倒錯のマリアージュ(仮)

「今更って思うかもしれないけどさ、」


 急に改まった態度を見せられ、マーニは身構えた。エルドがこんな顔をするときは決まってヤバい話に違いないのだ。以前この顔をしたときは、確か近衛内で隊長と喧嘩になり謹慎を食らったとき。今度は一体なにをやらかしたのか。


「今度は……なにをしでかした?」

 真面目な顔で訊ねるマーニに、エルドは眉をひそめた。


「お前、俺が今からなにを言おうとしてるのかわからないのか?」

「え? わかるわけないだろう?」

 きょとん、とした顔で言い返すマーニを前に、エルドは大きく肩を落とした。

「はぁぁ、俺、結構頑張ってたつもりだったんだけどな」


 エルドとマーニは共に城の近衛隊に所属している。幼馴染でもあり、マーニはエルドの初恋の相手でもある。そしてその恋は今の今までずっと続いている。


 マーニは男勝りな性格で、兄と弟に囲まれて育ったせいか、色恋には疎い。匂わす程度ではまったく好意を察してはくれず、エルドは苦戦していた。


 大体、男勝りだとはいえ、マーニは美人なのだ。近衛隊はほとんどが男なのである。マーニがモテないはずがない。近寄ろうとする男たちを片っ端から牽制し、ずっと隣を陣取ってきた。事ある毎に褒め称え、支え……ているつもりなのだが、二人の関係は一向に進展がないままだ。


 ちなみに今日は君主のご令嬢、ラスティアーヌの護衛で田舎町まで足を伸ばしている。ここには別荘があり、今年十七になるラスティアーヌはよくこの別荘で一人の時間を楽しんでいた。今は庭先で読書をしており、更に、


『とっとと告白しなさいよ!』


 と発破をかけてくれたのも彼女だった。


 せっかく勇気を出して告白しようと森の中に呼び出したというのに、甘い雰囲気一つ作れず、このざまだ。


「大した話でないなら戻るぞ。ラスティアーヌ様を一人で残してくるなど、職務怠慢だ」


 真面目かっ。


「ちょ、待ってくれよ。だから話が、」

 振り向きかけたマーニの手を取ったその時だった。


「きゃぁぁぁ!」

 屋敷の方から聞こえたのはラスティアーヌの悲鳴だった。エルドとマーニが弾かれたように駆け出す。

「ラスティアーヌ様!」

 屋敷の庭先、ベンチにいたのは、

「まさかっ、」

「こんなところに、なんで…、」

 エルドとマーニが腰の剣を抜く。


 目の前にいるのは黒い服を身に纏った男。見た目は若そうだが、自分たちよりずっと長く生きているに違いない男。頭に、螺旋状の角がある……魔物ジン


「護衛、か」

 長い前髪を掻き分けると、赤く光る眼が二人を睨む。

「こんなところに魔物とは…、」

 マーニが唇を噛みしめ、剣を構える。


「ちょっと待って、二人とも攻撃しちゃダメよ!」

 ベンチに座っていたラスティアーヌが、立ち上がって命を出す。

「しかし、ラスティアーヌ様っ」

 マーニが魔物を睨んだまま叫ぶ。

「絶対ダメ!」

「くそっ」

 剣は構えたまま、マーニが一歩引く。


「ほぅ、攻撃するな、ときたか」

 魔物がラスティアーヌを見る。置かれている状況がよくわかっているということか。今、攻撃を仕掛ければ、魔物は二人の従者を殺すだろう、と?

「そうよ。だってあなたはまだ何もしていない。ただ私の前に現れただけですもの。手を出す必要も意味もないわ」

 予想外の答えに、魔物は唇の端を少しだけ、上げる。

「ほぅ、面白い女だな」

「よく言われるわ」

 一切物怖じせず、答える。


「何しに現れた!」

 今度はエルドが訊ねる。

 折角いいところだったのだ。なんで邪魔されなきゃならんのか!


