1 一番最初
青い絵の具をこぼしたかのような空に、転々と浮かぶ白い綿雲。忌々しげに空の浮かぶ太陽を睨み付け、眩しさから目を閉じる。
昨今の灼熱地獄といっても差し支えない夏の気温に殺意を抱く今日この頃、瞬きして目を開ければ見上げた空にトカゲのような生物が羽ばたいて飛んでいました。
「え……ええぇぇぇぇぇぇぇえ!?」
私の発した大きな声に鳥たちが一斉に空に飛び立ったがすぐに方向転換してドラゴンがいた方向とは真反対の後方へと飛んでいった。
「…………なにこれ」
一度瞬きをした。たった一瞬、この一瞬で私の視界がバグを起こしたのかと思った。だがバグを起こしたのは私の目ではなく世界の方らしい、いつの間にかスーパーからセミの鳴き声があちこちから聞こえてくる森へと移動していた。
「ここ、どこお?」
情けない間延びた声は音一つたちやしない森の中ではとても目立つ。誰かが聞き付けてきてくれたら運が良かったことだろう、だが誰も来やしないのが現実だ。
とても、とても頭が痛い。この理不尽な現象に巻き込まれてしまった戌井 永華(いぬい えいか)は頭を抱えた。ふと視界の端に見知った制服が見えて気がして首を痛めそうな勢いで振り向く。
「私だけじゃなかったの!?…………すぅ、お前かぁ」
驚き半分、安堵半分と言ったところか。一人ではないことに安心しつつどんな人物がいるんだと期待して振り向いた先にいたのは、永華の苦手とする、同じ学校に在籍している男子学生だった。思わず眉間に皺がより、渋い表情とになる。三拍ほど置いて絞り出された声は悲痛なものだった。
失礼だけど仕方ないだろう。こんな状態なら永華だって藁にでもすがるがまさかの苦手な同級生、多少の気落ちだってする。
「よりによって篠野部かあ、一人じゃないだけましと考えるべきなんだろうけど苦手なんだよなあ。頭いいし身体能力もいい秀才なのは認めるけど、やっぱり冷たい感じするし、人形みたいでさあ……」
ため息が漏れて思わず下を向く。下を向いて気がついたが赤い線が二人を囲み、中にはなにかの図解が書き記されておりまるで魔方陣のようだ。
ようだ、というか……これ魔方陣のそれなんじゃないか?
「とりあえず、篠野部を起こすか……」
考えることを放棄して地面に転がる、人形のような同級生の方を揺する。寝顔さえもしかめっ面で不機嫌そうなの、どうにかならないものなのか。
「篠野部、頼むから起きてくれ。私一人でこの状態はさすがにきついから、お願いだから起きて〜」
頭も良ければ運動も出きる、コミュニケーション能力にいささか問題があるが顔がいいのでそこら辺は帳消しだろう。表情が滅多に変わらない人形のような表情筋をしているから“氷の王子様”だなんて呼ばれてたりしていたこともある。あと男子がおふざけで“鉄仮面”とか言っていたのをどこかで聞いたこともある。
「篠野部〜。しのっ……おおう!?」
肩を揺すっているとうっすらと目が開いて永華の方を見たかと思えば、目を見開きロケットスタートを決めた猫のような挙動で起き上がりすぐさま立ち上がる。危うくおでことおでこがごっつんするところだった。
「……戌井、ここどこだ?」
「……それは、私も聞きたい」
いきなり立ち上がったから目眩がするのか、それとも現状に対して悩んでいるのかはわからないが篠野部 カルタ(しののべ かるた)は頭を抱えてしまった。
篠野部に名字を呼ばれてはじめて知ったが、篠野部はどうやら私のことを知っていたらしい。優等生の氷の王子様が何で私のことなんてしっているんだか、目をつけられるようなことした覚えはないんだけどな。
「篠野部〜、下」
「は?あ?ああ、なんだこれ……文字というよりは図形か?」
篠野部も赤い魔方陣もどきに気がついた。篠野部がこれについて何かを知っていれば事は前に進むだろうが、ここがどこかわからないのを見るに期待は薄い。
「君の悪趣味なイタズラじゃないのか?戌井」
