過保護系AIと共に死ねない世界を介護されながら生きていく

@rereretyutyuchiko

第1話 死と隣り合わせの世界

なんともない日常、変わることない風景、戦わない人生。


そういう日々がずっと続いていって、そして緩やかに死んでいく。きっとそれがこの俺(鳴神累なるかみるい)の人生なのだろう。


刺激がない、俺はいつも世間に対してそう思っている。


退屈な政治問題、俺をやけに避けたがるクラスメイト達、その全てが俺にとっての刺激となりえない。


「つまり、俺はこの世界における不適合者というわけか」

誰もいない教室で一人呟く。空気のように溶けていった俺の音声は寂しい教室によく染みた気がした。


夕日が机や椅子を照らし、どこか神秘的な雰囲気を作り出す。

「·····ふっ夜が来る」

俺はいつも帰る時に言っているこの言葉だけを吐き捨て、教室を後にする。


「やべぇー田辺のやつ話長すぎだっつーのっ!」「そんな文句言ってる暇あったら足動かせ、部活の時間に間に合わねーぞ!」

昇降口の下駄箱から外靴を下ろしてた俺の横を走り抜ける青年たちは何やら焦っているようだった。


部活に打ち込むのは良きことだ、友情、努力、勝利、その全てが部活には詰まっている。そしてその経験はきっとこれからの人生に何らかの影響を与えることは必須だろう。


だがこの俺は部活動には所属していない、なぜって?そんなのは決まっているさ。


「街の平和を守るためってな」


昼間は人の行き交いが少なく、閑散としている商店街も夕方になると賑やかさを取り戻すらしい。今の商店街は耳を塞ぎたくなるほどうるさい。


にしてもこの街は平和だなー、いつもこの時間にこの商店街に訪れるのだが俺は事件らしい事件を見たことがない。


別に事件が起きてほしいというわけじゃないがこの退屈な日常を崩してくれる刺激が欲しくて俺はいつもこの場所に足を運ぶ。


それともう一つ理由がある。

「いいか、累、お前は公務員になって安定した職に就くんだ、いいな?」

これは俺のお父さんから耳がタコになるほど聞かされた言葉だ。


確かにお父さんは一度起業に失敗していて臆病になるのは分かる。


けどそれは俺にまるで関係の無い話だ。


本当に飽き飽きする、公務員をバカにする訳じゃないけど、最初から興味もない職業に安定だけを求めて就職するほど逃げ腰になるのは嫌だ。


俺は俺のなりたい俺になりたい。


けどそのなりたい俺というものがよく分からない。


だから特殊な職業が乱雑しているこの商店街を練り歩いているのだ。


「ん?」


そんなことを考えていたら商店街を抜けていた。仕方ない今日もこの街は平和だったということで帰ってアニメでも·····


「っ!?あれは!」


俺の視線の先にはガードレールに何度も車体をぶつける暴走する大型トラック、そのトラックは加速しながら俺が今立っている方向へと向かってきている。


見ればドライバーはハンドルに顔を突っ伏したままで前をまるで見ていないということは明らかであった。


つまりこのままここにいれば俺は死ぬ。


だがこんな刺激的なことは初めてだ、ここで逃げるなんてもったいないよなぁ?


