森の中で一家の姿を見失ってしまい途方に暮れていたところ、この爺が森人エルフの男を連れて現れたらしい。奴隷の首輪をつけた男が必死に走っていたから奴隷が脱走したのだと思い捕まえたんだと。はっ、こんな姿になった挙句爺に捕まるなんてな。馬鹿丸出しじゃねえか。


 思ってもいない礼の言葉を爺に伝えてやると、爺の方から提案があった。森人エルフの商談に一枚かませてほしい、と。けっ、どうせそんなことだろうと思ったぜ。俺が手に入れる予定の金をくれてやるつもりはなかったから、すぐに断りを入れてぶち殺してやろうと思ったが……この爺が欲しいのは金ではなく伝手であるとのことだった。曰く、元は名のある貴族に仕えていた執事だったが、とある事情でその貴族に仕え続けることができなくなったらしい。今回の商談で相手となる貴族に自分のことを紹介して欲しい、そこから採用されるかは自分次第で、便宜を図って貰う必要もないと。


 嘘くせえ……胡散臭えったらありゃしない。そもそも何でこんな身分の高そうな爺が森の中にいる?それから森人エルフを捕まえて現れるタイミングも完璧すぎる。幾ら何でも話が。しかも提案に乗ったところで俺達が損をすることはねえ。何ならこの爺の能力次第じゃ紹介したこっちに貴族が感謝して新しい商売ができるかもしれねえ。だが、こっちにしか旨味がねえ話なんて大体ろくなことになりゃしねえんだ。


 だが、落ち目の俺達に運が向いてきたって可能性もある。そうだ、今まで快進撃だった俺達の輝かしい奴隷商人生がこんなところで終わるわけがねえ!神だのなんだのは信じていねえが、俺達なりに頑張って来た成果が報われる機会が来たんじゃねえか?もう一度俺の稼業を盛り上げるため、この爺の提案を俺は呑んだ。


 そして本題の森人エルフ。一度奴隷契約を交わせば、主人である俺に奴隷は犯行することはできない。奴隷印が刻まれている限りこの森人の男は俺の命令に逆らうことが出来ねえってわけだ。だから『お前の家族はどこにいる?』と俺が聞いちまえば勝手に身体が反応してしゃべっちまう。それなのにこの男は少しでも俺の命令に逆らって家族を守ろうと必死に口を閉じようとしながら、結局家族の居場所をゲロっちまった。


「……っ、妻と、娘は……森の奥に、あるっ……洞窟の中に、隠れて、いる……っう……くぅ……すま、ない……。」


 奴隷契約の効果で簡単に家族の隠れ場所を敵と呼べる存在に話しちまったのが余程効いたのか、最後には泣き出しちまった。俺も含め、周囲を取り囲んでた奴らがあざ笑う。奴隷ってのは本当、哀れで無様で、情けねえなぁ。そんな中、爺だけは張り付けたようなほほ笑み顔で口を出すこともなく俺達全員を見ていた。不気味な爺だ。まぁ安心しろよ、あの森人エルフの女共は俺達が責任持って貴族の下へ届けてやるからよ。その前に手間賃として色々楽しませて貰うがな!






 森人エルフの男に目当ての洞窟へと案内させる。商館を出る前に何かこちらに不利益な情報はないか男に吐かせようと尋問したところ、洞窟の中には魔物がおり、森人でも勝てそうもない強力な魔物も中にはいたという話も聞いた。じゃあどうやってお前は生き延びたんだと聞いたら、魔物は妻と娘を優先して追いかけてどこかに行ったと。ちっ、嫌な話を聞いちまったぜ。男よりも価値の高い女共が死んでたらどうしてくれるんだよ。とりあえず集められる手勢全部集めて……200とちょっとってところか?こんだけの戦力連れて商品は死んでました、なんて結末ならとんだ間抜けだぜ。その時はもう憂さ晴らしにこいつもぶっ殺してどっかに逃げるか。


「こ、この道です……ここをまっすぐ進んで行けば、洞窟に……っぐ……!」


「嘘だったら今度は耳じゃなくて首が飛ぶからな、覚悟しておけよ!」


 少しでも胸に溜まった鬱憤を解消しようと森人エルフの男を殴りつける。さて、んじゃあ商品の回収に行くとしようか。魔物の素材も手に入れて、一石二鳥だぜ。



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