34 巡り合わせ

薬草採取のため森に来た永華達、日が暮れだした頃にシマシマベアーが異変を察知した。人の争う声と血の匂い、ひとまずナノンを大人を呼ぶことを名目に町に帰し二人はどうするかと思案する。


 といっても、答えはほぼ決まっていた。


「行こうか。当たりにしろ、そうでないにしろこのまま放置は僕らにも町にもよくない」


「だね。このまま進もう」


 警戒しつつシマシマベアーが威嚇していた方角、森の奥へと進んでいく。


 進んでいくと次第に金属同士がぶつかる甲高い音や、人の声が永華達にも聞こえてきた。それから鉄のような匂いも少しずつではあるが感じれるようになってきた。


 出血量が多いのか、僕らが近づいてきているのか……。


「いた!」


 メイド服を着た女性と獣の仮面を付けた三人と交戦していた。メイド服を着た女性の後ろには血濡れの青年が倒れていた。


 本物の命の取り合いととれる事態にとっさに隠れる。


「主従、か?貴族あたりだと仮定して、そうすると三人組は暗殺者かなにか当たりか?」


 これは僕らを呼んだもの達とは関係ないのかもしれない。


 事情がわからない今、下手に介入できない。


「貴様ら、一体誰の指示でこの蛮行に及んでいるんだ?」


「さぁ?もう死ぬんだし、知らなくてもいいだろ?」


 仮面の下からくぐもった男の声が聞こえてくる。その声は嘲笑の色が混ざっている。


「チッ!いきなり現れて攻撃したかと思えば延々と追いかけてきおって、このお方や私達が何かしたわけでもないのに……」


「何かした?存在しているのが悪いんだろう?大人しくすみっこにいりゃあこんなことにならずにすんだのにな」


「あんなこと、このお方が許容するわけないだろう!民のうえにたつものとして、この方に支えるものとして賛成できるわけがない!」


 状況はある程度把握できた。跡目争い、いや政治への方向性の違いからの衝突の結果、命を狙われたと見ていいか。


 恐らくは町とは関係ない者達だろう、巻き込まれたりするのは勘弁だが見殺しにするという選択しは……ないな。もし貴族なら、さぞいい伝となってくれるだろうし。


 これがどういう巡り合わせか、よく分からないが利用しない手はない。


 戦闘については、いささか不安がある。この前の試験時のようにマッドハット氏が見守ってくれているわけでもない。大怪我をする可能性が高い以上、戦闘はしない方がいい。働けなくなるのは痛手だ。


 となればだ、適度なところで介入してメイドと主らしき人物を引っ張って逃げる。僕の透明化があればある程度はごまかしが聞くだろう。主らしき人物を抱えてメイドの手を引っ張ればいい。戌井は……戌井はどうする?さすがに二人が限界だ。