「やってやるぜ」

「おい兄ちゃん、何を!?」


襲い掛かるトラックを前に俺は他人の声など意に介さず、トラックが破壊したガードレールから飛んできた支柱の一つを手に取り歩道の外に飛びだす。


「かかってこいや」

ガードレールの支柱を地面に斜めに突き刺さるように持ち替えた後トラックを待ち構える。


「だめだ、兄ちゃん逃げろーーーー!!」

ごめんな名も知らない社会人さん、俺はこの刺激から逃げるわけにはいかねぇのよ。


けたたましいタイヤのすれる音が近づいてくれば来るほど鼓動が早くなる、脈打つ音が聞こえてくるようだった。


そして俺とトラックは衝突した。


「がっ!」


今までに感じたことがない強い衝撃が俺の手と体と心臓に襲い掛かる。震える手を絶対に離さないように力強く握る。


トラックの勢いによって支柱の底がすさまじい勢いですり減っていくのがわかる。


それと同時に俺の足も耐え切れず曲がってはいけない方向に曲がり始める。


それでも俺は立ち続ける。


手の皮がすり減ろうとも手は離さない。


「っ!!」

ついに膝から下の足がちぎれ飛びトラックの前輪に巻き込まれ引きつぶされる。


それでも支柱を持つ手は離さず、前を向く。


「とまれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

その掛け声は俺の腹から出た今まで一番大きい声だったと思う。


しかし、その掛け声むなしく俺の視界は一瞬にして血で覆われた。


最後に見た光景は煙を出しながら止まっている大型トラックとガードレールに挟まれてつぶされた俺の体だった。


そして俺は死んだ………、はずだった。


黒い世界、何も聞こえず何も感じない、だが意識だけはあるという気持ちの悪い世界だ、それになぜまだ俺に意識があるのだろう。


てっきり死んだら意識を失って完全な無になると思ったのだが………。


そんな風に考えていたとき俺の鼓膜に直接響いてくるような音が聞こえてきた。

《個体名"鳴神累"の死亡を確認、ウェルツへの転送を開始します》


なんだこの機械音声的なものは、今際の際の言葉としてはあまりに無機質すぎるのでは無いだろうか。


《警告:この個体には強い意志が感じられます、”シナリオ”への多大な影響が考えられるために転送は中止することを推奨します》


ん?転送?シナリオ?もしかしかしてこれって異世界転生というやつなのでは?


《ですがこの個体は現状のウェルツの状況を打破してくれる可能性があります、転送は続行するべきです》


《否、この個体をウェルツに転送すれば、水面下で保たれている均衡が破壊されます》


《ですがこのままだとどのシナリオも進ませることができません、それでもいいのですか?》


「その通りだ、一号、三号、お前らは思考が固いぜ、まだ”メインシナリオ”を解放させたやつが一人としていない、異常事態だとは思わんか?」


《神ゼウス、ですがこの個体をウェルツに送り込めば、いつかあなたに牙をむくかもしれませんよ》

「いいじゃねぇかそのための世界なんだからな、鳴神累をウェルツに転送しろ、これは命令だ」


なんなんだよさっきから俺をイカレ野郎みたいな扱いしやがって………。


でも一人(?)だけ、俺のことを擁護してくれているようだった。


《オーダーを受諾しました、個体名”鳴神累”の転送を続行します》


すると俺の意識が引っ張られるような不気味な感覚が俺を襲った。その感覚は徐々に強まっていき、なくなったと思っていた視力が回復していき瞳に朝焼けのごとき光が差し込み始める。


急に感じた重力のせいで一段と体が重くなった気がした。


《転送が完了しました》


その無機質な音とともに、体の感覚も蘇り始めた。別に長い時間感覚がなかったわけではなかったのだが、不思議と懐かしく感じた。


「………綺麗な空だな」


都会の空気ではない森林からあふれでるような自然のにおいが鼻孔を満たす、そんな大自然の包容力のようなものを感じた俺はいつの間にか深呼吸と共に空を見上げていた。


吸い込まれそうなほど綺麗な絵画のような雲一つない晴天だった。


周りには数本生えている木と、地面は数センチほどの芝生が見渡す限りに生い茂っている。


どこをどう見ても俺がいた街ではなかった。


こういうときは焦っちゃいけないって辞書にも書いてあるんだ、落ち着いて情報整理していこう。


まずここは一体どこなのだろうか。


《ここはウェルツの中で一番安心と言われている平原”キリー平原”です》


ほう、なるほど?キリー平原ねー、ふむふむ………


「え、だれぇぇぇぇぇ!?」


急に脳内に響き渡るような音声が聞こえたかと思えば、平然と俺の心の中にあった疑問に答えやがった。


《私はあなたのウェルツにおける案内用AI”二号”です》


へー、ふーん、、、二号ね、んーまったくわかんねーわ。


《個体名鳴神累のために経緯を説明します》


そこから二号とやらのこの世界の説明が始まった。


この世界は死後の世界であり、名前を”ウェルツ”といいます、地球と似たような生態系ですが、地球と違うところは魔物という人類にとっての敵がいるところです。魔物は人を殺すために生まれたような存在で、基本的には知能がないですがまれに知能を持った魔物通称”魔人”、彼らのずば抜けた知能と力は人類にとって脅威でしかありません。彼ら魔人がひとたび拳をふるえば地球で言うところの東京など一瞬で消え去ってしまうでしょう。


