第66話 混乱する舞鷹市内

 街が魔界化で混乱しているだけならまだ良かった。人々はこの状況に慣れないとは言え、全員が同じ状況だから争うと言う事もなかったからだ。

 しかし、ここが魔界化されたと言う事は魔界の常識が適応されると言う事だ。具体的に言えば、街に魔獣が現れてしまった。マーガとも少し違う、魔界由来の大型の獣だ。やはり禍々しい姿をしていて、全長も2メートル以上のものばかり。これ、普通の人ではまるっきり対処出来ないだろう。


「何あの真っ黒で大きいやつ……」

「魔界の野生動物やろな。魔獣ってやつや」

「俺達がどうにかしないと」

「そう言う事や!」


 俺達はすぐに変身する。この再変身で、衣装の破損はすっかり直っていた。服の復元を確認した俺達は、すぐに出没し始めた魔獣の排除に向かう。標準的な魔獣は初期魔法で倒せたものの、マーガと違うのは死体が残る事だ。くたばった魔獣を見ると、野生動物だなと言うのを実感する。それと、若干の罪悪感も。

 けど、放置していたら間違いなく人間を襲うだろう。それだけはさせない。俺は心を無にして魔獣を倒しまくる。きっとピンクも同じ心境だろう。


 俺達が魔獣を倒しまくっていると、多くの車が我先にと郊外に向かって走っていくのが見えた。けれど、道はどこにも繋がっていない。街だけまるごと転移しているのだから当然だ。

 その先に待っているのは人が住めない荒野だろう。街から逃げてもどこにも救いなんてないのだ。


 本当は事情を知っている俺達がそれを市民全員に伝えなくてはならないのだろう。しかし、そんな手段は持っていない。いや、魔法を駆使すれば出来るのかも知れない。

 ただ、魔獣が出現した以上俺達はそこまで手が回らない。真紀さん達が動いてくれるといいんだけど。マルやミーコが気付いてくれたら……。


 次から次に湧いてくる魔獣を倒していると、街の外の光景を目にした車が次々に戻ってくる。電気も途絶えて信号も機能していない道路は混乱するばかりだ。警察官が状況を改善しようとしているけれど、うまく行っていない。

 この時、魔獣を倒している俺の姿を目に止めた警察官の1人が近付いてきた。


「お疲れさまです。ブルーさんは街がどうしてこうなったのかご存知ですか?」

「いや、ごめん」

「や、謝らなくていいんです。こんな異常事態、魔法少女でも理解が及びませんよね。失礼しました!」


 警察官はペコリと頭を下げると、また自分の持ち場に戻っていく。きっと市内の警察署は今は交通整理くらいしか出来ないのだろう。

 通信も出来ない、上からの指示もないとなると、大きな組織ほど身動きが取れなくなるんだろうな。今交通整理に当たっている警察官も独自の判断で動いている気がする。


 混乱は続いているものの、多くの人々は家に閉じこもるようになっていく。災害が発生した訳じゃないから、しばらくは暮らす事も出来るだろう。電気と水については不安も大きいけれど。

 人々が集まっているのは、病院と警察と市役所。別にゾンビが湧いている訳ではないので、外に情報を求める人は普通に出歩いている。


 俺達が魔獣を倒している事で、それを遠くから眺める野次馬も現れていた。やがてはこの世界が魔界だと言う事に気付く人も現れる事だろう。俺達を非難する声も出てくるかも知れない。俺達だって被害者でしかないんだけどな。

 ただ、街が魔界に転移したからと言って魔獣以外の被害が今のところないと言うのは不気味な話だ。四天王とかレイラとか、あの魔王とかが街に何かをすると言う事はないのだろうか。そもそも、どうしてこの街を魔界に移したのだろうか。


 何もかもが分からないまま、俺は淡々と魔獣を退治していくのだった。



 ――その頃、四天王達は魔界のそれぞれ自身の縁のある各地に散り、現在の魔界の状況の把握に務めていた。


 かつて繁栄していた街はことごとく朽ちて廃墟になり、在りし日の姿は見る影もない。各地に溢れるほどいた仲間の魔族の姿もどこにも見られなかった。かつて豊かだった自然も変わり果てた有様で、温厚だったはずの獣達も数を減らしてやせ細り、生き残るために凶暴化している。

 1000年前とはまるっきり変わってしまった魔界を見て、ヒュラは嘆く。


「どうして、どうしてこんな事に……」


 ヌーンもまた自分の故郷が見るも無惨な姿になっているのを見て、その場に立ち尽くしていた。彼が訪れていたのは魔界の学園都市。かつては多くの教授や学生達で活気に溢れていたエリアだ。ヌーンはここで天才の名をほしいままにしており、その成果が認められて魔王軍の四天王にまで上り詰めた過去がある。

 そんな当時最先端を極めていた街は危険視されたのか、徹底的に破壊されていた。


「小生が封印されている間に……何もかもがなくなってしまった……」


 その虚ろな瞳が見つめているのは1000年前の幻か、それとも今の何もない歴史の残骸の姿なのか……。


 ガドリスは紫に染まった川に入り、その淀んだ水を両手ですくう。かつては澄み切って良質な水が流れていた川だが、今は見る影もない。彼はこの川の麓で生まれ育ち、一族の仲間達と切磋琢磨して立派に成長した。川の豊かな生態系がガドリスの立派な肉体を育んだと言っても過言ではない。

 獣人が四天王に抜擢されると言うのは滅多にある事ではない。その奇跡はこの川があったからこそでもあったのだ。荒廃した魔界は、かつての豊かな川すらも死の川に変えてしまった。


「昔は、こんな汚れた生気のない水じゃなかった。水が死んでる……」


 彼は見覚えのある景色の見覚えのない光景を前に、大声で泣き叫ぶ。その悲しみの咆哮は飛ぶものも絶えた紫色の空に虚しく響くばかりだった。


 シーラは朽ちて原型を留めいていない建物の前にいた。そこは彼女にとって思い入れの深い場所。魔女達が集うかつての魔界の特異点のひとつだった。そこは魔力が収束するパワースポットであり、だからこそ多くの魔女達が集まりひとつの街を形成していったのだ。

 シーラはこの街で育ち、才能を開花させていった。多くの偉大な魔女を輩出したこの街の住民でも、四天王にまで出世したのはシーラ1人。彼女が才能を認められて街を出た時は、住民の魔女全員が祝福をしてくれた。


「なんだい。すっかり遺跡になってしまったねえ……」


 徹底的に破壊されたその施設は何かの研究施設か、それとも学校だったのか。かつての活況を伝えるものは誰もいない。1人故郷に帰った彼女を出迎えたのは、どこまでも続くような静寂だけだった。

 シーラは上空に向かって両手を伸ばし、魔法弾を打ち出す。それはここで失われた多くの命に対する鎮魂だったのかも知れない。


 魔界の各地の都市が過去の遺物のような忘れ去られた残骸と化している中、魔王ルヴァリオはかつての居城、魔王城を復活させていた。全盛期の魔界でも群を抜いて立派で荘厳で威厳に満ちた城が、当時の姿でそびえ立っていたのだ。

 現在の魔界の調査をし終えた四天王は次々にこの魔王城へと戻っていく。魔王の玉座の前にかしずいた四天王は、それぞれが現地で調べた情報を報告。かつての繁栄していた頃の魔界の復活を誓うのだった――。

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