27 実戦
白いフードを被った青年は人気の無い森の中を突き進んでいく。その後ろには斧を片手に持った荒くれ者が三人、列をなして白いフードの人物を追いかけていた。
「見つけたぞお!ヘラクレス坊っちゃんよお!」
人を威圧するような怒声だ。けれど青年は我関せずといったようずだ。
木の根をこえて、岩を飛び、草を掻き分け、まるでなにか目的があるかのように進む。
森を進み、ふとしたところで視界が晴れやかになる。
ここはバイスの町、南側。ヒューレー川。
砂利を踏み、足を止める。後の三人は諦めたとでも思ったのかニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべていた。
「おお。やっと、逃げるのやめてくれたか?騎士くんよお」
「大人しく捕まってくれたら酷いことしなくてすんだのによお」
「お仲間はいないのか?俺らの事を転ばせて、縛ってくれたお仲間は?」
「一時はどこにいったかわからなくなっちまって慌てたが、よく出てこれたなあ。誉めてやるよ、坊っちゃん」
逃げにてっしていたからか、随分と舐められてしまっている。まあ、これも仕方ないことではあるのだが、どうも不服だな。
「なんとか言ったらどうだあ!」
「なら、一言いっておこう」
「あ?」
「足元に気を付けろ」
これは善意からの忠告。
「ああん?」
これは威嚇なのだろうか。アホヅラでまったく怖くないのだが。
スッと手を上げる。僕の行動を不思議に思っているのかチンピラ達は武器を構え動こうとしない。
手を振り下ろした。
次の瞬間、石がいくつか浮き上がったと思ったら透明な糸はチンピラ達を縛り上げた。
「ちっ、やっぱりいたか」
流石に足を引っかけられ、縛り上げられ、行く手を阻まれれば警戒するようだ。服のどこかに仕込んでいたナイフを使って抜け出した。
「やっぱり、警戒されてるか」
「あったりめえだろ!」
「でも君らは間違えてしまってるよ」
白フードを脱げば現れたのはヘラクレス・アリスではなく、篠野部カルタだった。
「あ!?誰だてめえ!?」
「まさか追跡魔法のついたマント一つ着ただけで、こうも簡単に騙せてしまうとはね。君たちが単純で助かったよ」
ああ、これでヒラヒラと邪魔なマントを脱げる。
マントを足元に脱ぎ捨て、杖をかまえる。
「本当はここまで手を出すつもりのなかった、不運な魔道師見習いだ」
さてと、戌井の罠が失敗するのは想定内だった。ここから作戦のどこまでがうまくいくかな。
「はあ、てめえ殺してヘラクレス坊っちゃんのところに行ってやんよお!」
リーダーらしき者が斧を振り上げ、僕に向かってくる。
考え無しの真正面からの突撃か。騎士を追いかけているときの事も会わせて考えると、あんまり自分よりも強い者を相手にした事がないのか?
「鳴り響け、曇天の空からなる一線の光」
__バチンッ__
一瞬、弾けたかのような音がして一筋の光がチンピラ達の元へ駆ける。流石にリーダーらしき人物は危機感を覚えたのか少しだけ体の位置をずらした。光が一人に直撃したと思えば、電撃が走り膝をつく。
「ぐあっ!?」
「おわ!?」
「何しやがった、てめえ」
「雷魔法だ。魔道師相手に真正面からは流石に無防備だと思うのだけれど?」
威力は調整したが電撃が相当効いたのか、膝をついたまま起き上がれないでいる。ちょうど良いし、そのまま動かないで貰いたい。
「その者の時さえ止め、永劫の寒さを与えよ」
__パチン__
一つ指を鳴らすと何処からともなく氷柱が現れ、チンピラ達に向けて放たれた__はずだった。
一つは川に落ち、もう一つは数メートルはなれた岸に落ちたのだ。
「っ!?」
計画ではチンピラ達の足元に落とす予定だったのに……いや、先ずはどうにかして誘導するか、別の方法を考えなくては。
「ははっ、あんだけイキッてたくせにはずしてるじゃねえか!見習いちゃんよお!」
「うるさいなあ。簡単な変装につられた君らに言われたくないよ」
「ああ!?」
沸点低……。
僕の返しにイラついたらしいチンピラはおおきく振りかぶって、斧を投げた。
「はっ!?」
まさか自分から武器を手放すとは思っておらず一瞬だけ反応が遅れる。その一瞬で斧が眼前まで飛んできていた。
慌ててのけ反れば激突は避けれたものの、前髪が少しだけ切られてしまった。
のけ反った勢いのままにひっくり返りそうなるのをなんとか持ち直す。
