28 捕縛
ふらついているリーダーが斧を振り上げた。
「おらあ!」
「鎌鼬、風切り音色をこの者に」
振り下ろした斧は戌井には当たらず、付け根の部分から先が無くなっていた。
戌井の風切りの魔法で音もなく切りおとし、刃物の部分は自重で地面に落ちた。だから戌井に刃が届くことはなかったのだ。
「流石に、この距離は外さないわ」
氷魔法の事を引きずっているのか、今度は成功させたからか得意気な物言いだ。
「……っ」
切り落とされた斧だった木の棒を見て、リーダーは怒りか、恐怖か。ともかく、震えていた。
「く、しょお」
「頑丈だな。想定ならまだ数分動けないはずだったのだが」
流石、ならず者と言ったところか。大なり小なり頑丈な方らしい。電撃をくらっていたチンピラは、よろけながらも立ち上がる。
魔力玉を当てた方は良いところに入ったようで、未だに夢の中だ。
「……戌井、寄せるぞ」
「ん」
戌井の返事を聞き、僕はすぐに走り出す。戌井も少し遅れて、あとに続く。
「そのまま使うの?」
「動けなくした方が安全だろ」
「確かに」
小さな声で話していると、後から怒声が飛んできた。自分達のあって無いようなプライドに傷をつけられちゃ……と、騒いでいる。
__ぐに__
なにか柔らかいものを踏んでしまった。一瞬転けるかとおもったが戌井に引っ張られ事なきをえた。
少し振り返ると、どうやら踏んだのは魔力玉を当てて延びているチンピラだったらしい、カエルが潰れたような声が聞こえたが僕の知ったことではない。
「うわ、思いっきり踏んだ」
「わざとではないので僕は悪くない。むしろ転けそうになったので僕が被害者だ」
「白々しい……」
「もとより彼らが変なことをしなければ踏むこともなかった」
「それはそうなんだけどさ……」
「そろそろだぞ」
頃合いだろう。足を止めて振り返る。
丁度、チンピラたちの足元に戌井の放った氷柱が突き刺さっていた。
「神秘、流れて神水。水、溢れて災害。水龍となりて駆け登れ」
先ほどまで穏やかな流だった川の水が突き刺さった氷柱を中心としてザブン、ザブンと大きく波打つ。
氷柱に刻まれた魔方陣が淡く光、川の水に作用しているのだ。これに細工していると言うことは勿論、チンピラたちの足元のものにも細工をしている。
ジワジワと、チンピラ達の足元の石の色が変わっていく。それに気づきもしないで、川から何がくるかと身構えていた。
__ドオン!__
まるで間欠泉が吹き出したかのように、水が吹き出す。吹き出した水の勢いにまま、チンピラ達が水に押される。
「その者の時さえ止め、永劫の寒さを与えよ」
唱えるとチンピラ達の足元にあった氷柱に刻まれた魔方陣が反応して、輝く。その輝きが広がり、吹き出した水を凍てつかせた。
「守護神よ。我、望む。守りを与よ」
「ん?おわっ!」
防衛魔法を唱え、戌井の肩を掴み引き寄せる。
少し遅れて、凍らなかった水が雨のようになって降り注ぎ辺り一帯を濡らした。降り注ぐ水はすぐに止んだ。
いつだったか忘れたが、マッドハット氏が防衛魔法は傘の変わりになるとも言っていたのを思い出して、急いではったがうまくいったようで僕らがずぶ濡れになることはなかった。
「……」
どうも僕の行動に驚いたのか、戌井はポカンと間抜けな顔をしていた。
「篠野部って紳士だよね」
「……ふん、君が間抜けだからね」
「酷くない?」
戌井から離れ、空を見上げる。空には、豆粒サイズのマッドハット氏がいた。箒で空を飛んでいるようだ。
「そろそろ降りてくるか」
徐々に近付いているくるのが見えた。
空から視線をうつして、戌井に目を向ける。斧を避けるたか、驚いてか。その理由は、ともかく木の上から落ちてしまったらしい彼女は動きやすい服を、と膝丈のズボンを履いており、あちこちに傷があった。
「足、あとで手当てをしなよ」
「ん?ああ、うん。そうするよ。初手でこれが出来てればなあ」
「精度を磨くことだな」
「そだな」
さて、マッドハット氏に何て言われることか。
それはそうと、騎士は上手いことやっているのだろうか。
__ __ __ __
ヘラクレス視点
メガネの彼、シノノベと言ったか。彼が俺のかわりにマントを羽織って南側に走っていった。目的地のヒューレー川には女の子、イヌイが待機している。マッドハッド様がいるから大丈夫だと思うが、少し心配だな。
「ふう……俺の方もとっとと終わらさなければ」
バイス、東側。廃屋が多くある通りに向かう。
通りにつくまでに大きな障害はなく、一般人を避けていたからか絡まれることもなかった。
ついたは良いが、多くの廃屋から一つを探し当てないといけない。それを考えると、少し気が遠くなるような気分になったが見つけなければ話が進まない。何がなんでも見つけるしかないだろう。
