第7話 追放

 俺が【剣聖技】へと再変換を齎した【α2J】スキルの効果を伝えずに、王国の庇護下から出ようと決意したのは、王国が胡散臭かったからだ。

なぜ姫が自らのフルネームを俺たちに伝えなかったのか?

そこには、高校生たち主人公組と俺たち巻き添え組の間に、明確な差別意識があったからだと思う。

俺たちのような、どうせ追放されるような者たちに、フルネームを語る必要はない。

そのような差別感情が、無意識に表れたのだろう。


 そして、優遇するとはいえ、高校生勇者たちを勝手に召喚し、己の都合で苦難の道へと追いやる気なのだ。

それもなんか違わないか?


 だから、元の世界に帰れないというならば、俺はこの世界で気ままに生きる事を選ぼうと思ったのだ。

生き残るのに【剣聖技】が役に立つだろう。

ならば、早めに王国の庇護下から出てしまった方が良いと思ったのだ。


 ◇


「サイモン講師、お世話になりました」


 俺は、この世界の知識を一通りサイモン講師から教えてもらうと、約束通りに補償金の追加を貰って王城を出ることにした。

所謂早期退職の割増金みたいな扱いらしい。

そのお金――1100万DGはキャッシュレス決済で、【お財布】へと収納された。

そして、サイモン講師の好意なのか、お金の種類を示すための小銭たち11万1千111DGも、そのまま【お財布】に入っていた。

そのため所持金は11,111,111DGとなっていた。

縁起が良さそうなゾロ目だった。


 俺は、この世界の冒険者と呼ばれる者たちに見えるであろう恰好に着替えていた。

スーツ姿では悪目立ちするからだ。

それら前の世界の衣服、靴、鞄とその中身は、ほとんど残していくことになった。

この世界では、他にも召喚された者たちがいるはずだ。

売って資金の足しにすることも考えたが、それらを売ることで俺が召喚者だとバレたら何があるかわからない。

トラブルに巻き込まれるよりは置いて行ったマシだろう。

その代わりにこの世界の下着や衣服、冒険者装備一式を受け取ったようなものだった。


 俺の手元には、スマホと充電器、腕時計ぐらいしか残していない。

スマホは電池が残っている間は使えるアプリもある。

腕時計はソーラー充電なので、この世界でも使え、時間を知るために重要なアイテムだ。

手元に残す価値があるのはこれだけだった。


 充電器など、電気の無い世界でどうするんだと思うかもしれない。

だけど、どうにか出来ると判明した時に充電器を持っていなければ充電出来ないのだ。

持ち続けるしかない。


 服の上に軽装革鎧を装備しブーツを履き、腰にショートソードと背に背負い袋を持った。

背負い袋の中には着替えやスマホ、そして冒険者として必要そうな道具やナイフ、目の粗い袋からフェルトの袋までが入っていた。

目の粗い袋はガチャオーブ用、フェルトの袋は宝石などの在野の収集物を入れる用らしい。

それが今の俺の全財産だった。


「ぷぷぷ、追い出されてやんの」


 俺が部屋から出て行き、その旅支度を見て、田沼が笑った。

バカな奴だ。おまえも後で追放だというのに。

俺は一日でも早く、この世界に順応するつもりで自ら出て行くことを希望したのだ。

せいぜい追い出されるときに、ゴネて最悪の事態にならないことを祈ってやるよ。


 他のメンバー、山田氏と佐藤さんは無関心。

自分だけが大切で他人には無関心の嫌な大人たちだ。

斉木さんはオロオロしている。

その反応は、ここに残れるかどうかの自信の有無から来ているように思えた。


 俺は後ろを振り返らずにその場を去った。

そのまま騎士に前後を挟まれて、王城の通用門まで連れて行かれる。


「悪いな。 この国にも都合があるのだ」


 騎士は、今までも召喚者を見送って来たのだろう。

そのような哀れみの言葉をかけて来た。


 だが、俺はそんな悲観的な考えは持っていない。

これが俺の異世界スローライフの幕開けになるだろうからだ。



残金:11,111,111DG

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