【8/10 書籍1巻発売!】お狐様にお願い!~廃村に残ってた神様がファンタジー化した現代社会に放り込まれたら最強だった~
天野ハザマ
第一章
お狐様、ダンジョンゲートを破壊する
「平和じゃのう……」
そんな声が、集落に響く。とある山の中にある、当時はそれなりに大きかった集落。
確か農業が当時は盛んで、地主……まあ、お金持ちも多く住んでいたらしい。大正、昭和と平成を越えて、令和のこの時代。集落から人は居なくなり、この集落にあった稲荷神社に詣でる者も居なくなった。
では、神社の境内でお茶をすすっている少女は誰なのか?
古めかしい巫女服に狐の耳、そして白色の髪。明らかに人ではないその容姿。
昔からこの神社にいて、今も居続けている……そんな、お狐様である。
稲荷大明神の由来を紐解けば狐じゃないとか神使がどうのとか、そんな話に行きつく。
しかしそういう人の語る事情を全部すっ飛ばして彼女は……お狐様は、此処にいる。
もういつ「そう」だったかは覚えていないが、結構昔から……まあ、正確には覚えてないのだけれども。こうして顕現するようになったのは、つい最近の話だ。
なんだか風の匂いが変わって。世界の何かが切り替わって。そうして彼女は、大地にその足で立っていた。
しかしまあ、身体を得たから何か変わるわけでもなく……特に問題もなく生きている。
世界に「力」が満ちたせいだろうか? 食事など、とる必要もない。
口寂しければ、その辺の草と未だ枯れぬ井戸の水で茶を淹れれば事足りる。
「人の世は今はどうなっておるのかのう。てれびは動かんし、らじおも電池が切れて随分たつしのう」
それだけは何となく気になるが、気にしてもどうしようもない。神社を守っていた神主も居なくなって久しい。此処には彼女1人しか居ないのだから。
だからこそ、彼女は知らないのだ。世界に大きな変化があってから、およそ20年。
人間の世界は激しく変化し、彼女の知っていた呑気な世界は何処にもないのだと。
彼女がそれを知らないのは、この集落に続く唯一の道が崩落しており、人が長い間来なかったことと。
「……む? 何かが結界を破ろうとしておるのう」
何か、不可思議な力が可視化する程に空を覆って。村を守っていた半円状の透明な壁を、パリンッと音を立てて打ち砕く。
パラパラと散って消えていく壁の欠片を見ながら、彼女は小さく溜息をつく。
この場所は、旧い時代の力に未だ守られていたということ。だが、それは今日この時、破壊された。
異界の法則が、この地に出現して。ダンジョンゲートと呼ばれるモノが、集落の真ん中で渦巻く。それは中に入れば「ダンジョン」と呼ばれる異界に繋がり、放置すれば中のモンスターが溢れ出る危険なモノ。だが彼女がそれを知るはずもない。
「おやおや。何やら物騒なものが出てきたのう」
彼女の……お狐様の目はダンジョンを見据え、何やらそれが物騒な気配を持っていることに気付いていた。放置すればロクでもない……祟りじみたものをまき散らすモノであることも。
「斯様なものが結界を突き破り現れるとは。世は平安にでも逆戻りしたのかのう?」
溜息をつきながら、お狐様は手をスッとダンジョンゲートへと向ける。
「来い、狐月」
呼び声に答え現れたのは、一張の弓。凄まじい神気を放つ弓がその手に収まると、お狐様はキリキリと、その細腕からでは想像も出来ぬほどに弓を強く引いて。
その手の中に、輝ける光の矢が出現する。
「去ね、何処の何者とも分からぬ祟りよ」
放つ。放たれた光の矢は更なる輝きを纏い、一条の閃光と化して……そのままダンジョンゲートに突き刺さり、軽やかな鈴のような音をたてながら霧散させる。
―世界初の業績を達成しました! 【業績:初めてのダンジョン破壊】―
―想定されない業績が達成されました!―
―未登録の力を検知しました!―
―ワールドシステムに統合します―
―ジョブ構築。ステータス計算を行います―
「お、おお? なんじゃあ?」
目の前に高速かつ大量に現れていくウインドウを前に、お狐様は訳も分からずオロオロとする。正直何を言っているのか、全く理解できない。
―名称不明……仮設定、イナリ。ステータスを表示します―
「ええい、分からん! ちぃとも分からん! 何だっていうんじゃ!?」
何も分からないイナリの目の前に「ステータス」が表示される。
名前:イナリ
レベル:1
ジョブ:狐巫女
能力値:攻撃E 魔力A 物防F 魔防B 敏捷E 幸運F
スキル:狐月召喚、神通力Lv8
「……なんじゃあ? 儂の名前がイナリ? 狐巫女? まあ、その通りかもしれんが……つーか儂、英語はあんまし読めんぞ? えるぶい? というかレベルだのジョブだの……訳わからん……」
―今後、ダンジョン破壊は控えてください―
―想定しないエラーを引き起こす可能性があります―
「……ふーむ。言ってる事は分からんが」
言いながら、お狐様は……イナリは、空を見上げる。
「儂の知らん間に何やら、おかしなものが世界に広がっとるようじゃのう……」
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