「どうすっかな」
気配を消して窓から覗き込んでみる。中は暗く、埃がつもり、荷物は何一つとしてない。ここは外れのようだ。
さっきと同じように二件目、三件目と回っていく。何処にもそれらしい気配はなく、もしかしたら魔法を使って隠れている可能性が出てきた。仮にそうなら突撃していった方が逃げられないだろうが、どうするか。
__カタン__
廃屋を見て回っていると背後から音がした。音が聞こえてきたのは後に建っている廃屋、中を覗き込んでみても特に他の廃屋とかわりないように見えた。
一瞬気のせいかと思ったが、置いていかれた姿見に人の影が写った。誰もいないのに、姿見に人が写った。
自分の目を疑ったが、ここに辺りをつけて中に入ることにした。
息をころし、足音を立てないように廃屋の中に忍び込む。
窓から除いたときは魔法かなにかで分からなかったが、食料や魔方陣、魔道書が置いていた。これで食料だけならホームレスだと思ったが魔方陣や魔道書があるのならほぼ確定だろう。
腰に下げている剣の持ち手に手を掛け、警戒しつつ進んでいく。
__カタン__
また音がした。音がしたのは奥の方だ。
__カタン__
奥の白い扉の部屋、そこから音がなっていた。剣を鞘から抜き、扉を勢いよく開ける。
中にはひょろ長い、とんがり帽をかぶった魔道師らしき男がいた。
「ひいっ!?へ、ヘラクレス・アリス!?あ、あいつら失敗しやがったな……」
この男、何処かで見たことがある。何処で見たか、ろくでもない場所なのは確定だろう。何せ、この男のつけているブローチは、この国に巣くうギャングの構成員が持つものだからだ。
「……そのブローチ。この前、支部を潰した覚えがあるな」
「そそそ、そうだ!お前は我輩の顔に泥を塗り、名誉を汚したのだ。お前にせいで、お前のせいで!追放処分一歩手前まで行ったのだぞ」
噂程度の話はきたことがある。確か、あのギャングの追放処分といえば人身売買で他所のヤバイ奴に売られると言うの話があったな。
「……」
「お前のお陰で我輩は__」
「あ、思い出した。仲間を見捨てて逃げた臆病者」
「だ、誰が臆病者だあ!」
うわ、唾飛ばすなよ。汚いな。
「はあ、事実だろ?なんでそんなに怒るんだよ」
確か三ヶ月、いや四ヶ月前。この国の端の方を根城にするギャングの支部に攻め入り、その場にいた構成員のほとんどを捕縛した。こちらに怪我人や死者はでなかったし、捕らえられていた一般人は安全圏に避難をしてもらった。結果、俺達の軍の圧勝となった。
でも捕らえられなかった構成員がいた。恐らく三名、そのうちに一人がこの男。下っぱの構成員が戦闘している最中に逃げていた男。資料では、あの支部の責任者だったはず。
「うるさい!うるさい!お前さえいなければよかったんだ!」
あまりの大声に窓が揺れた。喉を壊してしまいそうなほど声を張り上げる男を、俺は無感情で見ていた。
「お前がいなければ我輩の高潔で皆が頭を垂れて求めるような研究は続けられていた!あの空っぽの器などいらないのだ!」
人を使った、血が流れて、涙が流れて、死んでしまうような実験を?
「お前がいなければ我輩は未だ準幹部でいれたのだ!」
保身に走って、部下を置いて逃げたのに?
「お前がいなければあんな達低俗な者に頭を下げずにいれたのだ!あのお方の素晴らしさも全くわかっていないような猿どもに!」
「……」
頭がいたくなってきた。
「お前が__」
「うるせえなあ」
自分でも背筋が凍るような、冷えきった声がでた。
「人を傷つけて、意味もないのに切り刻んで、薬漬けにして、廃人にして、なにが高潔で皆が欲するだあ?ただの狂人がよく声を高らかにして言うな。本当、お前らみたいなのの考えは分からんわ」
完全に怯えてしまっている男はなにも言い返してこない。
「俺は別にお前みたいなのが死のうが、生きようが、どこぞに売り飛ばされようが、どうでも良いんだよ。小銭になりゃあいいな程度な訳。なあ……この意味、分かるか?」
ガタガタと、まるで極寒の大地に放り出されたかのように男は震える。
「でもな?あーも、人を殺しておいてさ?はい、さよならは許せねえなあ。罪状もたくさんあるし、お前は悪質なギャングで広域指名手配中。よかったなあ。俺が騎士で」
おお、これ以上は余計なことを言いそうだし終わりにしとこう。
剣を鞘にしまい、どこか安堵したような男に目を向ける。
「おやすみ。次、目が覚めたときは牢屋だ」
__ゴスッ__
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