輝かない花~lose its color~

コミコミコ

第1話 忘れられない頬

 カァーン。カァーン。


 鐘声が村中に鳴り響く。村の中心部にある教会が時刻を知らせる音だ。


「はぁ~何も浮かばないな~」


 珠記こときは窓ガラスに頬を密着して、白目を向いていた。部屋中を埋め尽くさんばかりに置かれている紙束に埋もれながら、机には大量の五線譜が書かれた紙とペン。床やベッドの上など至る所に転がった音楽に関連する書物の山。この光景が見慣れたもので珠記にとっては日常だった。


「ふふ。またやってる」

「変な顔~」


 通行する住人達が笑いながら通過していく。でも珠記は気にしない。自分の歌詞作りのために思考を巡らせてればどうてもいいことだった。それでもたまに変顔になってしまうのはご愛敬。


 その時だった。突然、窓から暖かい熱が伝わってくる。


「なんか温かくなってきたな~」


 珠記が窓に目を向けると、そこには――


「うわっ!」


 目の前には少女が向かいの窓ガラスに頬をペタっと付けていた。とても綺麗な白い肌に長い銀髪。服装はワンピースで可愛らしい顔立ちをしている。それよりも、その柔らかそうな頬の感触がガラス越しでも伝わってきそうだ。少女が頬を離して目が合うとニコリと微笑んでくる。その笑顔に珠記は見惚れてしまう。


 それから数秒ほど経つと、少女は走り去っていく。珠記は急いで玄関を開け外に出たが少女はもういなかった。しかし、頬にはガラス越しから伝わった暖かみが残っていた。その瞬間に珠記の頭の中にあったもやが吹き飛ぶような感覚になる。


 それが、二人にとって運命の始まりだった。


 **********


 それから二日後。珠記は隣街の中央広場にいた。ギターを片手にベンチに腰を掛けて、歌を唄っている。それは、あの日に出会った少女に向けての歌だった。珠記はたった二日の間に曲を作り上げたのだ。


 その歌に誘われるように街の住人達が集まってくる。そして、その歌声は夕暮れまで止まらなかった。


 **********


(あ~今日も疲れたな)


 家路につきながら珠記はため息を吐いた。夕日に向かって飛んでいく鳥の群れ。そんな姿を見つめながら、珠記は二日前のことを思い出しては頬を染めながらニヤけるのだった。


 カァーン。カァーン。


 家に着く頃には鐘の音は聞こえなくなっていた。珠記はそのまま家の中に入る。


「おかえり。珠記」


 家の中には隣に住む、散華さんかが夕食を作って待っていた。


「ただいま。散華。いつもありがとう」


 散華とは四年前、この村に住み始めたときからの付き合いだ。長い黒髪に眼鏡を掛けている。その透き通った声は聴いているだけで心地よくなるものだ。料理が得意な彼女は、いつもこうやって珠記の帰りを待っていてくれる。


 二人は一緒のテーブルで向かい合って食事をとる。それがいつもの二人の習慣だ。


「今日はどうだったの?」

「いつもよりお客さんがたくさんきた~」


 散華はふふっと微笑みながら、嬉しそうに語る珠記を見つめる。


「今度あたしも見に行こうかしら」

「散華も来てくれるの!嬉しいな~」


 珠記は嬉しさのあまり、頬を緩めながらご飯をかきこむ。


「珠記はすぐ可愛い子に目移りするから心配だわ」


 散華がため息をつきながら、困った顔をする。


「可愛い子……」


 珠記は二日前の少女を思いだす。あの少女は可愛かったなと今も頭によぎるのだった。


「どうしたの?」

「え!?ううん!なんでもない!」


 散華の言葉で珠記は慌てて否定し、食事を再開するのだった。


「怪しい……」


 散華はジト目で珠記を見つめる。彼女は勘がいいので何か隠していることがバレるとしつこく追求してくるのだ。


「あは。あはははは」


 珠記は笑って誤魔化すのだった。


 **********


 カァーン。カァーン。


 翌日。朝を告げる鐘の音が村に鳴り響く。珠記は目を覚ました。ベッドから起き上がり背伸びをする。そして、カーテンを開け窓の外を見ると、丁度朝日が顔を出したところだった。


「今日も平和だ~」


 珠記は朝日に照らされながら微笑んだ。


「あれ?いけない!今日集会の日だった!」


 集会というのは村の人達が集まって話をする日のこと。それは主に収穫した作物の配分や、それぞれの近況報告などが目的だ。朝一の鐘声が集会の開始の合図だ。そう。すでに遅刻は確定している。


「まずい!」


 珠記は急いで支度を済ませて勢いよく玄関の扉を開けた。


 ――――――――――


 だが、扉を開けた瞬間に珠記の時間が止まってしまった。目の前には美しい銀髪を靡かせる少女がいた。


「君は……」


 珠記は目を見開いて呆然とする。それは二日前に出会ったあの少女だった。服装が変わっていたので、一瞬誰か分からなかったが、もちもちっとした愛くるしい頬はあの日のままだった。


「初めまして。常生ときなといいます。今日からよろしくお願いします」

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