二十四本桜 躍動

「ブラヴォー、実に面白い試合でした」


 貴賓室から試合を眺めて、拍手を送るDボゥイ。一方でサラディンは無表情のまま、国王に至っては冷めた視線を向けていた。


砂鯨サンドリオンを倒した話も、紛れフロックではなさそうじゃ」


「それよりも次です! ウシワカちゃんが、出てきますわぁ!」


 王妃は待ちきれない様子で、隣に座る国王の肩を掴んで揺らしてみせる。


「おお、そうじゃな。よく見ておかんとのぅ」


 明るい声と裏腹に国王の目は笑っていなかった。



 ――無事に初戦を乗り越えた大和は、すれ違い際牛若へ一声掛けていく。


「こういうの、前に師匠が教えてくれたよな。確かユーベン……ジットー?」


「有言実行」


 舞台中央に立つ牛若。観客の気勢ボルテージも上がる中で、司会が対戦相手を告げる。


「さぁ次は人気沸騰の彼が出陣だ! ファンの皆に良い所を見せられるか⁉ 第二試合、ウシワカ選手バーサス――千本桜五十位、カンダータ選手!」


「「「うおぉおおおおおおおぉぉおおおッ‼」」」


 歓声と共に現れた大男。大銀杏を真似た髪型に、毛むくじゃらの上半身を露わにしている。パッと見巡業中の力士だが、手には巨体を隠せる程の大盾を装備していた。


「千本桜のタンク役、『どすこい騎士』カンダータ……愉快な見た目と違って強敵だよ」


 カンダータは私もよく知っている。身体を鍛える事が好きな男で、団員達の娯楽レクリエーションとして相撲大会を行った際、上位陣が不在だったとはいえ準優勝に輝いた実績を持つ。


 私のいた異世界に興味を持ち、すっかり日本かぶれになってしまった事には少々責任を感じている。


「彼があんな感じになったのは、君が原因か……」


 審判の指示で、牛若とカンダータが向かい合う。正に子供と大人といった感じだ。


 チラリと貴賓室へ視線を上げれば、王妃が国王の胸倉を掴み暴れているではないか。恐らく溺愛している牛若の対戦相手が気に入らないのだろう。


 そんな周りと反して、牛若は落ち着いている。対戦相手を眺めた後、疑問に思った事を口に出す。


「たてだけですか? 他にぶきはないのですか?」


 カンダータは高笑いした後、丁寧に解説する。


「武器は、この鋼の肉体よ! 立ち会いで一気に、場外まで押し出してくれよう!」


 その場で豪快な四股を踏むカンダータ。この場に塩があれば振りまいていた所だろう。


「両者、前へ! レディィ……ファイッ‼」


 合図と共に銅鑼ドラが鳴った。宣言通りカンダータは大盾を前に突き出して一気に牛若へ攻め寄る。


 一方の牛若は抜刀もせず、そのまま素手で相手に向かっていく。


「ちょっ……何をしているんだ、ウシワカ君⁉」


 エヴァの悲鳴虚しく、両者がぶつかり合う。本来ならば体格で負けている牛若が弾き飛ばされている所だ。けれど実際に起こった出来事は違う。


「――こっ、これは……⁉」


 戦場でのカンダータは、同様の戦法で敵陣を破り勝利に貢献をしてきた。こと相撲に関して言えば、上位団員にも引けを取らない自信があった。


 だが、眼前の子供は押せどもピクリと動かない。巨木を相手にしているような錯覚にまで陥る。


「そんな……! 馬鹿な話が……!」


 顔を真っ赤にして、額から汗を吹き出しながらもカンダータは押す。


 同様に牛若も大盾を両手で押さえ、力を込める。


「ふぎ……! ぎぎぎぎぎぎぎ……!」


 ズズ、と巨体の足が下がっていく。信じられない光景に、観客達も動揺を隠せずにいた。


「魔法付与による強化バフ……?」


「いいや、魔力は使ってないぞ……嘘だろ……」


「あんな小さな身体で……押し勝ってる……?」


 全ては大岩を押す修行の成果。筋力は勿論の事、体幹の強さや力の使い方を叩き込んでいる。


「純粋な力勝負でも、そこらの者に負けはしない」


 自信を持って明言する私の言葉と呼応するように牛若はカンダータを押す。押す! 押す‼


「ぬぅううううううううん⁉」


「ふぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎっ‼」


 舞台端ギリギリで何とか踏みとどまっていたカンダータだが、遂に終わりが訪れる。


「だぁあああああああああああっ‼」


 牛若の押し出しによって場外へ落とされてしまうどすこい騎士。その瞬間、審判が勝敗を告げた。


「しょ、勝負あり! 勝者――ウシワカ‼」


「「「うおぉおおおおおおおぉぉおおおッ‼」」」


 せきを切ったように、観客が湧き上がる。だが騒ぎの当人である牛若は屈み込み、場外へ落ちたカンダータに「大丈夫ですか?」と言って手を差し出す。


「……完敗だ。お前さんこそ、将来の大横綱よ!」


 がっしりと握手を交わす両者。そのやり取りに、自然と観客席から拍手が起こる。


 再び貴賓室を見ると、今度は感動で涙する王妃が国王の頬を何度も叩いているのが見えた。……いや何も見なかった事にしよう。


「僕は、とんだ思い違いをしていたよ」


 隣のエヴァが突然そんな事を言い始める。


「ウシワカは力が弱く、ヤマトは技が苦手と思っていた。しかし、この二戦はそれら弱点を補う勝利を収めた。もはや隙は無いという事だね」


「いや、エヴァの指摘は合っている。一見、圧勝に見えても上には通用しないさ」


「そ、それほどまでなのかい……?」


 やはり完全に緊張は解けていないのだろう。仕方ない事だが、ここ一番で幼さが出てしまう。勝負に必要な駆け引き、実戦と経験が足りていないのだ。


 このまま黙ってやられる千本桜ではない。本番はここからと思うべきだろう。

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