「何を根拠に疑ってるかしらないけどさ、私が犯人ならまず篠野部は選ばないね。お前や取り巻きやファンを敵に回してまですることじゃないもん」
どこの界隈も嫌悪される過激派はいる。その過激派と頭の良い本人、カルタのまわりにいるスポーツマン、どれをとっても敵に回したくない者達だ。
「……あの集団の話しはするな」
「ファンの子達の事?」
「あれはファンなんかじゃないだろ、仮にそう名乗ったとしても僕が許さない。そもそも僕はアイドルなんかじゃないんだぞ」
「ごもっとも、だね。そういう篠野部こそ、犯人だったりしてね」
「君の言葉をそのまま返そうか。君自身を敵に回してまですることじゃない」
雰囲気は完全に険悪なものだ。永華はしゃがんだ体制のままカルタを睨み付け、カルタは冷たい表情のまま永華を見下す。
「まあ、瞬き一瞬の間に移動だなんていくら優等生殿でも無理があるか」
「瞬き一瞬?僕は気を失ったんだが……」
「条件が違うのか、誘拐方法の違いか。ともかく、そこは置いといて私ら二人とも犯行は無理なんでしょ?ならとりあえずこの森から出ない?さっき、赤いドラゴンいたし」
「その意見には賛成だが、ドラゴン?君はずいぶんお花畑な頭をしているんだな。混乱して蝶や鳥と見間違えたんじゃないか?」
篠野部の言葉を聞き流そうと背後の青い空を見上げるとずいぶんとファンタジーな光景が広がっていた。これを見てもらうのが手っ取り早いだろうな。
「では後ろをご覧くださーい、なんてね。振り返んなよ。アニメみたいだよ」
「は?」
さっきよりも遠いが空に緑色の鱗に身を包んだドラゴンが二匹、空を飛んでいた。番なのだろうか、仲がよさそうだ。
「……は?」
「いったでしょ?ドラゴンいるんだよ、ここ」
「……」
唖然、絶句、驚愕、それらの言葉が似合いそうな驚きっぷりだ。表情変わらなくても何となく雰囲気でわかる。眉間のシワが増えてるね。というか、うん、そうなるよな。私も未だに受け止めきれてない。
「な、なん……えぇ」
「さっき近くに赤いやつが降りてくるのが見えたよ。ドラゴンってさ、好戦的な風に描写されることが多いよね。はやく人がいるところにいった方がいいんじゃないかな?」
「……と、とりあえず、そうだな。ああ、そうだ。人里は、ドラゴンはどっちにいった?」
「さっきのと同じ方、もっと近かったけど」
「そうか、人里がドラゴンがうろつくようなところにあるとは考えにくい。反対方向にいってみよう」
「あいさ〜」
篠野部がドラゴンがいた方とは反対方向へと向かっていく、その背中を横目に、肩にかけていた鞄からスマホをとりだし赤い魔方陣のようなものの写真を撮る。
スマホがいつまで使えるかはわからないが、この陣がなにかしらの鍵になるのではないかと思っての行動だ。陣を書き写すまではもってほしいものだな。わからないことだらけでただでさえ少ない情報は取り逃しなんてできない。
「何をしてるんだ?置いていくぞ」
カルタが永華がついてきていないことにきがつき、眉の間にシワを寄せ雰囲気には不満丸出しだ。
「ん、ごめんごめん」
また、空を見上げる。
ドラゴンは飛んでいないが不思議な柄の蝶がふわふわと飛んでいる、キラキラと日に当たり光る鱗粉に嫌な予感を覚えて大袈裟に避ける。
気がつけば見知らぬ場所に気絶した同級生と一緒にいた。移動時間というものは本当に瞬きの間というやつで、どうやってやってきたのかもわからない。私たちを連れてきたのかもしれない赤い陣についてもなんにもわからない、わかることはドラゴンがいるようなファンタジーな世界だということだ。
たったそれだけ。他はなにもわからない。
「……はやく、帰れるといいな」
永華の不安混じりの呟きは誰にも拾われることなく、消えていった。
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