2 予想外
小さな鳴き声を残して小鳥が木の枝から飛び立つ、木の枝の上には鳥以外にもリスやトカゲなんかもいる。自然に生息する動物を見つつ現実逃避する。
現状を知るために人を探して森を進むこと体感ざっと二時間ほどたっている。そう、二時間だ、二時間たっている。いい加減、人里についたって良くないか?だめ?そろそろ足が棒になりそうなんだけど。
「ねえ」
「なんだ」
「いつになったら人のいるところにつくのかなあ」
「知らん」
さすが氷の王子様、反応が冷たいしそれ以上言葉が返ってこない。まともに会話が続かない、嫌われでもしているのだろうか。
「そりゃそっか、でもなにか見えたりしないものかな?マンションとか」
「……憶測だが、マンションなどの縦にデカイものは見つからないと思うぞ」
「そりゃあ……ドラゴンがいたからいってんの?まあ、ファンタジーものはだいたい中世ヨーロッパみたいな感じだもんね」
服も建物も食事も中世ごろのものに近いというのはあるあるだろう、その反対で現代でのファンタジーものは少ないように感じる。
「いや、現代に仮にドラゴンがいたとしてそんな巨大なものを建てようと思うか?」
「ん?」
「いの一番に狙われたり、壊されたりするかもしれいないものだぞ?」
「ああ……」
それは確かにそうかもしれない。電線に止まる鳥のごとくビルの上にドラゴンが居座りそうだし、なんなら少し動いた拍子に簡単に破壊されてしまいそうだ。
「じゃあ目立つものとか探して目印にするのって……」
「難しいだろうな」
「ですよねえ〜」
「それに、いまのところ目印になりえそうなものは何一つ見つかっていない」
安全面と危険性を考えてドラゴンがいた方向とは真逆の方向に進んでいるが、それは失敗だったのだろうか。未だに続く森は現代日本じゃ早々にお目にかかれないだろうほどの深さだ、そんな場所で遭難ともなれば行き着く先は容易く想像できてしまう。
“また”ため息をはいた。これで何度目かなんて最初から数えていないし、数える気も毛頭ないのだがこうも希望が見えてこない状態だと何度もため息を出てしまう。
「森のなかでひょっこり出くわしたりしないかなあ……」
返答は返ってこない。もうこれはしゃべるの好きじゃないんだろうな、そう思えるほどに会話がつづかない。
……心細い、母さんの作ったオムライスが食べたいな。そういえば今日の晩御飯は親子丼だったっけか。
いまは遠い我が家に想いをはせ、ろくな会話もないまま先に進んでいく。鳥が飛んだり木の枝に止まったりと、そこだけ切り取れば日常風景といっても差し支えないような、そんな風景だけ視界にいれて、また現実逃避をする。
あ、小さい鳥の巣に小鳥いる。さっき咥えてたのって小鳥たちのエサなのかな?あ、また親鳥が帰ってきた。咥えてるのって……水色のみみず?み、みず?……そっか、ミミズがエサなんだ。あ、こっち見た、首かしげてるの可愛いなあ。
静かな森に静かに現実から逃げる永華、静かに歩を進める何を考えているかわからないカルタ。静かなこの空間は幸いにも“異変”に気づきやすい状態になっていた。
「ん?」
「んあっ、びっくりした……どした?」
何かに気づいたカルタは足を止め、どこぞへ意識を飛ばしていた永華はカルタの背中にぶつかる寸前で戻ってきた。
永華の疑問にカルタは返事をすることなく周囲を見回す、永華もカルタにならって耳を澄ませ回りを見渡す。
__……ァァ……!!__
「お?人の声?」
「やっぱり聞こえるか」
静かな森の中で嫌に目立つ人の声を二人の耳がとらえた。ただどうにも叫んでいるように聞こえるのは気のせいだろうか、だんだんと近づいてきているような気さえもする。
「近付いてきてる?気のせいか?」
「……いやこれ気のせいじゃなくてマジでこっち来てない?」
「来てる、な?」