安堵の息を吐く。あのまま直撃していたら確実に死んでいた。
「わあ!?」
死を免れた安堵も束の間。後、丁度戌井が隠れている場所から悲鳴と何かが落ちる音が聞こえた。
最悪の想像をして思わず振り返ってしまう。ここからでは戌井の姿は見えない、背の高い草むらに隠れてしまっているのだろう。怪我をしていないようにと祈りつつ、チンピラ達に向き直る。
「あ?もう一匹いやがったのか。落ちたっぽいけど見えなかったな」
「下手くそ」
「うるせえ!避けられなきゃ当たってた」
「避けらえちゃあ意味がねえんだよ」
一人はまだスタン中。持続効果は予想で十分ほど。素手が一人、リーダーが武器持ちが一人、と。
戌井は……不明。
「予備もないのに武器を自ら手放すなんて、何を考えてるんだい?」
魔力を杖の先に集める。
「はっ、魔道師なんざなあ。近いて殴れば死ぬもんなんだよ!」
「魔道師は近接戦が弱いってのが相場だからなあ!」
まあ、本を読んだ限り魔道師は守られつつ、魔法を詠唱って言うのが帝石らしいからね。そう言う認識をされても仕方ないのだろう。じっさい、僕だって近接戦は弱い。
「お仲間も死んだんだしよお、観念しろよ!」
その言葉が合図とでも言うように左右に別れ、こちらに向かってくる。
流石に、もう真正面からは来ないか。
「炎よ、彼の者を燃やし邪なる者を焼き払え」
杖の先に集めた魔力により、火球が二つ現れる。火球はチンピラ達の方向に飛んでいくが、紙一重のところだ避けられてしまう。
こうなったら後退して__
__パシャン__
水が跳ねた。
「……はあ」
自分は焦ってしまっていたらしい。この三人組を捕縛することが試験内容なのに、何戌井をつれて逃げようと__なんて思ってしまうのか。
そもそも、戌井があれくらいでどうこうなるわけがない。あれでどうこうなるのならば屋根を歩く、なんて事しないだろうし。剣道部のエース候補になんかならないだろう。
「……炎よ、彼の者を燃やし邪なる者を焼き払え」
小さい火球が現れたとたんリーダーらしき男に向かって飛んでいくが、だがスピードの遅いそれは易々と避けられてしまった。
「へへ、やけ__へぶうっ!?」
僕を嘲笑おうとしたリーダーは頬に何かがぶつかり、勢いを殺しきれないまま放物線を描いて吹き飛んでいった。
「その火の玉は囮、本命は魔力玉だよ」
魔力を練って塊にするだけで、透明だし無詠唱、威力もよし。気づくとしたら魔力探知に優れた者くらいだろう。こういうフェイントに使うのにはもってこいだ。
「なぶられろお!」
リーダーを相手にしていたい間に大分近づかれてしまっていた。ただ、この距離ならば魔法を外しはしないだろう。詠唱する時間はないから魔力玉だが。
数歩、下がり杖の先を相手に向ける。魔力を集めて放とうとしたところで間に戌井が乱入してきた。
「らあ!!」
__ブオン__
デッキブラシが風を切り、捕らえたのはチンピラの頭だった。
「があっ!?」
チンピラの頭に直撃したデッキブラシは戌井の力に負けたのか、それともチンピラが石頭だったのか。真ん中の辺りで折れてしまった。
デッキブラシが折れてしまうほどの威力の打撃を受けたチンピラは頭を抱え、フラフラと後に下がっていく。
「下手」
位置がずれてしまった氷柱、あれは戌井が放ったものだった。あれが成功していれば隙をついて一網打尽に出来ていたかもしれないのに、こんなところで下手さを発揮したのだ。
「……やっぱり逆の方がよかったんじゃない?」
「そうなれば最初に背格好でバレるだろ」
「そだね」
戌井は折れたデッキブラシを捨てて、杖を取り出す。
「はあ、相手の行動に驚いて斧を避け損ねそうになるなんてカッコ悪いことしてしまったな」
「そう言うのきにするんだ」
「ふん。僕だって格好つけたいときはあるさ」
「へえ。まあ、わかるけど。私もやっちゃったわけだし」
やっちゃった……ああ、大方飛んでくる斧を避けたが、足を踏み外しでもしたんだろうな。
「はあ、上で見られてるって思うとあとが怖いよね」
痺れから回復したチンピラと、フラフラとしながらもこちらを睨んでくるリーダー。さっき僕が吹き飛ばした奴は気絶してるようだね。
「さて、残り二人。捕縛まで頑張るとしよう」
「はいよ」
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