103 まさかの縁

ローレスがいなくなってから二日、ローレスの母と連絡が着かないことが判明した。


 ローレスの家は母子家庭、兄弟はおらず父親も不明。


 別段、おかしいことでもない。


 死別したのか、家を追い出されたのか。それとも逃げてきたのか、あとは……。


 この世界にはよくあることだから、誰も深く探ろうとはしなかった。


 アーネチカがいなくなったのはローレスのいなくなる七日前。


 レイス親子と仲良くしていた老人がアーネチカがいないことに気がつき、魔導警察や軍に知らせて行方不明になっていることが発覚したのだそうだ。


 家は抵抗したのか、荒れていたものの金品が持ち出された形跡はなく、金品目的ではなくアーネチカ自身かレイス親子が目的だというのが魔導警察や軍の見解だ。


 ローレス宛にアーネチカが行方不明になったむねを書いた手紙を速達で学校宛のものと一緒に送ったのだが、郵便屋の手違いで学校宛の手紙が遅れた。


 ローレスが飛び出ていった理由は、母が行方不明になったことが原因だろう。


 飛び出したあとの足取りはわからない。けれど箒が一本なくなっていることを考えると飛行魔法で飛んでいったんだろうと予測はできた。


 ローレスとお母さんのアーネチカはとても仲がいい。それは、ここ数ヵ月の付き合いである永華達でも知っていることだ。


 時々ある皆で料理を作って食べる会__とでも言おうか。その会で、たまたま永華は隣り合って作業することがあった。


 ふとローレスの手元を見てみるとサクサクと野菜を切っていっている。大きさも形も揃っていて、慣れが見えている。


「ローレスってさ、結構なれてるよね」


「ん?まあね、本格的に料理することってあんまり無いけど、手伝いはよくしてたからな」


「そうなんだ。ありがたいわ〜。メメとレーピオがあれだから……。教えたらできるんだろうけどね」


「はは、そりゃどうも。俺も昔はあんなんだったぜ?母さんに楽させたい一心で覚えたんだよ」


「お母さん思いだねえ」


「女で一つで俺のこと育ててくれたからな」


 なんて会話をしていたこともあったからだ。


 それにクリスマスになると少しお高めのハンドクリームをプレゼントに送っていたり、綺麗な刺繍がされたハンカチが届いたりといった光景も見たことがある。


 手紙にも家族を守りたかったとあるくらいだ。


 理由には十分だろう。


 家族思いで、女の子には甘いけど紳士で、優しくて、いい人。


 ローレスがいなくなった教室は、どこか静かで活気がなかった。


 それは一緒にいることが多かった永華達もそうだった。




永華視点


 ローレスがいなくなって一週間がたった。


 学校側は王都アストロにローレスがいないことが確定すると、置き手紙があるとはいえ事件性があると見なされてレイス親子の捜索は魔導警察に任せることになった。


 別におかしいことではない。そもそも、一生徒にたいして、ここまで時間を割いてくれるのは珍しいんではないだろうか。


 学校のはしに生えている木を背もたれにしながら、空を見上げ、ボーッとしながらそんなことを考えていた。


 こうなってから、調べものにも授業にも身が入らない。どこか上の空になってしまっている。


 稽古のときはリアンがガンガン、遠慮なしに攻めてくるからローレスのことを考えずにいられるけど相変わらずボコボコにされる。


「……」


 隣にいる篠野部は、ずっと本を読んでいる。


 それを見てよくやるなあ、なんて思ってる私の膝の上にも本が乗っかってたり……。


 調べものにも身が入らないので、この状態だ。


 木陰でボーッとしていると、どこか見覚えのある上級生が近寄ってきた。


「君たちが母さんの言っていた子達かな?」


 声をかけてきた上級生は紫の髪が印象的な、どこか見覚えのある男子生徒だった。


「……誰ですか?」


 どこかであったことがあったか?いや、間違いなく初対面だろう。


 “母さんの言ってた子達”と言ってることから、この人の親と知り合いなんだろうけど……誰だろう?


「俺はスノー・カティ、三年生で君たちの先輩。そして、マーキュ・カティの息子だよ」


「え、マーキュさんの?」


 バイスの町の薬師兼医者、ケイの時や怪我したとき、風邪を引いたときなんかにお世話になった人だ。


 子供がいるなんて話し聞いたこと無かったし、結構求婚とかされてたから勝手に独り身なんだと思っていたけど、こんなに大きい子供いたんだ。


 でも確かに似ている。


 特徴的な緩くパーマのかかった紫の髪、物腰柔なかな振る舞いとマーキュさんのようなふんわりとした雰囲気、マーキュさんを男にしたらこんな感じかなって見た目の人だ。


「そう、バイスの町の薬屋であり医者の、ね」


 ウィンクしてきた。茶目っ気のある人だな。


 本に夢中の篠野部を肘でつついて立ち上がる。


「永華です。マーキュさんにはよくお世話になってました」


「篠野部です」


 篠野部のやつ、相変わらず名前名乗らないな。


「よかった、あってた。間違ってたら下級生にいきなり話しかけた不審者になるからどうしようかと……」


 なんだろう。今まで関わってきた上級生が色々とぶっ飛んでる人が多かったからか、スノー先輩がだいぶん薄味に感じる……。


「母さんから手紙はもらってって、もっとはやく声をかけたかったんだけど、研究がなかなか進まなくて声かけられ無かったし……正直ちょっと前まで忘れてたって言うか……。まあ、シマシマベアーから逃げきったり、森で怪我人拾ってきたりしたって聞いてて、どんな子達なんだろうって思ってたんだけど、まさかカリヤさんと決闘するとは思ってなかったよ」