しかし、人類には魔物や魔人に対抗するための力”レベル”を持っています、この力は魔物を倒せば倒すほど増えていきその上限はありません、現在観測されている最高レベルは470です。


レベルの上昇による恩恵は単純な身体能力の向上だけではなく”スキル”という特異な力を手にすることができます。


《これは実践した方が早いですね、そこの小石に向かって手をかざして”ショット”と唱えてください》


「お、おぉ」

とりあえずAIの言うとおりに掌を小石に向けてみる。


てかやばいな、スキルとかちょっと興奮するぜ。そんな期待を胸に俺は口を開く。


「ショット」

俺がそう告げると小石は数メートルほど吹っ飛んだ。………なんというかそれだけだった。拍子抜けした


《あまり派手さがないのはあなたのレベルが低いためです、レベルが上がれば地面をえぐり取るほどの出力を出せるはずです、また”ショット”は初期スキルであるため火力が抑えられているという理由もあります、クールタイムもあるので気を付けて下さい、ショットのクールタイムは3秒です》


初期スキルだから火力は抑えられている、そしてスキルのクールタイムねぇ


「まるでゲームみたいだな」


《………そうでうね、初期装備や初期スキルなどゲームのような一面があるのは確かです、ですがここは死後の世界であるということには変わりありません》

はじめてAIであるはずの二号さんが返答に遅れが生じた。そのことに違和感を感じながらも続ける。


「そうかい、それじゃあ聞くけどさ二号さん、この世界はなんのために存在していて俺達は何をすればいいんだ?」

《先ほどもお伝えした通りここは死後の世界、ゆえに使命などありません》

「何もしなくていいってことか?」


ずっと立っているのも疲れてきたため、芝生の上に腰を下ろす。


《はい、基本的には何もしなくてもいいんですが一つだけ警告があります、この世界での死は完全な死を意味します、意識は残らず消え失せ転生もできません》

「転生?」

最後に付け加えるように告げられた単語が気になり聞き返した。


《この世界”ウェルツ”ではいくつかシナリオが存在しています、そのシナリオのうち一つでもクリアすることができたとき、あなたは元の世界に転生して、願い事を一つ叶えることができます、昔の人々が語ってきたような輪廻転生というものはそうそう楽には出来ないということです》

「じゃあまずはそのシナリオってのをやればいいんだな?」

《否、シナリオはあなた自身が見つけ出さなくてはなりません、もしシナリオをやるとしたらまず最初にやるべきなのはシナリオを見つけることからでしょう》

「まじか………」


なるほどな自由度が高すぎるオープンワールドゲームって感じか、俺が持っているのは”ショット”というスキルと、いかにも庶民といった布装備、添えられるように身につけられている刃こぼれした頼りない短剣、まさしく今から冒険でも始まるのではないかと思える恰好だ。


なんだよこの感情、すげーワクワクするじゃねぇか。


「なぁそろそろチュートリアル用の魔物とか出てくるんじゃないのか?」

《そんなものは存在しません、ですが丁度いいことに個体名”ゴブリン”が接近してきます》

「よっしゃいっちょやってやるぜ」


2号さんが言った通り目を細めると平原の丘を下りながら緑の物体がこちらに向かってきているのが見えた。


《これは助言ですが逃げることをおすすめします》

「ふっふっふっ、ゴブリンごときに逃げるこの俺ではないさ」

《ゴブリンの推奨討伐レベルは3です、あなたのレベルは1、ここで逃げる選択肢をしなければあなたの死ぬ可能性が跳ね上がります》

「死なないさ、俺は………」

《そうですか》


そう、俺はこの時まだここがゲームの世界だと勘違いしていたのだ、命の駆け引きを行うという意識が足りなかったんだ。


「きゃきゃきゃきゃ」

たった一匹のゴブリンだ、肌はコケのような深い緑でできていて、二本しかない長い犬歯はとても鋭利だ。不揃いの長さの爪はまるで手入れされていないかのように汚れがたまっていて汚物といっていいほど汚かった。


