無為な願望

鈴乱

第1話


『人というのは、至極面倒な作りをしているな』


 手のひらを太陽にかざし、手を流れる血の色を眺める。


『物を食わねばならん。水も飲まねばならん。それだけでは飽き足らず、この肉体をも動かしたり、休めたり……。やることが多すぎる』


 人の身で生きて既に何十年も経った。

 もはや人の身でなかった頃の記憶など、ぼやけて薄れていく頃合いだ。


『そして、この流れゆく時……』


 人の身でない時は、全てが可能だった。思い、願うだけで、瞬く間にそれが現実となり、苦労だの努力だの、そんなものは一切が不要だった。

 時間というくくりも、次元という括りすら、超越した世界だったのだ。


『懐かしいな……』


 あの頃は、不可能などなかった。


 まぁ、人間になったからといって、その力が使えなくなったわけではない。

 人間ではなかった頃と比べて、工程が増えただけだ。


『……しかし、煩わしい』


 食べ物を口にしなければ、思うように動かぬ肉体と精神が恨めしい。


 ごろごろしていても、自動で生きていけるような形に何とかしてならないものだろうか。




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無為な願望 鈴乱 @sorazome

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