「何しに……? まぁ、退屈しのぎか」

 魔物がしれっと答え、そのどうでもいい答えにエルドがキレる。

「はぁぁ? 暇つぶしで俺の一世一代の告白邪魔したのかよっ」

 完全に八つ当たりだった。

 そしてそれを聞いたラスティアーヌが向こうから怒鳴る。


「エルド! まだ言ってなかったの? 何してるのよ、あんたはっ!」

「あ、すみません」

 シュンとするエルド。

 それを見たマーニが剣を下ろし、エルドを見る。


「なんでラスティアーヌ様が告白内容を知っているんだ? お前、本当に何をやらかしたんだっ?」

 矛先が自分に向けられたことで、エルドも剣を下ろしマーニに向き合う。


「だからっ、その、俺は、だな!」

 雰囲気もくそもないではないか。


「お前ら、何言ってんだっ!」

 魔物が口を挟む。


「お前は黙ってろよ! 今から告白するんだ、俺はっ!」

 しっちゃかめっちゃかである。


「俺は、だから…その、マーニの事が好きなんだよっ」


 言った!

 ついに言ったのだ!

 ロマンチックの欠片もないシチュエーションだが、面と向かって!


「……は?」


 カシャーン


 言われたマーニは顔を真っ赤にして、手にした剣を落とした。


「俺、ずっとお前のことが好きだった。でも全然気付いてもらえなくて。てか、お前が鈍すぎるんだからなっ」

 エルドもまた、顔を真っ赤にしている。

 遠くでラスティアーヌが小さくガッツポーズを作っていた。


 が、わなわなと肩を震わせている人物が一人……。


「おーまーえーらーっ。俺を無視して何の茶番だっ!」

 存在すら無視され、誇り高き魔族としては黙っていられるはずもない。

「まぁ、そう怒らないであげてよ。やっとここまできたんだものっ。ああ、本当に長かったわ~」

 ラスティアーヌが何故か魔物をなだめる。

「だから、そんなの俺には関係、」

「あるわ!」

 ピッと指を立て、その指先を向ける。


「あなた…、えっと、私の名はラスティアーヌ。あなたのお名前は?」

「は?」

 いきなり名を名乗る目の前の不思議な人間を見て、首を傾げる。

「だからぁ、お名前、教えてくださらない?」

「なんで」

「お話するのに不便だからよ」

 当り前でしょう? とでも言わんばかりのラスティアーヌ。


 どうも調子が狂う……。


「イザナ…」

「そう。じゃ、イザナ、あなたここに現れたのは『暇つぶし』だと言ったわね?」

「……まぁ」

「だったら今、最高に楽しいイベントが起きていることに気付いてちょうだい! 長年の幼馴染だった二人が、その関係に終止符を打って進展するか否かの瀬戸際なんだから!」

 目をキラキラさせて一気に捲し立てる。しかしイザナにとっては、惚れた腫れたなどどうでもよかった。


「興味ねぇな」

 吐き捨てるように言う。

 と、

「はぁぁ? 俺様の今後が掛かってるっていうのに興味ないとはどういうことなんだ、ええっ?」

 エルドが突っかかる。相手が魔物だということを、この場で冷静に感じているのはマーニだけらしい。


「人間の色恋などに興味はないと言っているのだ! 俺は、お前たちをっ、」

 怒鳴り散らすイザナを横に、ラスティアーヌがポケットからこっそりと小瓶を取り出した。蓋を開け、テーブルに置いてあったカップに液体を数滴垂らす。


「ちょっと落ち着きなさいよ。はい、これ飲んで」

 手にしたカップを何の躊躇もなく渡す。

 イザナは促されるがまま飲み干した。

「ああ、旨いお茶だな」

 そう、感想を言い終わるや否や、バタンとその場に倒れてしまったのだ。


「ええっ? ラスティアーヌ様、一体なにを入れたのですっ? まさか、毒……?」

 驚くエルドに、ラスティアーヌは満面の笑みで答える。


「これはねぇ、惚れ薬」


 嫌な予感しかしないエルドとマーニだった。




****************************


ああ、これは……

風のまにまに、のグランティーヌの孫設定で書き始めた話ですな。

異世界ファンタジーのラブコメ路線で書こうと思って。

グランティーヌの孫、ってのは私の中の裏設定で、お話とは無関係です!

これもいつか書くよ、うん。

案は、あるので。

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