124 根幹は?
カルタ視点
戌井が語ってくれた、今まで起きたことを聞いて頭を抱えたくなった。
「といった具合なんだよね」
「色々といいたいことはあるが“人形の砂糖薬”か」
効果や危険性はレーピオの言っていた通りだが、一つ疑問が浮かぶ。
裏社会にだって早々、売られていない代物である“人形の砂糖薬”をブレイブ家__いや、ローシュテールがどうやって入手したのか。
噂を信じるのならば、繋がっている犯罪組織が作るだか買うだかしたのかもしれないが、大きな犯罪組織ですら大金をはたいても欲するだろう薬をそう簡単にローシュテールに渡すとは考えられなかった。
「アイツ、どこまで堕ちてんだよ……」
「……」
レイスの声には嫌悪と軽蔑が滲んでいる。
ロンテ先輩は使い道を察したのか、聞かされていたのか顔色を悪くしている。
僕も、その使い方をうっすらと察していた。
恐らくは戌井も何となく、どこかで“人形の砂糖薬”の使い道を察しているだろう。
使い方は単純、魔法での契約でレイス親子を縛ろうとしている。
魔法の契約は紙面や口頭でのものとは違い、文字通り魔法で行う契約。
簡単に破れはしないし、破ったら設定したペナルティがふりかかる。
これのデメリットは自我がなくても本人が肯定してしまえば契約は成立されてしまうこと。
そう、“人形の砂糖薬”と合わせて使ってしまえば、強制的に破れない契約をさせてしまえる。それに加えペナルティの好きに設定してしまえるのが余計悪質だ。
そんな欠点があるからか、この魔法の契約は忌避され、昨今で使われる機会なんてものはほとんど存在しない。
だからレイスが言い出したとき、ロンテ先輩は慌てていたし、僕も驚いた。
レイス、前から豪胆だとは思っていたが、あれほどだとはな。
「つか、ウエディングドレスってもしかして母ちゃんに着せるためのものか?」
「ロンテ先輩って婚約者とかいないの?」
「うちに好き好んで嫁にくる令嬢や平民がいると思うか?」
「ならアーネチカさんしかないと思うよ」
ロンテ先輩がナチュラルにブレイブ家の悪評を知っていることが発覚した。
まあ、あちこちに噂が流れているし、貴族は情報収集を欠かさないから不思議ではない。
「でも、何でわざわざウエディングドレス何だ?」
魔法の契約をしたければ“人形の砂糖薬”だけで十分だ。
だが戌井から聞いた話しによればウエディングドレスはカモフラージュなんかじゃなく、ローシュテールの本命であるようにも感じる。
「見せびらかして外堀を埋める気なんでしょ」
「だろうな」
この二人、なにもなければ仲の良い兄弟になっていたのかもしれない。
「……やり直し」
ふと、戌井が呟いた。
「やり直し、したいんじゃないの?」
「は?やり直し?やり直しどころか監禁一直線だよ。それようの部屋があったし」
「え、なにそれこわ……」
やり直し、か。
この場合、結婚生活のやり直しになるんだろうか?