 ……先に帰ってて貰うのがいいか。


「戌井、悪いが先に帰っててくれ。僕はあの二人を回収してくる。……戌井?おい、どう……した」


 いっこうに返ってこない返事に不信感を持ち、自分の斜め後ろでしゃがんでいる戌井の方を振り返った。


 顔色は青を通り越して白くなっており、体は細かく震え、大量の汗を流し、息も荒い。明らかに様子がおかしい。


 殺し合いも同然の光景を見て恐怖しているのだろうか。それにしてはまるでトラウマを呼び起こされた時の人間の反応、そのままだ。


 戌井が見ている先、それは血濡れで倒れ込むメイドの主であろう青年だった。生々しい戦闘の痕跡が駄目だったのだろうか。


 確かに恐怖を感じるのはわかる。僕も怖い、ただ僕はどこか画面の向こう側を見ているような感覚だった。


 何にせよ、早くこの場から離さないと、いったどうなるか分から__


「篠野部……」


 今まで戌井はずっと明るかった。それこそ活発だとか、天真爛漫だとか、陽気だとか、そういった言葉が会うような明るい人間だった。


 それが今はどうだ。震える手で服の裾をつかんで、怯えを宿した瞳で僕を見上げて、か細い声で僕を呼んだ。


 普段は僕の目を見ないのに……。


 いつもの戌井とは真逆といってもいいくらいの変化だった。


「……どうした?」


「あ、あの人、死んでるの?」


 その言葉に今一度、青年を見やる。わずかだが胸が動いているのが視認できた、つまりは虫の息に等しいが生きているということだ。


「死んでいない、胸が動いている」


 戌井は僕の言葉にあからさまに安堵した。だんだんと荒い息がもとの調子に戻ってきて、震えも少しずつだが収まってきている。


「そっか。ごめん、それでなに?」


「……先に帰れるか?」


「……ごめん、無理。帰れない」


 体が動かない、と言うわけではないんだろう。だが恐らく戌井はテコでも動かない、なぜかそう予想できた。


「……どうするか」


 青年を一人、抱えるくらいはできる。メイドの手を引いて透明になり逃げきる。どれで両手は塞がり、戌井の分はない。


 あるにはある。腕を掴むだとか、あるだろうけど少し不安が残る。


 いや、そもそも青年を抱えるの仮面も付けたもの達が許すとは思えない。メイド一人と侮っているから余裕綽々とトドメをさしていない現状、僕が飛び出せば即刻標的となり殺されてしまうだろう。


「……篠野部?」


 黙り込んだ僕を不思議に思ったのか、戌井が僕を呼んだ。少しばかり不安そうだ、ここは僕がしっかりしないと。


 一先ず、仮面のもの達の気を引かなければならない。気を引くもの……間獣?いや、そもそもどうやってここに連れてくる?


 視線をさ迷わせていると傾いた橙色の太陽が目にはいった。


 ……目眩ましは出来るが耳は潰せないか。いや、戌井に魔法を使わせれば……的に当てる必要のない魔法なら失敗することは早々なかった。それに該当する“音”から失敗することもないだろう。


 青年に防御魔法を張って、メイドの方は当人の反射神経に任せるしかないか。


「……戌井、音を発生させる魔法と音量増強の魔法は同時に使えるか?」


「使えるけど……」


「合図に会わせて発動させてくれ、そのあとメイドを引っ張ってダッシュで逃げる。行けるな?」


「うん」


「それから合図があったら目をつぶれ」


「え?うん」


 戌井の返事を聞いて、メイド達の方を見る。介入できるチャンスを見逃さないよう、目を離さない。


 後ろから詠唱が聞こえてくる。この様子なら二つの魔法の発動は間に合うだろう。


 投げられたナイフをメイドが弾いて仮面の暗殺者から距離をとる。青年との距離は十分、結構するなら今だ。


「戌井」


「うん!」


 僕らの声に気絶している青年以外が気がついたらしい僕らが見えるのは位置的にメイドだけ、何処にいると探し回る事態は僕らにとって好機だった。


 杖の先が光る。


 “目をつぶれ”と声は出さず、口だけを動かす。メイドは何が起こるか察知したのか目を固くつむった。


 訓練をした軍人やプロの犯罪者は体勢が出来ているとか聞いたことがあるが、ここは科学ではなく魔法が発展した異世界。恐らくスタングレネードに慣れているものはいない。


 目が眩むような閃光と耳をつんざく爆発音が辺り一帯に響き渡たった。


 所謂ところのスタングレネード、それを人力__

ではないが魔法で起こした。原理事態は違うが起こす現象は同じだ。


「こっち!」


 戌井がメイドの手を引いて走るのを見て、僕も青年を背負い走り出す。


「ぐぁ!!」


「なんだこれ!」


「目があ……!耳が……!」


 後ろから聞こえてくる声を聞くにスタングレネードは上手いこと効果を発揮したのだろう。回復する前に逃げてしまわないと。


「貴方達は……」


「通りすがりの魔導師見習い!」


「見てられなくて介入した」


「……恩にきります」


 もう太陽は沈みかけていて森は薄暗くなっていた。

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