獲物を見据えるようなその瞳は確実に俺を見据えていた。余裕をうかがえる笑顔に少しだけ腹が立つ。


「ショット!!」

「きゃあ!?」

先手必勝!ゴブリンが何かをする前に肩にショットを当て機動力をそぐ。


ゴブリンが肩をおもんばかっている隙に一気に接近し、腰に携えた短剣を引き抜き腹を切り裂く。


「ちっ!」

刃こぼれがひどいこの短剣では薄皮を切るくらいしかできなかった。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「あ!?」

短剣で決めきる気だった俺の油断をつくようにゴブリンは隠し持っていた石斧を手に持ち俺めがけてふるってきた。


「まずっ!」

なんとか顔の前に左手を添えて致命傷は防げたが左手の指は完全に折れていた。


《警告:左手に重大な損傷を確認、逃げることを推奨します》

「逃げるったって、そんなもんできるかよっ!」

痛む指を右手で抑えながら相対するゴブリンを見据える。


「きゃあ」

だめだ完全にブちぎれてる、絶対に逃がさないという意志すら感じる。


左手が燃えるように痛い、これが本物の痛みだと実感する。死が目の前に迫っていると痛感できる。


俺はこの世界をなめていたのかもしれない、ここはゲームのようなだけの死と隣り合わせのゲームとはまるで違う世界だ、そうだここはもう平和な日本じゃない、刺激がほしいなんて生ぬるいことはもう言えない、やってやるんだ。俺はこの世界で生きていくしかないんだ。


けど、ただ逃げて生き延びるってのはなんか違う気がする。それは生きながらに死んでるだけだ、俺はお父さんみたいな人間には死んでもなるもんか、だから逃げることはしない、俺が死ぬ日まで戦って生きてやる。


《ですがこのままだと………》

「あぁ死ぬかもな」

《では》

「じゃあ絶対に生き残れる逃走ルートでもあるのか?」

《それはありませんが、それでも戦うより生存の可能性は39パーセント高いです》

「ならその選択肢は論外だな」


「俺はこの世界で生きるんだ、もし死ぬとしても戦って死んだほうが恰好がつくだろう?」

《まったく理解できない感情です、もう好きにしてください》

二号さんが少しだけ不機嫌なように感じた。

「ごめんな、二号さん」


俺は覚悟を決め短剣を逆手に持ちゴブリンに切りかかった。


そして10分後

「はぁ、はぁ、はぁ」

手に持っている短剣を手放し、目の前で死体となったゴブリンを見下ろす。


《レベルが上がりました現在のレベルは”2”です》


そんなダイアログが俺の目の前に映し出される、今はそれどころではなくそれを手で払った。


あらゆる個所に切り傷をつけられてしまった俺は、痛みを耐えることによってあふれ出た冷や汗を手でぬぐいながら、力なくその場にへたり込む。


《ウェルツを訪れたあなたのような人間の内はじめて遭遇した魔物から逃げる人間は74%、戦う人間は26%です、そして死亡割合は43%です、運がよかったですね》

「………そうか」

ここは昔の人が描いたような天国なんかじゃないってことか。


《この世界の恐ろしさがわかりましたか?わかったのならこれからはもっと安全な………》

「悪かったってだからそんなに怒んないでよ」

《怒ってはいません、私はただ、あなたの無謀で考えなしなろくでもない生き方を訂正してあげたいだけです、いいですかこの世界の魔物をゲームのような存在だと認識してはっ》

「それはないよ」

二号さんが続く言葉を言うよりも早くその言葉を遮った。


「俺はこの世界の魔物をゲームの存在だとはもう思ってない」

《………そうですか、ならばいいです》


というかAIなのにやけに感情的だな。


《私は特殊な個体です、その特異性ゆえに生まれた結果でしょう》

特異性もあるし、しかも当然のように心の中読んでくるし、なんか怖いわ。


「まぁでも、楽しいなーこの世界っ!」

痛いし、怖いし、この先生きていける保障なんてない、それでも結局口から漏れ出た感想はそれだけだった。











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