……やり方は強引他ならないが、やろうとしていることの最終地点は“結婚生活のやり直し”のような気がする。
特注のウエディングドレス、アーネチカさんのために用意された部屋と服、その他雑貨達。それからローレスのための品もいくつかあった。
よくよく思い出せば、あの監禁部屋の中にはリネンがいくつかあったようだし。
中世ヨーロッパのいつの時期だったか、嫁入り道具で婿のイニシャルが入ったリネンを持たせるとか、ハウスリネンを持たせるとか、そういう話をどこかの本で見たことがある。
あのリネン達がそうだとするのならば、確かに結婚式から結婚生活のやり直しをしようとしているように見える。
まあ、僕たちが元いた世界の知識だから、この世界の常識や知識に当てはまるかと言えば別だから、僕の考察があっているかはわからないけどね。
「あの服の山は、やっぱりアーネチカさんのものなのか?」
「ん〜、昔よく着ていた服に似てると思うから、そうだと思う。俺が昔よくこれが良いって言ってた服もあったし……」
昔の記憶を頼りにかき集めたレイス親子のための品、か。
やっていること、やろうとしていることの割に随分と……こう……。
……なんと言えば良いんだろうか。
執着以外の何かを感じると言うか……。
何かを感じても、それが言語化できなくてモヤモヤしたまま戌井の案内に従いつつ、もしも別れることになったときの集合場所に設定されている地点に向かう。
集合地点には誰もおらず、僕たちが一番についたようだ。
戌井は手隙になってしまった捜索班をこっちに回してくれと言ったが、距離を考えると時間までに捜索班が来るかどうかは五分五分らしい。
ブレイブ家からの帰り道でここを通るリンデヒル商会に拾われる可能性の方が高いそうだ。
「ああは言ったのものの、連絡手段も移動手段も限られてるからね」
まあ、連絡手段だって口伝か発煙筒くらい、移動手段だって大半が時間がかかるものだし、時間がかからなくても申請に時間がかかるものしかない。
「まあ、秘策はあるけど」
「秘策?」
「うまく機能するか微妙だけどね~。範囲の問題あるし」
戌井はそういって、ファーレンテインが持っていそうな小さい人形をいじっていた。
捜索班か、リンデヒル商会が来るまで隠れながら休むことになり、今は僕が見張りをすることになっていた。
無視の鳴き声や、枯れ葉のざわめきしか感じない田舎道、人の気配はしないことからリンデヒル商会も
ブレイブ家の追手も、ここに来ていないことを指し示していた。
時間はあれから過ぎて日が暮れ出した頃。
見通しの良い木の上で、モヤモヤとしたものをどうにかしようと頭を捻っていれば、戌井が下からヒョコっと顔を出した。
「篠野部、ちょっと前から考え込んでるみたいだけど、どうしたよ?」
考え込んでいると、戌井が何かを察したのか、声をかけてきた。
「あぁ、いや……なんと言えば良いか。ローシュテールのやっていることから執着以外の何かを感じる気がして……」
「あ〜……それ、多分……」
戌井は休んでいるレイスやロンテ先輩に聞かれたくないのか、体制を変えて僕に耳打ちした。
「愛情っていうか……。そういう何かなんじゃないかな」
「愛情?あれがか?」
愛情って、もっと綺麗な美しいものなんじゃないのか?
いや、ローレスだって似てはいたけど、あそこまでじゃなかったし、少なくとも僕は“愛情”と認識できる程度には透けて見えていた。
でもローシュテールのものは、そうは思えない。
透けて見えているのは並外れた、そして自己中人的な執着心と独占欲だ。
あんなドロッとした、重苦しい、浴びてしまえば、その重さや粘度で窒息しそうなものを愛情と言っても良いのだろうか?
「いや、うん。言いたいこと、わかるんだけど……そういうなにかなんじゃないか、としか……」
「愛情のような何か、か」
執着心の大本が愛情から来るものならば、愛情もろくでもない代物だな。
「う〜ん、ごめん、愛情みたいな何かって言ったけど感覚的な話だし、私もよくわかんないや」
「別に良い」
執着心以外の何かが“愛情”なのだとすれば、何がどうなってああも捻れることになったんだろうか。
生来の気質が原因なのか、それとも後天的に何かあったのか。
後天的なものなら従軍時代に何かあった可能性があるが、それは今考えることでもないか。
まあ、人の感情や考えなんて簡単に変わってしまうし、ローシュテールがあれなのも変な話じゃないか。
「ん〜、煮詰まった感じはするけどね」
「それは同意だ」
不意に、戌井は話題を変えた。
「ローレスって面倒見が良いから兄弟がいるんじゃって思ってたけど、まさかロンテ先輩だとはね。驚いた」
「あぁ」
「……私はさ、兄弟も兄弟分も一杯いるけど、篠野部はいるの?一人っ子かなって思ってるんだけど」
「一人っ子だ」
「あ、やっぱり?にしても弟のロンテ先輩が先輩って複雑だよね」
「レイスが浪人してるからな」
「異世界でその言葉聞くことになるとは思わなかった」
僕に兄弟はいないはずだ。
……いない、はずだ。
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