第4話 ミラージュ王国に向かいます

ラミネス様からデイビッド様と婚約するという話を聞いてから、2週間が過ぎた。私の事を心配してくれていた友人たちが、あの日我が家に来てくれた。


そこで5回目の婚約申込は失敗に終わった事、ラミネス様とデイビッド様が恋仲で、近いうちに婚約を結ぶ事。私は彼を忘れるため、近々留学する事を伝えた。


すると


“アンジュが留学か…寂しくなるわね。でも、あなたの気持ちが落ち着くのなら、私たちは応援するわ。私達はこの地で、ずっとあなたの帰りを待っているから”


そう言って私の留学を応援してくれたのだ。友人たちと離れ離れになるのは寂しいが、彼女たちの期待に応えるためにも、頑張ろうと思っている。


そして今日は、留学先でもあるミラージュ王国に旅立つ日だ。お父様が事前にミラージュ王国の貴族学院に、入学手続きをしてくれていたのと、たまたま空きが出たという事で、学院側はいつでも来てくれて構わないと言ってくれたのだ。


それでもこっち側の準備もあるため、結局出発は2週間後になってしまった。ちなみに留学期間は、半年の予定になっている。ミラージュ王国はかなり他国からも人気の様で、半年しか留学許可が下りなかったらしい。


ただお父様が


「もしアンジュがまだこの国に戻って来たくないというのなら、別の国の学院に留学できる様、手配するから安心しなさい」


と言ってくれたのだ。半年後と言えば、ちょうどデイビッド様とラミネス様の婚約が発表されている頃だろうから、さすがにそのタイミングに帰るのは辛い。


今のうちに、次の留学先を考えておこうと思っている。


「それじゃあ、お父様、お母様、レイズ。行って参ります」


「アンジュ、気を付けていくのだぞ。もし虐められたり、辛いと感じたらいつでも帰ってきていいからな」


「ありがとうございます、でも、半年の留学なのできっと辛いと感じる間もなく終わってしまいますわ。お父様、申し訳ないのですが、次の留学先も検討して頂けると助かりますわ」


「ああ、分かっているよ」


「アンジュ、気をつけて行くのよ…体には気を付けて」


「姉上、どうかお元気で」


「ありがとう、お母様、レイズ。2人も体に気を付けてね。レイズ、お父様とお母様の事、よろしくお願いします」


家族との挨拶を終え、馬車に乗り込もうとした時だった。


「「「アンジュ」」」


声の方を向くと、仲良しの友人たちの姿が。


「皆、来てくれたの?」


「当たり前でしょう。アンジュ、気をつけて行ってくるのよ。向こうについたら、手紙を書いてね。私も書くから」


「半年経ったら帰ってくるのよね。半年後、あなたに会えるのを楽しみにしているわ。どうか目いっぱい、ミラージュ王国を楽しんでね」


「ありがとう、皆。必ず手紙を書くわ。それじゃあ、行ってきます」


家族や友人たちに見送られながら、馬車へと乗り込む。そして窓を開け、皆に手を振った。皆も私に手を振り返してくれる。


やはり大切な人との別れは悲しいもので、気が付くと涙が溢れていた。


「お嬢様、そろそろ窓をお閉めください。危ないですよ」


向かいに座っていた専属メイドのカリアが呟く。ミラージュ王国の貴族学院は、メイドを1名まで連れてきていい決まりになっているそうで、今回カリアが付いて来てくれることになったのだ。


「分かったわ」


カリアに言われ、窓を閉めた。窓からは懐かしい王都の街並みが目に入る。16年間、ずっとこの地で暮らしてきたのだ。最低でも半年、もしかしたらもっと長い期間、この街を離れるかもしれない。そう思ったら、やはり胸が痛む。


「そんな悲しそうな顔をなさらないで下さい。ミラージュ王国はとても素敵な国だと聞いております。お嬢様ならきっと、ミラージュ王国でもうまくやっていけますわ」


「ありがとう、カリア」


いつまでも悲しんでいても仕方がない。これから私は、新しい一歩を踏み出すのだ。もう後ろを振り向かない。きっとこの半年で、デイビッド様の事も過去の人になったらいいな…


デイビッド様…


ふと彼の顔が脳裏に浮かんだ。この2週間、私は一度も貴族学院に足を運んでいないし、デイビッド様にも会っていない。でも…やっぱり私、まだデイビッド様の事が好きなのね。


どんなに思っても、決して結ばれる事なんてないのに…


この胸の苦しみも、この地に置いていけたらいいのに。でも、さすがにそれは無理そうね。


「お嬢様、お元気がないようですが、大丈夫ですか?」


心配そうにカリアが声を掛けてくる。


「大丈夫よ、それより見て。この国にもこんな風景があるのね」


窓の外を見ると、美しい田園風景が広がっている。


「お嬢様はずっと王都に住んでいらっしゃいましたので、あまり自然豊かな風景は見慣れていらっしゃらないのでしょう。ミラージュ王国に付くまでは、この様な風景が続く予定ですわ」


そうカリアが教えてくれた。そうか、私、本当に狭い世界で生きて来たのね。そんな私が、他国で暮らすのか。


なんだか楽しみになって来たわ。

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