 それは張本人でもある私たちも思ってたことです。


 あの決闘から、私はなかなかに有名になっている。


 カリヤ先輩と決闘したり永華、なんて感じで声をかけられることもしばし……。


「あ、それでね。声をかけた理由なんだけど、ちょっと俺の実験に付き合ってくれないかな?」


「実験?」


「付き合う?」


 その言葉で脳裏に現れたのは前にあったマッドサイエンティスト、ケイネ・ドラスベリーだった。


 マッドサイエンティストを思い出して、もしかしたらこの人も似たようなことを思うのでは?なんて考えが頭をよぎり、思わず後ずさる。


「え、どうしたの?」


「い、いえ、ケイネ・ドラスベリーに狙われてる身なので、ちょっと……」


「え、ケイネちゃんに狙われてるの……」


 とても可愛そうなものを見る目をされてしまった。


 あのマッドサイエンティストの話しは学校中に広まっているらしい。


「僕のはそういうのじゃないよ。自己魔法関係で研究しててね?自己魔法が使える人なら誰でもいいんだけど、教職員は軒並み忙しそうだし、使える生徒につてなんて無くて……。それで母さんの手紙に書かれてた君たちのことを思い出したんだ」


 なるほど、それで声をかけたのか。


 手伝いの内容は自己魔法を使って色々試す、らしい。


 自己魔法の補助のための魔具や、自己魔法を刻み込んだ魔具などの製作をしているらしい。


 手伝ってくれたら今できる限りの私たちに会う補助の道具を作ってくれると言った。


「どうする?」


「道具なんて渡されてからしかわからないからな……」


「正直、燃えなかったり簡単に切れない糸とか欲しいから渡しはしてもいいかなって思うんだけど……」


「……まあ、今は別にしなければ行けないこともないし、片手までいいのなら」


「いいよ!全然いいよ!俺がお願いしたときに魔法使ってくれたらいいだけだから!」


 一気にテンションが上がっている。


「……あ、乗り気の割にって思われるかもしれないですけど、私今集中できませんよ?」


「ん?何かあったの?」


「……まあ、あったっていうか起きたって言うか」


 学校で噂されている行方知れずになった生徒、それが私たちの友人なのだと話したらスノー先輩は納得してくれた。


「なるほど、友達が……。それは、あー、声かけるタイミングミスったな……」


 先輩はなにも悪くないんだけどね……。


「えっと、無理しなくてもいいよ?母さんに世話になったからとか、気にしなくていいから」


「いや、大丈夫です。何かしてないと落ち着かないし」


「そう?それなら、まあ……。うん、お願いするね」


 スノー先輩の実験を手伝うことになり、上機嫌の先輩に連れられて実験塔にやってきたらマッドサイエンティストと遭遇した。


「あ!いた!」


「うげっ!マッドサイエンティスト……」


「あれが噂のマッドサイエンティスト。ずいぶん特徴的な見た目をしているな」


 マッドサイエンティストが私たちを見つけた瞬間は知りよってくる。


「モルモットが自分から来た!」


「誰がモルモットだ。聞いてた通りヤバイな」


 ドン引いた篠野部がひきつった表情で走りよってくるマッドサイエンティストを見ていた。


「コラッ!ケイネちゃん、人をモルモット扱いしたらダメだって言ってるでしょ」


「うっ!スノー……」


「先輩をつけなさい」


 あれ?さっきまで目をキラキラさせて今にでも飛びかかってきそうだったのに、スノー先輩に起こられたとたんシュンとしてしまった。


「スノー、先輩」


「はい。で、どうしたの?」


「もるも……実験対象が自分から実験されに来たと思って……」


「違うけど?」


「違うが?」


 私たちはまだ死にたくないんだ。ばらされる可能性があるのに誰がマッドサイエンティストに協力しに来るか。


「この二人は俺に実験を手伝ってくれるんだよ」


「え……」


 そんな“私のこと手伝ってくれないの?”なんて目をして見つめてくるな。


「私の実験……」


「行きませんけど?」


「なんで?」


「なんでも立ってもないでしょう。戌井に聞いてたときから思ってましたけど、先輩の実験は身の危険を感じるので手伝いません」


 篠野部が思い切りきっぱりと断った。


 そのあと、ショックを受けたような表情をしたマッドサイエンティストが駄々をコネだしたがスノー先輩に叱られて渋々帰っていった。


 ……もしかしてスノー先輩、怒るとめちゃくちゃ怖い人なんだろうか?


 日常に、暇になればスノー先輩の実験を手伝うが追加された。






 ……ローレスは、まだ見つからない。

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