「え、なにこれ?怖いんだけど、なんで叫んでるの……」
逃げようにもやっとのこと掴んだチャンスを手放したくない、だが叫び声が近づいてくる現状は異様としか言えずどうするべきか恐怖と期待に挟まれながら考える。
少しずつ叫び声が大きくなっていき、今やもう少しで二人のもとに到着するであろう距離だ。二人が固まっているとガサガサと揺れた草むらから叫び声と共に人間だ飛び出してきた。
「ヤァァアアアアアア!!!はっ、え?人?……逃げてください!!!」
考えあぐねている間に悲鳴の主は二人にきがつき不穏な一言を残して、向こうへと走り去っていく。
「……逃げて?」
「……なにから?」
驚きに固まる二人は残された言葉を理解した瞬間、冷や汗をながし顔を青ざめさせ、まるでブリキの人形にような錆び付いた動きでゆっくりと振り替える。
草むらを大きく揺らして現れた大きな影、毛むくじゃらの体に鋭い牙と爪、現れたのは二人の身長を優に越す巨大な熊だった。
「ああぁぁぁぁあ!?」
「叫んでる暇があるなら逃げろ!」
カルタはさっきの人物とは負けず劣らずの悲鳴を上げる永華の手を掴み、さっきの人物が同じ方向へと走り出す。
「ひ、ひぃ、待って足からまるぅ!」
「止まったらお陀仏だぞ、バカタレ!」
「そうでしたぁ!」
必死の全力疾走だが、この熊のどこかがおかしいとカルタは疑問を覚える。走りつつも首だけ捻って振り替えれば熊の姿をとらえた。
この熊、正気じゃない?
目は白目を向いているし口からはダラダラとよだれが垂れている。そんなこと構わずに一心不乱に、というよりは何かに取り憑かれたかのようにこちらを追いかけてくる。この状態じゃあ逃げで正解だったかも知れない。
「そもそも背中向けて逃げるのとか悪手なんじゃ~」
「どうだろうなっ!ともかくだ、この熊の足が遅いからとっとと距離をあけて木に登るぞ」
「え!?木登り!?」
「無理なら鼻でも蹴ってやるんだな!」
「そっちの方が無理だがあ!?」
どこへ向かっているかもわからないまま森の中を走りつづける。まわりには木、草、花と現状を打破するのになんの役にも立ちそうにないものしかない。冷静になりきれていない頭でなにか役に立つものがにかと考えるものの良い案など浮かばず、ただただ前に進むだけだ。
「……ね、ねえ」
あてもなく進むなか、永華がカルタに控えめに声をかけた。
「今、君に構ってる暇はない!」
「思い付いた作戦くらい聞いてくれたって良くない!?」
「……あの熊はおそらく正気じゃない、普通の熊の対処法なんか効かないと思うぞ」
とりあえずとカルタは話を聞く体制だけはとってくれた。だが言い分からするにあまり永華の話しに期待はしていないらしい、そのカルタの態度を見て永華は勝ち気に笑う。
「それはわかってる、だからこその手を考えてんのよ。ドシンプルなことだけどさ」
「……ろくでもないことだったら置いて逃げるからな」
「そのときは来ないから安心しな」
まるで勝利を確信したような発言だ。カルタの置いていくという言葉もものともしていないのは単にメンタルが強いのか、それとも勝算があるからなのか……。
走りつづけるなか永華は鞄から新品の小さな醤油のボトル、音楽プレイヤー、ワイヤレスのスピーカーを取り出した。
「君の鞄は四次元ポケットか」
「たまたま持ってただけ、買い物したあとにこれだからね。ワークマンは趣味で……スピーカーはなんでだろ?入れた覚えないわ」
確かにはたから見ると四次元ポケットかも〜、なんて余裕げにいうが半分ほど虚勢だ。
「たく、それで本当にうまく行くのか?」
「さてね?とにかく熊さんには正気に戻ってもらいましょうや」
永華はそう呟いたあと“カチン”と、スピーカーと音楽プレイヤーの電源を入れた。
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